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ふるさとグランプリ

良いお酒は、人を笑顔にする。《ふるさとグランプリ》


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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:福居ゆかり(ライティング・ゼミ)

「あれっ、何やこれ」
台所で妹の驚いた声がした。
暮れの実家でのんびりとコタツに入ってうたた寝していた私は、その声で目が覚めた。
パタパタと足音が近づいてくる。
「ゆかり、冷蔵庫にあるお酒、入れたのあんた?」
「何の話? 知らんよ、私じゃない」
我が家は妹とは年子のせいだろうか、名前で呼びあうのが常となっている。傍目から見ると、化粧の濃さで勝つ妹の方が姉に見えるらしく、妹の梨香はよく怒っていた。
それにしても、呼びに来るほどの何が冷蔵庫にあるというのか。お酒、という辺りに心が動かされて、私は冷蔵庫を覗きに行くことにした。

「……なんや、これ」
そこには、包装された大量の日本酒があった。
梨香が知らないのであれば、犯人はほぼ下戸の母とは考えにくいので、父で間違いない。一体何をするつもりなんだ、父は。
「若い頃、お父さんはザルでなあ。会社の人と何人かで一升瓶を4本も5本も空けて、そのままケロっとして帰ってきた時があって……」
以前母から聞いた、父の逸話が頭をよぎる。けれど、もう父はそんなに飲める年齢でもなくなったはずだ。
そう思っていると、後ろから声がした。
「目ざといやっちゃな、飲んだらあかんぞ」
父であった。
「これ、こんなにどーすんの」
「あちこちにお年賀として送るんや。やから、飲んだらあかん」
お酒が好きな私にとって、こんなに大量に酒があるのに飲むなとは、まさに蛇の生殺しだった。
恨めしげに冷蔵庫を見つめると、ドアの内ポケットに1つだけ、梱包されていない日本酒が目に入った。ラベルにやたらと重厚感があり、蓋には赤く「限定品」と書いたテープが貼り付けてある。
「これ……」
手を伸ばすと、父が横からピシャッと手をはたいた。
「それは戦利品や。今晩みんなで飲むんやから、待ちね」
はいはい、と答えてお酒を見つめる。
鶸茶色に輝く瓶が、こちらを見つめ返していた。

福井県には実に30を超える数の蔵元がある。
コシヒカリ発祥の地である福井は、水も澄んで美しく、おいしい日本酒が多い、と勝手に私は思っている。
有名どころは黒龍や梵といった銘柄で、県外の居酒屋で見かけると「随分高値だなあ」という値段で張り出してあった。福井に行けば近所の酒屋で買えるんだけどなあ、と思いながらも私は、地元恋しさに思わず頼んでしまうのだった。

そんな黒龍には限定品のお酒がある。
酒屋に行くと瓶が飾ってあり「限定品です。少量入荷のため、お問い合わせください」と張り紙がしてあるのだ。
物珍しさにお店の人に聞いてみると、何年かに一度入荷で、その際にも抽選でお買い求めいただきます、と言われてしまった。
抽選という、運任せな事態にとても弱い私は、これは一生かかっても縁がないかもな、とさっさと諦めたのだった。

夕飯時、テーブルに着くと年末感溢れる料理が並んでいた。
年末感、といっても、我が家は大晦日におせち料理を食べ始める風習があるため、おせち料理と蕎麦というなんとも言えない組み合わせだった。
さて、と箸を手に取ると、父が「待て待て」と言わんばかりにドタドタと冷蔵庫に向かい、例の梱包されていない一本の日本酒を手に戻って来た。
それはどう見ても、酒屋で私が見つめていた限定品の瓶と同じデザインだった。
「これで今年の最後にカンパーイや」
という父を押しとどめ、
「いや、ちょっと待って。お父さん、それどうしたの。限定品やろ、中身入ってるの初めて見たで」
と尋ねる。すると父は誇らしげに
「並んで、抽選で当たったんや」
と瓶を掲げた。
ここぞという時に引きがいい父は、これまでも妙なものを当てて来たのだった。猿の形のランプだとか、限定のたまごっちだとか。変に納得してしまった私は「……ああ」と頷いた。
「今年で家族が揃う年末も最後やろ?やから、いい記念や」
父の言葉に場がしんみりする。梨香は婚約し、来年には嫁に行くことが決まっていた。
「限定品」と書かれた封を破り、それぞれのお猪口に注ぐ。チューハイでもなんでも、グラスの底から1センチほどの量でべろんべろんになってしまうため、普段は飲まない母も「飲む」と言い張った。
「では、乾杯。今年もお疲れ様。そして、梨香の幸せを願って」
父がそういうと、残る3人も乾杯、と言って杯を傾けた。

