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リレーのアンカーを譲ってしまった娘が教えてくれたこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:赤羽かなえ(ライティング実践教室)
 
 
自分の身に余る大役が回ってきた時、何を思い、どう振舞うのか?
そして、その時に身の周りにいる家族はどう思うんだろう?
そんなことを考えさせられた数日だった。
 
事の発端は保育園の運動会が迫ってきたある夜のこと。わが家の食卓は色めき立っていた。
 
「なっちゃん、リレーのアンカーに選ばれたんだって!」
 
「マジで! すごいじゃん!」
 
末っ子が保育園のグループ対抗リレーのアンカーをやることになった、とお便りに書いてあった。わが家は、私も含めて、リレーのアンカーなんて大役をやったことがない。なんだか福引で1等賞を当ててしまって嬉しいような、ソワソワするような、浮足立った雰囲気になっていた。当の本人は嬉しそうに小鼻を膨らませながら、時々恥ずかしそうに笑っている。
 
ただ、どうやら足の速さで勝ち取ったアンカーではないらしい。末っ子のグループには同級生で足が速い子がいる。でもその子が下の学年の面倒を見なかったり、本気で走らなかったりということがあって、頑張りを見せる末っ子にお鉢が回ってきたという事情らしい。
 
これ、直前で、まだ入れ替わるかもしれないな……家族に発表するの、早まったかなあ。杞憂に終わるといいけど、と思いながら嬉しそうな末っ子を眺めていた。彼女は練習の苦労を饒舌に話していた。
 
運動会が近づいたある日の帰り、少し複雑な表情をした園長に声をかけられた。アンカーの話かもしれない……と構えて聞いてみると、案の定、話し合いの結果、末っ子はアンカーを一番足が速い子に譲ったのだという。
 
「私はね、もっと突っぱねてもいいと思ったし、実際に彼女もやりたいってずっと言っていた。どうしてもアンカーじゃないと嫌だと言い続けていた子に最後は譲ったんよね」
 
園長から事情を聴いて胸に濃い灰色の雲が立ち込めたようになった。なんで末っ子は、やりたかったのにアンカーを譲ったわけ?
 
チャンスなんてそうそう来るものじゃない。私が小さい頃は、やりたくてもチャンスがもらえなかった。学芸会の主役も、運動会のリレーも学級委員も。なんでもやってみたかった私だったけど、当時は、クラスの人数も多かったし、そんな大役が回ってくるような華やかな子どもではなかった。かといって、立候補するのは図々しくて恥ずかしい。結局、私ではない誰かが中央に立ってキラキラと輝いているのを羨ましかった。
 
だから、娘がせっかく決まっていたアンカーを人に譲ってきたということがちょっと信じられなかったし、納得がいかない。13年母親をやってきて、初めてモンスターペアレンツに化けそうな自分がいた。
 
でも、結局、当事者ではない外野が色々言ったところで仕方がないことなんだよ……必死に自分に言い聞かせた。「まあ、私の人生ではなく、子どもは子どもの人生ですもんね」という無難な言葉にまとめて、感情がゆれないように慎重に言葉を紡いだ。
 
帰りの車の中で、バックミラー越しに娘の様子をうかがう。本人は、練習で少し疲れた顔をしているものの、さほど不機嫌そうな様子もない。私も努めて平静をよそおって話しかけた。
 
「なっちゃん、アンカー譲ったんだって? どしたん、何かあった?」
 
私の声をじっと聞いた後で、彼女は意外にも笑顔を見せた。
 
「そうなんよ、私ね、おっきくなったんよ」
 
「え? どういうこと?」
 
とんでもなく間抜けな声がこぼれ落ちた。
 
「あのね、アンカーをみんながやりたかったの。私もやりたかったけど、絶対にやりたいって言われたからね、譲ったの。大きくなりたかったから」
 
「大きくなりたいって言うのは、成長するってこと?」
 
「そう! だから、私、大きくなったんだ」
 
アンカーを譲って悔しくて涙を見せるかと思っていたのに、むしろドヤ顔をしている娘につい笑ってしまった。
 
「そうかあ、それはすごいことだね」
 
実際、少し驚いていた。年長児が話し合いで人に大役を譲るなんてことが気持ちよくできるなんて。家族の私がモンスターペアレンツ化しそうなくらいにモヤモヤしていたのに、当の本人はそんなことをお構いなしに乗り越えて、「譲って大きくなった自分」に喜びを見出していた。
 
子どものしなやかな発想にハッとさせられた。
 
人生の岐路に立った時、あの時にこうしていたらなあ……とか、もしもこれができていたらなあ……とか、振り返った時に「たら、れば」なことって沢山ある。でも、きっと、どっちに進んでもそれなりに良いこともあれば、悪いこともあって、そこに直面した時にどんな結果でもちゃんと気づきは得られるはずなのだ。けれど、目先の表面的な結果を気にして、いつまでも、あの時こうだったらよかったのになあと思って引きずってしまうこともある。
 
娘はアンカーをやっても色々と学ぶことができたはずだけど、アンカーを譲ったことで得られたことを大切にした。きっとどちらでも素敵なのだ。彼女は、これからどんな大きな岐路があって悩んでも、ちゃんと自分で決めて、その選択肢を大事にしていけるだろう。
 
我が家にリレーのアンカーは誕生し損ねてしまったけれど、モヤモヤしていた私の心の天気は一気に晴れた。
 
真夏がぶり返したかのような雲一つない青空の下で一生懸命走る娘の姿がとても大きくまぶしく見えた。
 
 
 
 
***
 
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