桜はボーイ・ミーツ・ガールのメタファー
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記事:三浦みち(ライティング・ゼミ2月コース)
またこの季節が来た。朝の気温は10度前後。冬場のつらい寒さから比べると布団からなんとか起き上がれるほどの気温になってきた。気合を入れて勢いよく布団から飛び出すと、服を着替え、ボサボサの髪をキャップにしまい込んで外に出る。身なりは気にしない。まずは外に出ることが大事なのだ。外に出てしまえばこちらのもの。決められたお馴染みのコースをただ黙々と歩き出す。
3月の終わり。この時期になると私は朝に散歩をする。運動が嫌いであまり継続できない私だが、この1週間ちょっとの間は雨さえ降らなければ毎日歩く。
それは、家から30分ほど歩いた住宅街にある、1キロほど続く桜並木を歩くためである。
今年、私の住む神奈川県では「開花は3月15日、満開予想は3月24日です」というニュースが伝えられた。3月20日の今日、どれほどの桜が咲いているのだろうか。期待に胸を弾ませながら桜並木までの道を歩いていく。
私の最初の桜の記憶は、新学期から転校した先の小学校で、新しい生活がはじまって少しした頃、校庭に咲く満開の桜の木の下で、みんなでお弁当を食べようと担任の先生が提案した。暖かな日差しの中、目にいっぱいに飛び込んでくるピンク色の桜。鮮やかできらきらとした景色の中ではしゃぐ同級生たち。それを羨ましそうに眺めながら、まだ慣れない生活にそわそわしている自分だけが静かにお弁当を食べていた。
私にとっての桜にまつわる原体験は、新学期がはじまって”少し経った頃”の風景なのだ。
だから、長らく私には、創作の世界で描かれる「桜=入学式」とか「桜=新学期」というイメージにはほんの少しだけ違和感があった。入学式のシーンには必ずと言っていいほど桜がある。「入学おめでとう」「新生活応援!」などと書かれたコンビニやスーパーでみかけるチラシにも桜が描かれている。ただ、自分が知っている入学式の風景にまだ満開の桜はなかった。
大人になってから好きで観たアニメにも桜のシーンはよく描かれる。例えば、桜のシーンが印象的な「四月は君の嘘」や「秒速5センチメートル」。それぞれ桜のシーンの舞台は東京。いつ頃かは曖昧だが4月に桜が咲き乱れている。
確かに、関東では桜の見頃は3月下旬から4月の上旬。入学式の頃にもまだ桜が咲いていて、なんなら散りはじめている頃だろう。
「涼宮ハルヒの憂鬱」でも「けいおん!」でも冒頭は入学式で桜が咲いてる。調べてみると、それぞれ舞台は兵庫県と滋賀県らしい。兵庫県も滋賀県も、3月末から4月頭に満開を迎え、桜の見頃は3月下旬から4月中旬なのだそうだ。
一方で、私が子どもの頃に暮らしていた宮城県では例年の見頃は、4月の中旬から5月の上旬だ。桜の咲く時期に半月から1ヶ月近い違いがある。
桜が実際に咲いている時期と、設定が少しずれてしまっている例もある。「君に届け」では、主人公たちが入学式の日に桜の木の下で出会うシーンが物語の重要な鍵を握る。舞台は北海道。北海道では、桜の見頃は5月上旬から5月中旬なのだそうだ。
アニメや漫画の世界では、桜は、本来咲く時期にしばられず、出会いやはじまりの強いメタファーになっている。朝にパンを咥えて走れば、曲がり角で誰かにぶつかる少女漫画のお決まりのように、桜が舞えばそれは、ボーイ・ミーツ・ガールな物語のはじまりなのである。
大学入学に合わせて関東に移り住んだとき、それまで感じていた違和感の意味に気づいた。入学式、すでに咲いている桜を眺めながら、これまで見てきた映画やアニメには、これが描かれていたんだな、とぼんやり理解したことを覚えている。
今住んでいる神奈川の自宅から、目的の桜並木まで30分ほどかかる。家から桜並木の端まで歩き、そこから桜並木を通り、また家まで帰る。往復で1時間の5キロちょっとの道のりを、私は汗を流しながらせっせと通う。
満開の5日ほど前は、たくさんの蕾をつけた枝のあちこちに、ちらほら花びらが開いているところからはじまる。その状態から、満開に向けて少しずつ少しずつ花が広がっていく様を、毎日眺める。そのワクワク感がたまらない。
いよいよ満開を過ぎると、近所の人も道に出てくるようになる。立派なカメラを抱える人もいる。散歩中の犬をたしなめながら、じっくりと上を眺める人もいる。バス停で待つ人もスマホを掲げている。街の人たちががみな、その桜並木が満開になることを待っていたのだ。その一体感がうれしい。アニメや漫画のようなボーイ・ミーツ・ガールがはじまるわけではないけれど、それでもいつも桜は人を引きつけて、新しい季節のはじまりを予感させる。
私も桜が放つワクワク感を求めて、今日も1時間の道のりをもくもくと歩く。
***
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