メディアグランプリ

漢詩がリズムにノッたとき、李白の歓喜が炸裂した


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:前田光(ライティング・ライブ大阪会場)
 
 
「ねえねえ! 李白、めちゃくちゃ喜んでるよね?! 嬉しさが炸裂してない!?」
 
李白は言わずと知れた中国唐代を代表する詩人だ。中国にまったく興味のない人でも、中学や高校の漢文の授業で、一度くらいはその詩に触れたことがあるだろう。
当然ながら十九、二十歳の小娘に馴れ馴れしく、しかもマブダチのごとく名指しされるようなお方ではないのだが、生まれて初めて中国語で李白のある詩を読んだとき、私は興奮して隣の席のクラスメートに思わずこう言った。
 
中国史への好きが高じて留学を決めたものの、第二外国語に中国語がない学校に通っていた私は、それを勉強したことがなかった。
だから出発前にできるだけのことはやっておこうと思い、中国語専門学校の夜間クラスに通うことにした。
 
日本と同じく漢字を使う国の言葉。
だから最初から大きな親しみを感じていたし、日本語と似通ったことが多いだろうと考えていた。
 
だけど実際に学び始めると、日本語と違って中国語の漢字のほとんどは一つしか読み方がないとか、音の数自体はそう多くなく発音の規則性が非常に高いとか、各漢字に声調と呼ばれるイントネーションがついているといった初めて知ることばかりで、私は何度も「へーそうなんだ!」と目を丸くした。
 
日本語ではあまり使わない表情筋をこれでもかと使い倒すので、最初の数か月は顔面が常に筋肉痛だった。
さらに、日本語にはない独特の舌の使い方の練習に熱が入りすぎて、オエッと吐きそうになることもあった。
そうやって数か月かけてようやく、ピンインと呼ばれる発音記号のすべてを発声できるようになった。
 
ちょうどそのころだったと思う。
ある日の授業で先生から、漢詩のプリントが配られた。
そのなかの一つが、李白の『早発白帝城』だった。
書き下し文にすると「早(つと)に白帝城を発す」になるが、ここは中国語学校なので、先生は原語でこの詩を読み上げた。
 
うわぁ!!! なんてリズミカルなんだろう!!! まるで音楽じゃないか!
 
それまで漢詩に対して抱いていたイメージが一変した。
 
漢字についているイントネーション、つまり声調が詩に音楽的な色彩を与えている。
音楽ではないのに、全体的にメロディーチックなのだ。
そして一漢字一音節で読み上げると、一行七文字、全四行の短い詩に、もともと決まったリズムがあったことが分かる。
また当たり前と言われればその通りだが、漢文の授業で知識として習っただけの「韻を踏む」の意味が、音を聞いてようやく理解できた。
これも書き下し文では到底表現できないことだ。
 
李白がこの詩を読んだ背景を先生が説明してくれた。
 
白帝城の「城」とは中国では「都市」を意味する。
李白は知り合いの謀反に加担したとみなされ、唐の皇帝、玄宗から反逆罪に問われて流罪になっていた。
だが、白帝城にいた李白に恩赦の知らせが入った。
この詩は、晴れて江陵に帰れることになった李白が喜びの気持ちを読んだものだと言われている。
 
そう言うと先生は、今から時間を取るので各自でこの詩を読んでみてくださいと言った。
 
早く原文で読みたくてうずうずしていた私はすぐに、中国語の音に深く潜った。
すると、書き下し文のときには重厚で高尚で近寄りがたい雰囲気を感じていたのに、一気に李白と私との距離が縮まった気がした。
1000年以上も前の外国に生きていた「詩仙」李白ではなく、冤罪が晴れ、江陵へと向かう船に意気揚々と乗り込んだ(そしてもしかしたら冤罪が晴れた知らせを受けて、男泣きに泣いたかもしれない)、一人の初老の男性がいたのだと思った。
つまり、李白の感じた嬉しさが、李白が実際に使った言葉を介してダイレクトに伝わってくる気がしたのだ。
詩の意味自体は前から知っていたので、以前と違うのは音だけだ。
それなのに、受ける印象も伝わる情報もこんなに違うなんて。
 
機械翻訳が進化したことで、語学を取り巻く状況が一変した。
もはや外国語学習は必要ないとか、翻訳や通訳という仕事に未来はないといった声も聞かれる。
確かにAI翻訳はもはや、私たちの生活に不可欠なものになっている。
だが、過去のデータの中から最適解を構築して提供するAI翻訳では伝えられないこともあるのではないか。
実際に私が中国語そのものを通じて李白の詩から受け取ったものは、機械翻訳では得られないものだろう。
機械は発話者や原文の作者の心情まではくみ取れないし、気持ちの襞の奥を想像することも、行間に込められた真意を測ることもできないからだ。
 
「知識としての情報」を求めるなら、AI翻訳は非常に役立つツールだ。
苦労して発音を練習したり、会話や文法を勉強する必要もない。
だが私たちが自分の言葉であなたに何かを伝えたい、あるいはあなたの思いをじかに知りたいと思い続ける限り、外国語を学ぶ喜びはあり続けるんじゃないだろうか。
 
そう思っていたが先日、ある人から、
「(最大公約数的な訳語を提供する)AIによる通訳や翻訳が主流になって、その文体が世の中から広く受け入れられたとき、人々がもはや外国語を学習することによって可能になる一対一のコミュニケーションや人間翻訳ではなく、そっちの方を好ましいと思うようになる可能性がある」
と聞いた。
さて、私たちの進む未来は、いったいどっちなのだろう。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2022-10-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事