名古屋駅のきしめんとマネジメント《ふるさとグランプリ》
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記事:との まきこ(ライティング・ゼミ)
急いで階段を登りきる。今日もいい香りがしている。香りにつられるように、小走りでそちらに近づく。
名古屋駅の在来線ホームにあるきしめんの店は、ホームの端っこにある。乗り換えの階段からホームの端まで歩くのももどかしい。
このきしめんを食べたいがために、部長とは違う新幹線を予約し、現地集合にしてもらったのだ。
目当ての店に到着すると、いつもの「かき揚げ玉子入りきしめん」の食券を買う。かき揚げも玉子も私の好物だ。その両方をのっけてしまうのだから、ささやかなぜいたくである。
店内に入り食券を出すと、お店の人が、そばときしめんのどちらにするかを問う。「もう、愚問だなあ」と思いつつ、きしめんをお願いする。
東京ではそば派の私だが、名古屋ではきしめんに決まっている。名古屋だもの。
程なくして、きしめんが登場する。
ふわふわのかつおぶしがたっぷりのっている横に、生玉子が落とされている。小エビの姿が見えるかき揚げは、衣も薄め。その下に真っ白なきしめん。玉子はつぶれないようにそっときしめんの下に沈め、あたためておく。
「いっただきま~す!」と大声で言いたいくらい大好きなきしめんだが、頭がおかしいと思われても困るので、心のなかで「いただきます」を叫び、まずは、つゆをひとすすり。関東ほどからくなく、関西ほど薄くなく、絶妙である。そして、きしめんを一口。うどんよりもはるかにのどごしがいいのがたまらない。材料は同じ小麦粉なのに。
唯一の難点は、私の食べ方がヘタなのか、つゆが飛び散ることだ。
夢中になって食べ終えると、ジャケットにもれなくそばかすのようにシミがついている。これからお客さんのところに行くのに。まあ、だれもそこまで見ないよね、と自分に言い聞かせる。
お客さんのところに行く。そのことを考えると、きしめんを食べながらも憂鬱になる。
今日も顧客へ謝罪するための出張なのだ。名古屋(正確には、名古屋駅から在来線で30分ほどのところ)への出張は、ほとんどが謝罪がらみだ。後輩がミスをしでかすたびに(なぜかこの人は何度も騒動を起こす)、私はこうして東京からはるばる名古屋まで来ることになる。
そんな出張の唯一の楽しみであるきしめんをすすりながら、なんで私が謝りに行かないといけないのだろうと、心のなかで文句をたれる。
人の生死にかかわることでもないし、「どうもすみません」「次から気をつけてよ」ですむレベルの話ではないか、とぶつぶつ思いながら、きしめんで満足したお腹とともに先方へ出向く。
と言いつつ、私はこの謝罪出張が密かに好きだった。その理由は、東京では食べられないきしめんが食べられること、だけではない。自分が活躍しているという実感が得られるからだ。
張本人の後輩の代わりに謝り、現場の責任者である課長の代わりに謝り、今後の改善策を先方に提示し、納得してもらうというのが私の仕事だ。
「なんで私が」と文句をたれつつ、自分のせいでもないミスを謝りに行くのが実はうれしかったのだ。
後輩も課長も同行しないのは、部長の判断だった。
その後輩は、謝ることはできても先方が納得する改善策を考えることはできない。課長にいたっては、ミスが発覚した時点でのまずい対応で相手を怒らせてしまっているから、これ以上接触させないほうがいい、というのが部長の言い分だった。
そんな人たちの代わりに私が部長と名古屋に行くのを見て、周りの人たちは「大変だねえ」と同情してくれたし、私もそんなことをしている分、社内で大きな顔ができた。
「ちょっと名古屋に一緒に行ってくれよ」と部長に言われるたびに、「えー、なんで私が行かないといけないんですかあ?」と行きたくない素振りを見せながらも、私は内心うれしかったし、大変な自分に酔うことができた。
管理職の立場にある人は、「何かあったら言ってくれ。面倒くさいことは俺が引き受けるし、俺が悪者になる」と言って、汚れ役を一手に引き受けようとする傾向がある。だが、そういう態度によって、部下が自分のことを「子供の使い」のように思ってしまったり、疎外感を抱いてしまったりするような気がする。
ネガティブな仕事を部下にやらせるというのもなかなかやりづらいだろうが、上に立つ人があえて「悪者にならないという悪者」になってみると、部下たちが仕事に参加している実感を抱くことができるのではないだろうか。
私はこの謝罪出張によって、自分を活かせる場を与えられていたし、会社の一員であるという自覚を持てたのだ。理不尽なように見えて、そうではなかったのだ。
管理職が活躍しすぎないほうが、「部下のやる気を引き出すマネジメント」とやらになるのかもしれない。そのほうが、管理職自身も楽ができるのではないか。
会社を辞め、もうきしめんを食べに行くこともなくなった今、そんなマネジメントがあってもいいかもしれないと思うのだ。
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