ふるさとグランプリ

夢とロマンの詰まった「それ」を、開けた先には。《ふるさとグランプリ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:福居ゆかり(ライティング・ゼミ)

「ゆかり先輩、マジでこれなんとかしてくださいよ、ホント俺困りますって」
サークルの後輩にそう言われ、私は今「それ」と対峙している。
問題は、開けるか開けないか、だ。
しかし、呼ばれて来てしまった以上、開けないという選択肢はすでにない。開けられないために後輩は困っているのだから。
「開けないでずっと持ってればいいんじゃない、絶対に開けないでくださいってわざわざここに書いてあるじゃん」
私が笑いながら意地悪く言うと、後輩は
「いや、だから処分に困るんですって」
となんとも情けない顔をして頭を掻いた。
ちなみに後輩は若き日のジャン・レノのような風貌で、そんな大の男が肩を落としてしょんぼりしているのだから私はおかしくてたまらなく、つい意地悪をしたくなるのだった。
けれどそこまで真剣に困られると、先輩としてはなんとかしてあげたくなってしまう。
私は軽く息を吐いて、言った。
「じゃあ、開けるよ。せーのでね」
後輩を見ると、こちらを見て神妙に頷いた。手をかけ、ぐっと力を込める。
「せーのっ」
プシュッと音が響き、私はそれを開けた。

大学四年、ゼミも終わりに差し掛かり、就職もそれぞれ決まった頃。私と友人数人で、「卒業旅行」ということで北海道に行くことになった。
北海道といえば、豊富な海の幸、お菓子、お酒……! と盛り上がった私たちは、交通手段に悩んだ。そして、自分たちで運転しなくても良く、名所をほどよく回ってくれるバスツアーに申し込んだのだった。

「寒っ」
3月の北海道は予想以上に冷え、足の先から冷気が体を登ってくる。もっと厚手のコートを持って来るんだったと私は後悔していた。
「少し歩きまーす」というガイドさんの声に連れられ、私たちはぶるぶる震える身を寄せ合いながら、丘の上まで歩いた。
ガイドさんが手を広げて止まっているところまで辿り着くと、眼下には鏡のように波ひとつない、美しい青色の湖があった。
「こちらが、摩周湖でーす」
スピーカー越しの説明が辺りに響く。
「霧の摩周湖と呼ばれるくらい、霧がかかっていることが多く、湖面が見える確率は実に半分ほどと言われています。今日はみなさん、湖面が見えてラッキーだと思いまーす。
ちなみに、霧のかからない摩周湖を見ると婚期が遅れる、というジンクスがあります。私もまだ未婚なので保証はできませんが、女性の皆様、きっと大丈夫だと思いますー」
婚期が遅れる、という言葉に敏感なお年頃の私たちは若干うろたえ、お互いに顔を見合わせた。
「結婚、したいよね」
「え、やだー、婚期が遅れるなんて。あたし今すぐでもいいから嫁に行きたい」
「ホントなのかなー、ちょっと心配」
口々にそう言い合いながら、霧の晴れた摩周湖を見る。心配したところで未来はわからないのだけど、そもそも婚期が遅れるどころか嫁に行けるのか……と不安を抱えながら、私たちは遠くを見やった。
吸い込まれそうなブルーが、静かにそこに佇んでいた。

湖岸には土産物屋があり、そこを見学後、時間になったらバスに集合となった。
土産物屋に入ると、その一角にうず高く積み上げてある缶が目についた。
「暖めると霧が晴れる
摩周湖 霧缶
注意! 夢とロマンが入っているので絶対開けないでください」
と書いてある。
缶の表面にある、霧がかかっている摩周湖の絵を手で暖めると、霧が晴れた絵に変わるという仕組みになっていた。
夢とロマン、という文言に惹かれた私は、さっそくお土産にいくつか買って行くことにしたのだった。

「……で、霧とか夢とかロマンとか、入ってたと思う?これ」
口がぱっかりと開いてしまった霧缶を持って後輩に尋ねる。
「わかりませんけど、何も目に見えてないのは確かっす」
相変わらずしょぼくれたジャン・レノは首を振ってそう答えた。
「だから絶対に開けないでくださいって書いてあるんじゃないのかなぁ」
「どうせ捨てるなら開けよう、って言ったのゆかり先輩じゃないっすか」
私がいなくなった後に捨てるには忍びない、けれど保管に困る、という後輩からの要請に、私はサークルの面々と後輩の部屋で待ち合わせた。しかし、私を除く皆が遅れたため、私は1人夢とロマンを後輩の部屋に解放しようと思ったのだが、どうやらうまくいかなかったようだった。
缶の1つくらいそのまま捨ててしまえば良かったのに、なんて律儀なヤツなんだ、ジャン・レノ。
「でもここには缶に入ってた分の北海道の空気が流れ込んだわけよ。少しだけでも北海道の気分にならない?」
「そうですね、少しは……そんな気になりません、自分北海道感全くないっす、すみません」
後輩の返事にビールを手渡す。もちろんサッポロビールだ。今度の缶は、開けると炭酸が抜けるいい音がした。

旅行から数週間が過ぎ、私は学生時代との別れの時が近づいていた。
卒業旅行は、友人たちと過ごした、最後とも言える濃密な日々だった。
そして北海道の思い出の象徴として、確かにその缶はあった。
缶の中には、あの時過ごした北海道の一部とも言える風が入っていた、そう思うと楽しかった記憶がさっと頭の中に蘇る。青い空の下で美しく流れる流氷、バスで友達と半分こして飲んだサッポロビール、無言でカニを食べ、はっと気がついて顔を見合わせて笑ったこと。そして、霧の晴れた摩周湖。
その風が、霧が、そこにある缶の中に入っていると思うことこそが、夢とロマンなのではないか、そう思った。

後輩の隣で自分もビールを開ける。
「そういえば、この霧が晴れてる湖面を見ると、嫁に行き遅れるってジンクスがあるらしくて」
と言うと、後輩は
「大丈夫っすよ! 先輩はたくましいから!」
とグッと親指を立てて言った。
褒めてるのか貶しているのかの是非を問おうとすると、玄関のチャイムが鳴った。サークルの他の仲間たちがやっと来たらしい。
「はーい」
返事をしながら、後輩は玄関へと姿を消した。

置いてあった霧の缶詰をそっと、持つ。
ぽっかり開いた缶の口からは、まだ、夢の匂いがしそうだった。

***
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