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あなた、超能力者でしょう?


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:サイ・タクマ(ライティング・ゼミ)

「あの……、あなた、超能力者でしょう?」
突拍子もない単語が隣から聞こえて、僕はグラスを呷ったままの体勢で硬直してしまった。
立方体の大きな氷がグラスの底から剥がれ落ちて、歯に当たって止まった。
唇の横からこぼれ落ちてしまった水滴を慌てて拭いながら訊ね直す。
「今、なんておっしゃいました?」
「超能力者」

僕は息を呑んで首を90度転回して、顎をひいた。
こちらを見つめる女性の眼差しは予想以上に真剣で、切実だ。
私が勇気を出して聞き辛いことを聞いてみたんだからあなたも真剣に答えてほしい、と、その人の目の力強さが語っていた。
断じて茶化しのトーンではない。空気が緊迫している。
「え、誰がっすか? 僕がですか? 使えませんけども」
「とぼけないでください。そういう人って、みんなそうやってとぼけるんです。ねえなんで?!」
「いや聞かれても困ります! 持ってないっス! ホントに持ってないんです!」

持っていない能力を持っていないと証明することは難しい。悪魔の証明と同じだ。
本当に超能力を持っている人は、こう言われたらなんて返すんだろうか?

その日、新宿・花園神社で「二の酉」をやっていて、人生ではじめて見世物小屋を観に行った。
当時をよく知る方によれば、かつての見世物小屋はもはや消滅してしまって久しいらしい。けれど、
なんとなくいかがわしい、期待と胸騒ぎが入り混じった入口前のざわついた雰囲気だけは、今も昔も変わらないもの、かもしれなかった。60年代サイケを踏襲した看板の絵がほんのり笑いを誘い、鼻の孔を無意識に広げつつ息を止めてしまっているようなときのくすぐったい高揚感は、ほろ酔いのボルテージを高めるのに一役買ってくれた。
蝋燭の火を食らう河童女は、その微笑みにえもいわれぬ色気があった。

酉の市の雑踏を離れ、ガハハと鍋をつついて解散したあと、酔い心地もよく興奮が冷めないので、僕はもう帰りの電車を諦めることにした。
深夜までやっている、新宿三丁目にある老舗のジャズ喫茶で小休止・酔い覚ましをするのがお気に入りだった。雰囲気のある階段を意気揚々地下へ降りると、薄暗くて落ち着く場所が待っている。

無防備に綻んだ顔で一服点けていると、「ごめんなさい。話しかけていいですか」と、隣の淑女が声をかけてきた。とはいっても、映画や小説に出てくる出会いでは決してない。
こんな言い方は失礼なのかもしれないが、その淑女は化粧っ気もないし、服装にお金をかけて身を飾ることにはそもそも興味がないような佇まいの方だった。年齢も、僕より一周りか、もっと上だろう。とにかく、艶っぽい話がしたくて話しかけてきたわけではない、という感じだった。
ジャズ喫茶なのでジャズの話をしていると、偶然にも、ついこの間日本に来たばかりの新進気鋭のミュージシャンのブルーノートでのライブ(語り草にできるぐらいすごい演奏だった)を2人とも見ていて、話が弾んだ。
深い話をするうちに、なんだか話し足りなさそうなご様子だったので、最終的に朝までやっている酒場に移動して、その方の悩みを聞くことにした。

いろんなしがらみに絡め取られてうまくいかない、今ね、人生のスランプなんです。
彼女は思いつめた顔で、そう言った。

言いたくないこともあるだろうから、立ち入る領域に気を配りつつ話を伺っていくと、彼女の配偶者か、あるいは親族による強い束縛が、彼女を自由から遠ざけていることが察せられた。
その束縛は根深く、そこから脱出することも、関係を遮断することも、彼女自身が絶対に不可能だと信じて疑わないようだった。
それが人生のバイオリズム上の不調に輪をかけて、彼女の再起を阻んでいるようだった。
話の節々から、ジワリと足元にまとわりつく人間の闇を感じた。
それと同時に、僕はその湿った不快感に腹が立ってきた。
クソ真面目に考えこんでしまう優しい人ほど、生きにくい世の中だ。
「ふてぶてしい」とか「図々しい」とか「開き直る」とか「逃げる」とか、腹が立つ輩に対しては中指を立てて考えうるかぎりの下品な顔で思いっきりアッカンベーするような「反骨精神」とか、そういう言葉を辞書に載せるのを忘れて生きてきたみたいな、きっとこの人はものすごく優しい人なんだろうと思った。
だから思ったことを傷つけないように言った。楽になってもらおうと思った。

彼女はなんだか言葉のチョイスや思考回路が独特で、何がしか話の中で気に入ったフレーズがあるとノートにメモしているところとか、そのフレーズの取捨選択のさじ加減が、見ていてひたすら面白かったのを覚えているんだけど、いかんせん酔っていたので忘れてしまった。
それを今も結構後悔している。
「超能力者か?」と僕に聞いてきたのも、真面目な問答だったのだと思う。
そうだと言ったらどうするつもりだったのだろうか。地鎮祭とか頼むのか。

「暴力とか、心ない言葉で傷つけてくる人もいるけど、私、そんなのには負けないの」と言った時の、その人の目の光は、なんだか強かった。

んじゃ帰りますか~と、朝方の駅前をテクテク歩いていたら、彼女はいきなりプッーと吹き出して笑った。

「なんか面白いもん見つけました?」
「いや、『サイさんてハトみたいな人ですね』って言おうと思ったんですけど、ハトって実は獰猛らしいんですよ。それがなんだか可笑しくて、自分で面白くなっちゃって、ちょっと」
「えっ、ハトって獰猛なんスか」
「はい、追い込まれると力加減知らないらしいんですよ」
「へー!!! あ~でもなんか、嬉しくないスね、それ聞くとね。ハトって力加減知らないのか」
「だから言わないでおこうと」
「もう聞いちゃったっスね」
最後は両手を広げてこられたので、ハグして背中をポンポンする、洋式の挨拶を交わした。

「今日はありがとうございました、超能力……。悪魔祓いとか出来そうっていうか、あの、ほんとに、どうなんですか? 聖職者じゃないんですか?」
まだ言ってらァと内心思いながらフト視線を辿ると、その時はじめて、自分が真っ黒い襟付シャツを着ていることを思い出した。
「ああ~、悪魔っスか? 祓っときましたんで、2・3匹。ね~!」
改札の向こうへ手を振った。
思い込みの強さ。
それはあなたの、なかなかの武器かもしれないですよ。
何度も振り返ってお辞儀をする、律儀な方だった。
1年前の、ちょうど今頃の話である。

 

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2016-12-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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