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オリジナルであるために学び続ける


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:杉村仁子(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
「オリジナルであるために学び続けろ」
 
音楽家の坂本龍一さんがそう言ったらしい。
世界的に活躍するようになっても、学びに終わりはないということだろう。
 
私は淡々と日常を生きる平凡な人間だが、その言葉には共感する。
 
理由は、50代で学び始めた書道にある。
思いつきのようなかたちでスタートしたが、いまや自分の生きがいとなり、時にインスピレーションの源となってくれていることを感じるからだ。
 
そもそも私は、子供の頃から字がとてつもなく下手だった。
 
「これ、暗号だよね?」
「アラビア語で書いたの?」
 
などと言われていた。
悪筆で周りの人に迷惑をかけていることはわかっていたが、忙しさを言い訳に文字を習うことの優先順位は低かった。
 
しかし、運命が変わる日がやってきた。
 
「新しい年号は、令和です」
 
令和元年がスタートしたときのことだ。
マスコミはもちろん、周囲の誰と会っても話題は令和の響きや由来について持ちきりだった。
 
一方、私は、それとは無関係なところが気になって仕方なかった。
菅官房長官(当時)が手にした額の中の「令和」という毛筆の美しさに一瞬で心を奪われたのだ。
 
まず、この二文字から感じたのは、大胆な冒険心だ。
それでいて、洗練されており、揺るぎない自信に満ちた堂々たる楷書。
書き手が、幾千万、あるいは幾千億の文字の試行錯誤を経て、やっと到達することができた心境の発露を見たような気がした。
 
お上が決めることには常に反対意見がつきものだ。しかし、「令和」という元号は思ったよりスッと国民に馴染んだように感じた。この書が放つオーラがそうさせたのではないだろうか。
 
調べると「令和」の文字を書いたのは、書道家の茂住菁邨(もずみ せいそん)さんであった。内閣総理大臣をはじめとする総理府の辞令や国民栄誉賞の賞状を手がけてこられた方だ。
 
「ああ、こんな文字が書けたらなあ」
 
子供の頃からのコンプレックスを解消したいという気持ちも手伝って早速、近所の書道教室に通うことにした。
 
だが、書の道には想像以上に忍耐が必要であった。
 
まず、長時間、座り続けていなければならない。そして、同じ文字を何度も何度も書くのだ。せっかちな私は、5分書いてはスマホをさわり、30分書いては自販機に飲み物を買いにいくという繰り返しだった。
 
それでも続けられたのは、徐々に昇級していったからだ。毎月課題だけはこなしていたので、人よりも遅いペースだったが、上達はしていった。
 
昇級は、書道教室が発行する月刊の小冊子で発表される。
 
ある日、私より一年遅れで入学した女性が、すごい勢いで級が上がって追いついてきていることに気づいた。
そんな時、ちょうどその彼女と受講の時間が重なったことがあった。
 
「あ、この人か……」
 
30代くらいだろうか。会社帰りらしく、フェミニンなブラウスと膝丈のスカートに低いヒールのパンプスをあわせていた。
 
「こんにちは」と彼女はおだやかな表情で挨拶をしてきた。
席に座って道具を並べると、ストレートの長い茶髪が落ちてこないように耳の両脇でピンで止めた。その瞬間、表情が切り替わった。書に向き合う真剣さを見たような気がした。
 
さらに彼女は、家で書いてきた課題を先生に見せて添削を依頼した。
先生は、そのうちの何枚かをホワイトボードに貼った。
 
よく言われることだが、文字には書き手の性格が表れている。
大きく2つに分かれると思う。
 
まず、お手本をうまく模写することに腐心するタイプ。
そして、形をざっと把握したら自分らしく自由に書こうとするタイプ。
私は前者、彼女は後者であった。
 
彼女が書く毛筆は、「跳ね」や「払い」が自由で、「留め」がしっかりしているのが特徴だ。近くで見ると粗いが、遠目だと独特の奔放さがある魅力的な書だ。何より、茂住さんの書に共通する何かを感じた。
 
私は、いつも安全策をとるため、思い切って跳ねたり、払ったりすることができない。それが目下の悩みであった。
 
先生が、彼女の課題を添削しながら言う。
 
「一画目は、もっと右上がりのほうが勢いが出ますよ」
 
「いいえ、先生。これで十分に上がっていると思います」
 
と彼女。
 
(うわ、先生にそんなこと言ってる。私なら絶対「はい、その通りです。これからそうします」と答えるのに。大丈夫かしら?)
 
彼女とのやりとりは、いつもこうなのだろう。私の心配をよそに先生は、何事もなかったかのように添削を進めていった。
 
「この人、好感度が高いだけではない。努力家の上に意志も持っているんだ」と私は圧倒された。
 
「抜かれたくない」という気持ちでいっぱいになった。その時から、おこがましくも20歳下の彼女をライバル視することにした。
 
今まで1度も家で練習をしたことがなかったが、一枚でも多く書こうと時間があれば課題の文字を書くようになった。
私が、家で書いた文字を添削に持っていくと先生も驚いたようだ。彼女の存在が私を奮起させていることに気づいていたかもしれない。
 
その翌月に一つ昇級した。「これで少しだけ差がついた」と教室で安心していると、受付の女性が電話を取るのが聞こえた。
私が勝手にライバル視している彼女からの電話のようだ。
 
「ああ、それは残念ですね。では、来月から休会ということで進めますね」と聞こえた。
 
どうやら彼女は仕事が忙しくなり、書道教室をしばらく休むらしい。
 
私はほっとすると同時に、ライバルを失って自分がこれまで通りがんばれるか心配になった。しかし、不思議なほど不安は一瞬で消えた。
 
私の書道への思いは、知らないうちに強くなっていた。
文字を書くだけの単純な行為を超えた何かとてつもない世界であると感じ始めていたからだ。
 
そのことに気づいたのは、偉い師範の先生が
 
「最も難しいのは、『一』という文字です。私は未だに自分が思った通りの『一』を書けたことがないのです」
 
と語るのを聞いたときだった。
 
つまり、「これで完成だ」と言ってしまえば、そこで終わることができるが、自分がOKを出さない限り、自分の文字を模索し続けなければならない。
 
今度、機会があったら書を書いている人を観察してみてほしい。彼らは、一見もの静かに取り組んでいるが、心のなかでは自分にしか書けない線を求め激しく葛藤しているはずだ。その静と動のギャップから作品が生まれてくるのだ。
 
図らずも、私も書道というゴールのない自分探しの旅に出た。遅々とした歩みだが、今日も半紙を前にして思う。
 
「いつか自分だけの『一』が書けるのだろうか?」
 
かすかな期待と共に筆を握り続けている。

 
 
 
 
***
 
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