内股を注意された女の子は人生も真っ直ぐ歩かなければいけないと思っていた
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記事:SoL(ライティング・ゼミ)
「真っ直ぐ歩きなさい」
まだ小学生にもなっていない5歳の私は、どこか海外の空港を歩いていました。
双子の兄はもちろん同じ年で、3つ上の長男だって、目を離してはいられない年齢です。それを限られた大人で監視しながらの不慣れな海外旅行。その途中でした。
左右を巨人のように大きな現地人が行きかっていた記憶が薄らと残っています。彼らをぽかんと見上げていた私は、腕白な兄から目を離せない祖母の気忙しい声を聞きました。
「真っ直ぐ歩きなさい」
未だに歩き方がおかしいと言われるのですが、その頃から内股だったのだと思います。
けれど、5歳だった私は、内股の概念すらありませんでした。
何の説明もなく一言、「真っすぐ歩け」という指示に対して、私は曲がってはいけないんだと思いました。
つまり、本当に真っ直ぐ歩いたのです。多くの人が行きかう空港で。
今、考えれば笑ってしまうような勘違いですが、幼い私はとても真面目に真剣にその指示を全うしようとしました。そして、足元だけを見て一歩一歩真っ直ぐに足を出すように細心の注意を払います。
そんなことをすれば、どうなるかなんてすぐにわかります。
正面から来た巨人との正面衝突――
けれど、それは一歩手前で回避されました。
祖母が直前で私の腕を引っ張ったのです。
真っ直ぐ歩けと指示を出した張本人である祖母にそのミッションを邪魔され、5歳の私は訳がわからず、あっけにとられました。
なんで? とすら言えないくらいにびっくりしていたのです。
そんな声の出せない私に、祖母は、
「何やってるの!」
と一喝しました。
そうして、やっと私は指示を勘違いした事に気づいたのです――
祖母は礼儀を大切にする人でした。
挨拶をしなさい。
玄関に上がる時は靴をそろえなさい。
お礼を言いなさい。
行儀よくしなさい。
恐らく祖母が言わなければ、母が教えたであろう基本的な事ではありますが、両親は共働きで、学校から帰るといつも家にいるのは祖父母でした。なので、私は基本的なしつけや礼儀は祖母から教えられることが多かったのです。
祖母は身近でありながら少し恐いとも思っていました。少々気分屋なところがあった母と比較すると厳格というイメージを持っても仕方なかったと思います。
祖母と暮らしたのは高校まででした。
高校時代の私はガリ勉で、朝は4時に起きて自習してから学校に行き、学校から帰ってくればすぐに部屋にこもってまた勉強するという生活でした。そんな私を一番よく知っていたのは、同じように朝が早くてずっと家にいる祖母でした。私の事を勤勉、真面目だと言ってくれていました。
高校を卒業して私は実家を出ました。
浪人したものの、旧帝大に合格した時は祖母は喜んでくれました。
祖母の家系は教師が多く、学歴のある人も多かったようですが、それでも旧帝大の国立大学出身者というのは稀だったようです。
「頑張ったね」
そう言ってくれました。
嬉しいのと同時に、私は祖母に対してダメな自分を見せてはいけないという強迫観念のようなものを感じていました。浪人した時でさえ、一番反応が恐ろしかったのは祖母でした。だから、合格を喜ぶ祖母を見た時、喜びよりも安堵を感じていました。
勤勉で真面目でちゃんとした私ししか見せてはいけないと思っていたのです。
けれど、私は挫折しました。
留年をして、本来は法曹の世界に進もうと話していたのにそれすらくじけてしまいました。
大学を卒業して、故郷から離れた東京で就職すると決めた時、祖母は理由を問いませんでした。
就職場所を故郷以外の場所に決めた理由は様々ありましたが、挫折した私を見せたくないという1粒の欠片は確かに存在しました。
そんなネガティブな理由だけではないはずなのに、それは喉に刺さった小さな棘のようにチクチクと事あるごとに痛みを感じさせました。
そして、東京での社会人生活。
就職1年目など上手くいかなくて当然です。
それが冷静になった今ならわかるのですが、色んな夢や希望を語って入った会社で何もかも上手くいかない日々が続けば、鬱屈した気分になります。
挫折した大学時代を思い出してしまいます。
やはり自分はダメな奴だと思ってしまいます。
そんなある時、家族が東京に旅行に来ました。
「仕事はどうや」
当然のように聞かれる近況に私は槍で刺されたような気分すらしていました。
「まあ、ぼちぼちかな」
言葉を濁します。
私は自分に言い聞かせました。
旅行中だけだ、旅行中だけ乗り切れば、今のダメダメな私を隠し通す事が出来る。
「そうか、あんまり無理するなや」
それだけで祖母は深くは追及しませんでした。
嘘の下手な私はほっとしました。
けれど、無理するなという言葉は、家族に対しての言葉としては常套句。本当はきっと成果を出す私を望んでいるはずだと考えていました。
ですが、今思えば、やはり私は嘘が下手だったんだと思います。
つつがなく旅行が終わり、最終日、私は家族を見送りました。
その時に祖母が言ったのです。
「この間、女性の芸人さんがテレビに出ていて。東大を卒業して有名なコンサルティング会社に入ったんだけど、本当はお笑いがずっとやりたくて、会社を辞めてお笑いの世界に入ったんやって。やから、本当にやりたいことをやりなさいよ」
それを言われた時、私はぽかんとしていました。
あとから調べるとマッキンゼーを辞めて芸人になった石井てる美さんの事だったようですが、それ以前に何を言われたのかよくわかりませんでした。
無意識にうんと頷いただけでした。
家族と別れ、部屋に戻った後になってようやく私は涙が出てきました。
人生を真っ直ぐ歩かなければならないと思っていました。
それが望まれている事だと思っていました。
けれど、それは違ったのです。
頑張ったね。
無理をするなや。
やりたい事をやりなさい。
全て私を思いやる言葉で、何一つ挫折しない人生を歩けとは言われていませんでした。
私はまた指示を間違えていたのです。
そして、また壁にぶつかる前に祖母は手を引いてくれたのです――
真っ直ぐ歩きなさい
気忙しいあの日の声ではなく、穏やかな声が聞こえます。
きっと次は間違えずに歩けそうな気がします。
***
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