途端、場が静かになった。
「……おいしい」
ゆっくりと母が言った。
「確かに、これはうまい」
そう言って父がまた自分の杯に注ぐと、みんなそれぞれが「私も」「こっちも注いでよ」「ずるい」と主張を始めた。
おいしいお酒は、水のようだと思う。もちろん水ではなく香り高く、口に含むと甘みがあり、熱を帯びたかのように喉を少し熱く潤す。けれど、飲みやすさという点では、水のようだ。
その時開けたお酒……黒滝酒造の「八十八号」は、まさにそんなお酒だった。
それぞれの杯に注ぎ合い、飲み干す。
また注ぐ。
いいお酒は、人を笑顔にする。その場にいた全員が、お酒の美味しさと適度な酔いでふんわりと笑顔になった。
「いやー、よかったわ。家族みんなで過ごす最後の年末に、いい酒が飲めた」
父は満足そうに言った。
「名前も末広がりでめでたいなあ」
と私が言うと、うん、うんと母がニコニコしていた。
「来年、私は嫁には行くけど、今度は旦那も連れてたまには来るから。家族じゃなくなるんやなくて、家族が増えるだけやよ」
梨香が言う。いつもふざけてばかりで、子どもっぽいと思っていた妹が、いつの間にこんなに成長したんだろう。そう思うと涙が滲み、私は泣き笑いの表情になった。
ふと見ると、みんなが同じ顔をしていた。

「これで最後やなぁ」
お互いの杯を満たし、それぞれ味わう。口内から、香りと熱がゆっくり喉に向かって落ちていく。名残惜しかったが、このひとときもこれで終わりだ。
杯を置くと、皆満ち足りた、幸せそうな顔をしていた。
「ああ、ほんとうに、美味しかった」
母がゆったりと呟いた一言が、ほんわりと響いた。

「おめでとうございまーす!」
掛け声とともにパカンといい音が響き、樽の上部が割れた。
梨香は艶やかな打掛を着て、スポットライトの下で笑っている。キラキラ光る指輪のついた手は、生涯を共に過ごすと決めた相手と一緒に、木槌を掴んでいた。
「素晴らしい鏡開きでした。皆様方、新郎様が注がれます杯をどうぞ召し上がってください」
アナウンスが流れ、小さなお猪口に入った杯が配られる。
透明な液体が揺れる杯を、そっと手にとる。
「ああ、ほんとうに、美味しかった」
母の言葉と、家族みんなで囲んだあのお酒を思い出す。
今手にしているお酒も、新しく夫婦となった2人で選んだ、福井産のお酒だった。
美味しい、これがいいね、と2人で決めたという話を思い出す。
おめでたい場に、美味しいお酒。
この手の中のお酒は、これからさらにこの場にいる人達を笑顔にするだろう。果たして一体、どんな味だろうか。わくわくしながら、杯を覗き込む。
「それでは、皆さんで一斉に乾杯といきましょう」
アナウンスが入る。皆、杯を手に持ちその瞬間を待っている。新郎の恩師というその人が、一際大きな声で告げる。
「乾杯!」
それに応えるように、私は大きな声で「乾杯!」と、杯を掲げた。

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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