白くて丈夫で四角い家を建ててから15年が経って
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:鈴木結美子(ライティング・ライブ名古屋会場)
「お元気そうで何よりです!」
と、電話の向こうのK野くん。満面の笑みで話しているのが目に浮かぶ。今年、5年やめていた年賀状を復活させたのをきっかけに、お正月明けに連絡をくれたのだ。そこから30分近況報告、楽しい時間をもらって通話を終える。
ああ、変わらないなぁ。
そうだった。
このまっすぐな明るさが決め手になったんだよなぁと懐かしく思い出す。
K野くんは住宅メーカーの営業マンだ。
15年前、家を持つことになり、家族4人でマンションから分譲・注文住宅まで、いろんなメーカーや工務店へ足を運んだ。最終的に「白くて四角くて丈夫な家が建てたい」と決まり、いくつかの候補が残った。
各社と話す中、入社3年目のK野くんは、礼儀正しく、でも声を上げてよく笑い、自己開示が上手だった。A3の手作り自己紹介シートが今でも印象に残っている。
【趣味】
ツーリング(アメリカンバイクでの地方各所巡り<大型免許取得済>)
素潜り(魚やアワビを潜って捕ります)
お好み焼きを焼く(学生時代店長をしておりました)
(※それぞれ写真付き)
【人生において心掛けている点】
家族を大切にする、約束を守る、全てにおいて逃げない
突っ込まずにはいられない要素が多数、心をつかむ内容だなぁと思った。聞いたこと、お願いしたことに対して、どこよりも仕事が早い。心配りも上手で、おじいちゃん・おばあちゃん子だったというので納得する。時々素がでて人間味がある。良い営業マンで、これからもっともっと伸びる人だとわかる。
正直、最後残った3社のどこを選んでも、値段も見た目も丈夫さも、満足度に大きな差はなかったと思う。
だから決め手はK野くんが営業マンだったことだ。
どこの何を買うかも大事だけれど、誰から買うと決めるか。
その頃、私の父から、所有している土地に家を建てて良いと承諾がおりた。ありがたい。だが、古い家が残っていたり、分筆をしたりと手続きが諸々発生する。父は非常に難しい性格で、誰に対しても1つ1つ細部まで指摘が続き、話が長い上、毎回怒り出す。ここまでの道のりをふり返り、さてこの先どう話せば良いか胃が痛んだ。
ところがK野君が「僕がお父さんと話しますよ」とケロリと言う。そして実際間に入って父と話を進めてくれて、無事に思っていた通りの家が建った。
この住宅メーカーでは家を建てると、1年、2年、5年、10年と以後5年ごとに60年間の無料点検がある。
この点検を新築時からずっと同じ方が担当してくれている。
M山さんだ。
これまたM山さんが素晴らしくて、すごいのだ。
「ここちょっと気になるね」と、家をぐるりと1周しながら、ドアノブの調節、スライドドアやシャッター、窓の開閉、屋根とベランダ、水回り全般、きっちりしっかり微調整していってくれる。ちょっとした壁や床の傷は、M山さんの手にかかると見事に消える。道具箱からありとあらゆるものが出てきて、パッキンとか、扉のクッションテープなどを、ささっと直してくれる。職人である。
仕事だから当たり前だと思われるかもしれないが、手際よく美しく愛情を持って15年間、家を一緒に守ってくれている人がいるのはとても心強い。
M山さんが訪れた後の我が家は、メンテナンスが行き届き、昨日よりちょっと暮らしやすくなっている。
(ちなみに無料点検内なのでお金は発生していない)
離婚後、家の名義と住宅ローンの支払いが元夫から私に変わった。当時息子は中1で、私より背が小さくて、女手1つでこの家で育て上げられるか、不安でドキドキした。一戸建てを私は守っていけるだろうか。
実際、気づいたら雨漏りをしていたことがある。
「これが刺さっていました」と金属の板のようなものを下げて、屋上からM山さんが降りてくる。台風でとなりの家の屋根部品が飛んで、我が家のフラット屋根に着地したらしい。
テキパキと火災保険の手続きをしてくれる。雨ジミで貼り直しになった壁紙をカタログで一緒にあれこれ選んで楽しい思い出にしてくれた。
またある時は、トイレのドアを勢いよく閉めたら開かなくなり、閉じ込められてしまった。ドアノブが完全に壊れて扉がびくともしない。深夜2時、小窓から限界まで体をひねり何とか脱出してみたものの、明日からトイレに入れない。どうするのだ、困った。
でも翌朝「それは大変だ、今から伺います」とM山さんが立ち寄って、あっという間に解決し去っていく。
この安心感と信頼は何ものにも変えがたい。
M山さんはとにかくフットワークが軽くて楽しそうに仕事をする。
昨秋の15年点検の途中、話の流れでM山さんが「この仕事をしているとストレスがたまることもありますよ」と言う。
意外だな、と思って理由を聞いてみると
「お客さんのこうして欲しいに物理的にそえないときがねぇ。どうにかしたいのに叶えてあげられないのがストレスで」と悲しそうな顔で言う。
なんて尊いのだろう。我が仕事に置きかえてみて、身が引き締まる思いがした。
20代、30代だったK野くんもM山さんも、40代になった。
60年点検は共に見届けられないだろうけれど、5年に1度は「お元気そうで何よりです」といくため、今日もがんばろうと思う。
***
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