「再々婚」したユミ子と「無婚」の私の間にある、近くて遠い距離感について
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記事:石村 英美子(ライティング・ゼミ)
風の噂で、ユミ子が結婚したらしいと聞いた。
ユミ子は私の高校時代の同級生である。学生の頃、実習でチームを組んで以来、話すようになった。クラスのグループ分けは単純にアイウエオ順なので、池田ユミ子と石村英美子は必ず同じチームになる。
ユミ子はぽっちゃりしていて、潤んだ大きい目をしていた。全体的に可愛らしい女の子だったが、本人は少し大きすぎる胸を気にして猫背気味だった。今考えると明らかにロリータ系だったと思う。
工業高校に通っていた我々の実習は、あまり女性には馴染みのないものだろう。鋳造、鍛造、旋盤などのいわゆる金属加工と、木まるごと一本から板を切り出して加工する木材加工など、作業服を着て工業用油脂やおが屑にまみれた青春時代だった。
ユミ子は作業後に一生懸命手を洗っていた。爪の間の金属屑は黒く残ってなかなか取れない。雑な私はすぐ諦めたが、ユミ子は汚れた手のまま帰るのが恥ずかしいと言った。
見ていると彼女は実習があまり好きではなさそうだった。油圧プレス機で金属に圧力をかける強度実験の時も「3トン! まだいける? すげー、象が乗っても壊れないって事だね!」と騒ぐ我々を尻目に、ユミ子は遠巻きにに見ているだけだった。
ユミ子は、電気溶接の実習の際も怖がってなかなかアーク棒に着火できなかったし、鋳造実習の時は溶けた金属を涙目で流し込んでいた。
ちょっと呆れたが、一応「大丈夫?」と声をかけてみると「大丈夫。怖いだけ」と言う。
¬……なぜ工業科に来た?
聞けば、出来るようにはなりたいのだと言う。でも、怖いそうなのだ「こういう男の人がするような事」は。
は!? なんつった!?
男の 人が する ような事?
ユミ子は商業科を受けたが、入試の成績が足りず工業科であれば合格だったのだそうだ。私立に行くのも親に申し訳ないので、県立の工業科で妥協したという。だから、こういう事も我慢してやらなけばいけないとは思っているそうだ。
はっきり言ってムカついた。
志望して入学したこの学科を馬鹿にされたような気になったし、「我慢してる自分って健気」感出すし、だいいち男の人がやるような事ってなんだ!!
男尊女卑のメッカ、鹿児島県で生まれ育った私は「女のくせに」とか「男のすることに口を出すな」とか言われるともう、脊椎反射的に沸点に達する。男も女も関係ないはずなのに、こんな女が居るからバカな男が増長するんだ。
腹が立ちすぎて無言でいる私に、ユミ子は「ごめんね」と言った。
一般教科の授業の時はともかく、実習の時はユミ子と話さなくなった。苦手だけど一生懸命やってますみたいなのが癇に障った。それだったら「だりぃ、めんどくせー」と不平を言うバカ男子のほうがよっぽど清々しかった。
ところが、ユミ子が私を避ける事はなかった。さすがに実習の時の私には触らないようにしていたようだが、その他の時には普通に話しかけて来たし、板書を書き写すのが異常に遅い私にノートを貸してくれたり、忘れ物が多い私のために余分に体操服を持ってきて助けてくれた。
私が腹を立てたユミ子の女子っぽい部分は、一般的には美点なのである。だからそのうちなんとなくわだかまりが消え、彼女の家にも遊びに行くようになった。
ユミ子の家にはお父さんが居なかった。母子家庭なのでは無い。お父さんは大型船の調理師をしていて、航海は3ヶ月から半年に及ぶ。時々帰ってきて家で数週間過ごし、また留守にするのだそうだ。
ユミ子はお父さんがとても好きなようだった。航海から戻る時には迎えに行くのだという。戻ってきたお父さんは、家の傷んだところを修繕したり、自転車のパンク修理だってしてくれると楽しげに話した。
なるほど。
ユミ子にとってそういうのは「お父さん」の仕事なのだ。私の父はあまり頼りにならず、そういうことは母がやっていた。母はヒューズが切れても自分で交換するタイプだ。幼稚園の頃お使いで、20アンペアのヒューズを買いに行った事がある。
そうか、家庭環境というのは無意識にその人の常識を形成する。ローカルルールなのに、そうとは知らずに大人になって、驚いたり衝突したりするのだ。
