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ラジオ体操が教えてくれた、人生についての学び


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:杉村仁子(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
アニメ「アルプスの少女ハイジ」のなかに、雪でおおわれたスイスの山峰が、夜明けとともに陽の光でバラ色に染まっていく美しいシーンがあった。
 
東京の朝も決してひけをとらないと思う。
太陽が、寒々とした高層ビルの壁をピンク色に変えていく。
まるで都会に生命が吹き込まれる瞬間に立ち会っているような感覚である。
 
早朝散歩をしながらこんな感動を満喫するようになって、7年になる。
朝から歩く理由は、6時半から近所の公園で行われるラジオ体操に参加するためだ。
 
きっかけは、身体をこわして長年勤めた会社を退職したことだった。
それまでは、早朝に出勤し、夜中に帰る生活が続いていた。
休みの日は、寝るかテレビを見て過ごしていたので、近所を出歩くことはなく、周りに何があるのか全く知らなかったし、関心もなかった。
 
次の仕事を探すまでしばらく休もう。小さくても今までやったことがないことをして過ごそうと決めていた。
しかし、以前の習癖が抜けず、早朝に目覚める日々が続いていた。
思い切ってある日、外に出てみると昼間と違う静かな世界が広がっていた。
灯りがついているオフィスビルの窓を数えたり、わざと知らない道に迷い込んでみた。
そこには思いがけない楽しさがあった。
 
そんな毎日を過ごしていると、私と同様に朝から歩いている人たちが存在しており、彼らが、ある一つの場所に向かっていることに気づいた。
 
あとをついて初めてその場所に足を踏み入れた。
それは、ラジオ体操の会場となる公園であった。
昔のお金持ちの屋敷跡だったらしく、樹齢を重ねたさまざまな種類の木々が高く生繁っている。
 
「近所にこんなところがあったんだ……」
 
ラジオ体操の音楽が流れてきた。
中学生の時以来だったが、音を聞くと無意識にリズムにのって身体が動いた。
 
朝から身体を動かすことの気持ち良さに感動した。
自然なかたちでラジオ体操に参加する習慣が、この日からはじまった。
 
ラジオ体操は、大晦日も元旦も毎日定刻に開催されている。
時間になるとこの公園には70〜80代を中心とした100人ちかくが集まってくる。
なかには、雨でも傘を差しながら体操をする習慣化の猛者たちもいる。
 
ある朝、起きると小雨が降っていた。
このくらいなら誰かが必ずいるだろうという確信があり、公園へ行った。
 
案の定、数人が木陰に集まっていた。
「どうしようか」という話し声が聞こえた。問題が起きているようだ。
 
「何かあったんですか?」
 
「今日、誰もラジオ持ってないのよ」
 
「ああ、私のスマホにラジオのアプリが入ってますから、それで流しますよ」
 
その日は、携帯で音を出してラジオ体操を行うことができた。
皆さんは、感心しながら口々に私に御礼を言った。
 
翌朝、前日のメンバーのなかの女性が、
「昨日はありがとう」と言って、リンゴが入った袋を手渡してきた。
 
「あ、いえ、お役に立ててよかったです」と私は答え、自己紹介をした。
 
女性は、「芹沢です」と名乗った。
年齢は、実家で暮らす母と同じくらいだろうか。
 
彼女の存在は、前から知っていた。
小柄だが、パステルカラーのジャージを日替わりで着てくるので公園のなかで目立っていたからだ。
 
「おしゃれですね」と言うと、テニスをやっていたので色々なトレーニングウエアを持っているのだと返答した。その出来事が彼女と親しくなったきっかけであった。
 
以来、私は彼女の隣を定位置として体操をするようになり、帰りにコンビニのイートインでコーヒーを飲みながらおしゃべりをするくらい親しくなった。
第一印象通りに明るい性格の持ち主で、人見知りしがちな私でも構えることがなく会話を続けることができた。
 
芹沢さんは、この近所で育ち、公園でよく遊んだのだという。
だから公園の植物に詳しかった。
 
「キョウチクトウが咲いているねえ。きれいだけど、毒を持っているから触ったらダメよ」
 
「芹沢さん、あのピンクの花は何?」
 
「サルスベリよ。この坂を降りたところの樹は、白い花をつけるのよ」
 
私は、知識が増えていくのが楽しくて子供のように質問をし、芹沢さんは丁寧に答えた。
春にはタケノコが生えてくる公園のなかの秘密の場所へ、秋にはスミレの群生するエリアへ連れていってくれた。
 
私は、そのたびにFACEBOOKに投稿して(もちろん、タケノコの詳しい場所は伏せて)、芹沢さんはそれにイイネをつけるのが一連の流れとなった。
 
自分のまわりで四季がめぐっていることを今まで感じたことはなかった。
特別な眼鏡を手に入れたようでとても楽しかった。
 
彼女には、私と年齢が近いお嬢さんがいた。
「明日のラジオ体操は、来られないわ。娘が孫を連れて帰ってきているの」と言われて、会ったことがない娘さんへの嫉妬のようなものがわくのを感じた。
何気ない会話を交わすだけの関係だったが、自分にとって特別な存在となっていたのだ。
 
そんな芹沢さんがある時から姿を見せなくなった。
同時にその頃、コロナの流行で公園でのラジオ体操は、役所からの通達で中止となった。
 
芹沢さん、どうしているかな……。
私は、彼女のFACEBOOKのページを開いたが、更新されていなかった。
メッセンジャーで、「いかがお過ごしですか?」と送ったが、返事はなかった。
 
私は散歩のコースを変え、新しいルートを開拓することで寂しさを紛らわせた。
 
先日、たまたま公園の近くを通るとラジオ体操の音楽が聞こえた。
いつのまにか再開したようであった。
 
公園に入ると、近所の人の懐かしい顔が見えた。
「元気だった?」と数人が声をかけてくれた。
しかし、そのなかに芹沢さんはいなかった。
 
いつも体操をしていた場所で姿を現すのを待ったが、来なかった。
翌日もやはり来なかった。
 
気になって芹沢さんと親しくしていた方に聞くと、一年前に肺炎で亡くなったということを知った。
私の存在はご家族に伝えるほどの親しいものではなかったため、連絡が来なかったのだ。
知らせがなくとも、なんとなく予期していたことだった。
 
再び私は、ラジオ体操に通うことにした。最近は、彼女がいない公園にも慣れた。
ケヤキが色づき、積み重なる落ち葉が日に日に厚くなっている。
私は、一人でも四季の細かな移ろいに気づくことができるようになっていた。
そして、自然界と同じように、人の一生にも四季があり、春から冬へと移り変わっていくことにも気づいた。
 
以前の私なら、それを厳しい現実だと受けとめられなかっただろう。
しかし、今はずっと昔から繰り返されてきた時の流れの一部なのだとわかる。
生まれたものが、変化し、消えていくのは悲しいけれど自然なことだ。
そんな命の循環についての学び、それが芹沢さんからの最大の贈り物だったと思う。
 
 
 
 
***
 
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