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昔の恋と、スノードーム。


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記事:福居 ゆかり(ライティング・ゼミ)

 

私が幻を見たのは、秋が深まってきた11月のことだった。

数年ぶりに訪れた、大学のキャンパス。卒業してからほとんど来ることはなかったため、見慣れた景色の懐かしさに目が細くなる。

けれども、私が通わなくなった後に改修された建物や、増築された駐輪場などが目につくと、嫌でも時間の流れを感じさせられた。

 

ふと、向こうの人影が目に付いた。

歩いて来るその姿に、心臓の音が大きくなった。似ている。でもまさか。彼はもうここにはいないはずだ。けれど……。

違う違う、そう思って目を瞑る。もう一度そちらを見やると、全く別人だということがわかった。

ほっとしたような、がっかりしたような。複雑な気分でため息をつく。

 

彼はもう、ここにいるはずはない。

彼と私の道はもう、遠く離れてしまったのだから。

 

 

大学に入ってすぐ、学部のイベントで私と彼は出会った。

初対面の印象は「カッコつけてて気に入らないヤツ」だった。

田舎上がりでイマイチパッとしない、自分に自信のない私と、都会に住んでおり、目立つことが好きな彼とは正反対だった。

イベントの間も、同じグループのリーダーとして常に人の輪の中にいる彼と、ただもくもくと作業をこなしていた私とは接点がない、はずだった。

私のしていた作業が、機械の故障に始まるトラブルが相次がなければ。

それにより、しょっちゅう作業が止まっていた私は、私の意思に反して目立っていた。私のせいで全体の進行が遅れることは恐怖で、周りから大丈夫? と声をかけられるたびに泣きたい気持ちになった。彼から話しかけられても、苦手意識があった私はそのたびに素っ気なく、「大丈夫」とだけ返していた。

 

関係性に変化があったのは、その打ち上げの時だった。

初めての打ち上げということで、みんな盛り上がっていた。ごった返す人混みの中で、私と彼はバッタリ出会った。

「大変だったなー、お疲れ様」と話しかけられた私は、「どうも」とだけ答えて、当たり障りのない世間話をした。早く離れよう、そう思っていたからだった。けれど、彼はそんな私の様子には気づかず煙草に火をつけ、私は逃げるタイミングを失って曖昧な返事を続けた。

 

そしてふいに彼は、煙を吐きながらこう言った。

「君はしっかりしてるよね、ホント。クールっていうか。

トラブルが続いても嫌がらずに対応してたし。

俺、浪人してるからみんなより少し年上でさ、もし打ち上げでお酒で酔っちゃう子が出たら面倒見なきゃって思ってたんだ。でも、うちのグループの女子は君に任せちゃって大丈夫そうだよね」

 

その言葉を聞いた時、なぜか無性に腹が立った。

なぜ、私がそんな事をしなくてはならないのだろう。みんながはしゃいでいるのに、私は輪に入らずに具合の悪い子の面倒を見るなんて、そんなのずるいじゃないか、と。

しっかりしてる、よく周りからそう言われた。だからといって、面倒事を押し付けられることは好きじゃなかった。自分ばかり損な立ち回りをさせられることは面白くなく、ずっと不満に思っていたことにその時初めて気がついた。

ちょっと知り合っただけの人に自分の性格をとやかく言われたことも悔しく、涙が出そうなのをこらえて、絞り出すように「……嫌です」と伝えた。

予想外の言葉だったのだろう、彼はびっくりした顔でこちらを見た。泣きそうな顔をしている私を見て、どうしたの、ごめん、何か俺嫌なこと言った? と謝ってくれた。そう素直に言われるとなんだか、自分がそんな反応を返したことが恥ずかしかった。

 

そしてその打ち上げが終わるまで、彼と私は話し続けた。苦手なタイプだったのに、と自分でも意外だった。それまでの普段の彼と、謝ってくれた彼の姿との間にギャップがあったからかもしれない。この人はどういう人なんだろう、と気になった。

付き合うことになるまで、そう時間はかからなかった。

 

 

けれど、元々が性格が違う2人は、生活の中の行動パターンもやはり違っていた。

大人数でわいわい集まり、遊んだり、飲み会をするのが好きな彼。

対して、少人数でゆったり話すか、1人でのんびりしているのが好きな私。

お互いがお互いの行動に理解できないところがあると、どうしても喧嘩になることが多かった。

今にしてみれば思う。

若かったのだ。

 

そうしてすれ違いが起き、別れの予感がちらつき始めた頃。私は友人たちと集まり、課題をしていた。

何人かで集まると、どうしても話をしたりご飯を食べたりと、脱線しながらやるのでなかなか進まない。気がつくと外は真っ暗になっていた。

そろそろ帰ろうか、とドアを開けると外は一面の雪景色だった。いつの間に降ったんだろうね、と友人と話しながら傘をさす。

あまり雪が降らない県なので、珍しかった。暗い夜の中、はらはら舞う雪はぼんやりと白く光っていた。

ああ、綺麗だなあ。

そう思うと、彼もこの雪を見ているだろうか、と気になった。気づいていないのなら、ぜひ見て欲しい。綺麗だね、と一緒に話したい。

I love youを月が綺麗ですね、と訳したのは夏目漱石だったかな、と急に思い出した。なぜその言葉なのだろう。綺麗なものは、大切な人に見せてあげたくなるから、だろうか。そんな事を考えながら、かじかむ手で携帯のボタンを押す。発信音が長く、感じる。

そうして私は、電話の向こうに話しかけた。

「雪が綺麗ですね」

 

 

ふと見上げると、落ち葉が舞い落ちて来た。あの日の雪のように、私の上に降ってくる。

記憶の中に降る雪を思うと、何かに似ている、とふと気がついた。

ああそうだ、スノードームだ。あの小さな空間にだけ降る、雪。何度も何度も繰り返して見ることのできる景色。それは外から見るとキラキラと綺麗で、儚く切ない。けれど手に取ると、見た目よりもずっしり重い。

私の中で、彼との記憶はまさにそうだ。

何年も一緒に過ごして色んな思い出があるけれど、彼のことを思い出すと真っ先に思い浮かぶのは、あの雪景色だった。

 

 

そうして、いくつもの思い出を抱えて、私は生きていく。

君も今、この青空に続くどこかの空の下で、元気でいるだろうか。

笑っているだろうか。

秋空の向こうに見えた幻に、バイバイ、と心の内でそっと、手を振った。

 

***
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2016-10-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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