ユミ子は男の人に頼って生きる種類の人間なのだろう。それは別に彼女の勝手だし。お互いが良ければ何の問題もない。ただ、ユミ子はそれが外にダダ漏れだった。「私弱いんです」印が貼ってあるかのようだった。
庇護本能を刺激された男と恋に落ちるが、その男に庇護し続ける覚悟なんか無い。付き合った男に「重いと言われた」と泣く。だからその泣くのが重いんだって。それに隙があるからよく変な男に声をかけられるし、やたらと痴漢にもあう。
「英美ちゃんは強くてうらやましい」などとほざいたりする。もちろん説教してやった。
それは卒業しても変わらなかった。
ユミ子は最初の旦那さんとの間に男の子をもうけたが、2年ほどで離婚した。
ユミ子は二度目に結婚した時に、新しい旦那と幼稚園児の息子を連れて私の家に遊びに来た。むっちりロリータだったユミ子はすっかりやせ細っていた。やせ細った妊婦だった。
知らない間にユミ子は看護学校に行き、准看護師になっていた。頑張りすぎて体を壊したと思ったら妊娠していたという。なんともユミ子らしい、悪気はなくてもちょっと迷惑な話だ。そうはっきり言ってやった。そして二人とも笑った。
付いてきていた旦那は私に向かって「キムタクに似てるね!」と能天気に言い、幼稚園児は私の事をお兄さんだと信じたまま帰って行った。
この時、赤ん坊が生まれたら見に行くと約束した。あまり他人様の子には興味がないが、なんとなくどうなるのか心配だった。
翌年、約束通りユミ子の実家に行くと、私をキムタク呼ばわりした旦那の影は無かった。幼稚園児は私の事を覚えていて、はしゃぎすぎて鼻血を出した。鼻にティシュを詰めたまま、幼稚園のお兄ちゃんは妹の赤ちゃんを見せてくれた。ちいちゃい手で、もっとちいちゃい手を握ってあやしてあげていた。
大丈夫か。
大丈夫なのかユミ子。
あなた旦那がいないとダメな人でしょう。
結婚したはずの旦那はどうしたのか気になったが、言っても仕方が無い事なのでその辺の話題には触れなかった。ひとしきりくだらない昔話をして帰る間際、幼稚園児にお土産の「ひよこサブレ」をあげた。大きいお菓子なので「1日、一枚だぞ」というと、園児は私に小指を差し出した。
あの時私と指切りした幼稚園児はもう思春期にさしかかろうとしているはず。その後あまり連絡も取らず、引越しも重なったためユミ子とは疎遠になってしまった。
ユミ子がすぐ結婚しようとする理由を、私はなんとなく分かっている。お父さんだ。ユミ子は新しいお父さんを欲しているのだ。そしてそれが壊れがちな理由も察しがついている。最初から「お父さん」ができる男の人なんてほぼ居ないのだ。
この理論で言えば、自分が結婚できない理由も本当は分かっている。(私の)お父ちゃんだ。私はお父ちゃんは別にいいかなぁ、と思っている。お父ちゃん、そんな風に思ってごめんね。
前々から気づいていたが、ユミ子と私の固定概念と行動パターンは、内容が違うものの現れ方が全く同じなのだ。
正統派ファザコンと、逆ファザコン。どちらもコンプレックスには違いない。
そして、あんまりよろしいものでもないとも思う。
ところが最近、地元の別の友人から「ユミ子が結婚したらしい」と聞いた。
待て待て待て。
それ、最近の話?
ということは、ユミ子はバツ2マル3ということになる。
やリやがったな! ユミ子! 私なんか「無婚」だぞ!!
くそう、今度の正月に実家帰ったら確認しよう! そしておめでとうとか言ってやる!!
ユミ子が「お父さん」という理想像を捨てず、今度の旦那さんを選んだのかどうかは知らない。でももう、ユミ子もすっかり大人になっているのだから、今度こそなんとか上手く行くよう頑張ってほしい。
育った家庭環境というのは無意識にその人独自の常識を形成するが、所詮ローカルルールなことは、そろそろ分かって来ているはず。今からまた新しい家庭で、別のルールを作ったらいい。
と、無婚の私が偉そうに言ってみた。
以前は、誰が結婚しても羨ましいなんて微塵も思わなかったけれど、今回はちょっと羨ましいと思った。我ながら良い兆候である。
でも、もしかして羨ましいのは「三回」っていうとこだったりして!
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