ふるさとグランプリ

或る酔っ払いの一夜《ふるさとグランプリ》


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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ヤスキアヤ(ライティング・ゼミ)

「……ん、しゅうてんですよ」

微かに耳に触れた声で反射的に瞼を開いたものの、その声が言葉として認識されるまで、少し時間がかかった。自然と、うつむいた自分の眉根にしわがよるのを感じる。そのまま、むむと、顔を上げて周囲を見渡すと、同じ車両には誰もおらず、制服を着た車掌と思しき人が背伸びをして網棚を覗き込んでいる。

……あぁ、また、やったか。

毎夜毎夜と酒を飲んでいる。
自宅で飲むという習慣はないから、店に行く。以前は、通い、馴染みを作る、というのがどうにも億劫で、同じ店にはできる限り行かないという想いを胸に、日々是一見と、散歩道中見かけた店、前夜知り合った方に紹介された店へと、出向く事を繰り返してきたのだが、ここのところは決まった店に行くことが多くなってしまった。

別に何があったわけでもない。
ある日、ふと気付いた時には、毎日通う立ち飲み屋を持っていた。
平日の夕飯にと、ぷらりと立ち寄り、その日の一皿と、コップ1杯の酒を注文する。

店主とぼんやりとした会話をしていれば、大体、なじみの顔になった常連たちが集まってくる。そこから、しばらく飲んだ上で、連れ立って他の店へと河岸を変え、いくつかハシゴする。終電の頃合いになって、ようやく、わたわたと最寄の駅に走る。
一人で飲んでいた時よりも、若干飲みすぎるきらいがあるのも自覚はあるから、記憶が曖昧になってきたところで諦めて、ホテルの1室でも取ればよいものを、どうにも駅のホームに立ってしまう。

次に我に返るのは、自室のベッドか、乗り過ごした先の終着駅である。

鞄を肩にかけ、よろよろと立ち上がる。
既に隣の車両に移動して、忘れ物チェックに取り掛かっている車掌を横目に駅のホームへ降り立った。

今夜は久里浜のようだ。

これまで終電が私を運んだ先は、千葉、津田沼、本八幡、宇都宮、逗子、熱海、長津田、南栗橋である。横須賀線沿線に住んでいるはずなのに、久里浜まで連れられたことはかつてなく、新しい土地ではないか! と、妙な具合に喜びを覚える。

今更言うまでもなく、乗ってきたのが今日最後にこの駅に着く電車だったようだ。電光掲示板は既に案内する時刻を持たず、電車で家にに帰ることはできないと理解する。また、どの駅でもそうであるように、終電後の駅員の目は厳しく、駅の待合室に居座るわけにも行かなさそうである。

改札から外に出ると、一円、真っ暗な穴が広がっていた。
ぎょっとして、一瞬後ずさる。よくよくみると、ぽかりと広がった穴に見えたのは、闇に浮かぶロータリーのふちであった。

終着駅は、暗い。車庫をかねた駅が多いからだろうが、まぁ、暗い。
ただ、都心とは逆に、コンビニと、数少ない24時間営業の漫画喫茶か、朝5時ごろまであけているファミリーレストランのネオンが目立ち、煌々としている……はずなのだ。そして、終着駅でふらふらと漫画喫茶に入り、買うまでもないが読みたい漫画たちを抱えてブースに籠もり、始発の時刻まで過ごすのが、お決まりのパターンのはず、なのだ。

なのに。
何だ、この真っ暗は。

先ほどまで窓口と、駅のホームに見えていた駅員の姿も、どこに消えたのか、影さえ見えない。これまで気にも留めたことのなかった、何かに取り残されたような、ぞわりとした恐ろしさが背を這う。途方に暮れることさえできない。不安と焦りが体中を駆け巡り、アルコールで弛緩状態の頭の中を緊張させようとする。

意識さえ、理性さえ、飛んでいれば!!
この切符売り場で寝ることもいとわないのに・・・!!

おかしな方向に思考が飛んだところで、遠くに小さな光が見えた。
だんだんと、でも割と早いスピードで近寄ってくる。

タクシーだ。
動く小さな密室。
私はあの空間がどうにも苦手で、1人の時に乗ることはほとんどない。
別に運転手と話すのが嫌だというわけではない、ただあの狭い空間に押し込められることが苦手なのだ。
藁をも掴むという状況の割に、タクシー苦手なんだよなぁという感情が先走る。始発までたかだか4時間ではないか。我慢しようぜ、私よ。
いやでも、ここであの明かりが私を置いて去ってしまうそとに耐えられるのか。ここからまだ闇は深まり、気温は下がる時間になる。

葛藤しているうちに、ライトはぐんぐん近寄ってくる。
ついにロータリーに、と思った矢先に停車した。他に人がいる気配はない。
するりと目の前に止まり、ドアが開かれてしまうのだろうと思い込んでいた私は拍子抜けをする。
車の屋根に表示灯があるから、間違いなくタクシーだとは思うのだけれど。なんでだ。

無理です。休みたいんで。
意を決し、横浜まで乗せてほしいという私を無表情な顔で見据え、ルームミラー越しに運転手はいった。
そこそこ歳を重ねた雰囲気の男性。その目の色に哀れみが帯び、言葉が続く。

「………ただね、始発まで、後ろを貸すぐらいなら構いませんよ」

「この辺りは2時にはほとんどの店が閉まるんだよ、しかも」一息ついて、彼は続けた。
「こんな時間に客が入らないから、もう少し早い時間には閉めるから、おかげで夜食も手に入らない」

それこそ車で、コンビニでもなんでも行き放題じゃないですか。
休みたいと断ったくせに、休む気配もなく、話通しで既に3時半を回る。

「わかってないな、夜中は久里浜駅で休むのがいいの。
 京急久里浜じゃない、久里浜駅。この、本来なら客もいないはずの暗闇の中で包まれる感覚がいいんだよ」

包まれてる場合じゃないよ、仕事しなよ、と喉まで出かかる言葉を抑えると、少し間が空いた。

「………あぁ、そうか」何か合点がいったように、頷く。

あんた初めてだと言ったよね。明日の朝少し明るくなったなら。
少しだけ連れて行ってあげよう。始発までの小さな時間。わたしの好きな、久里浜に。

アルコールと終電に連れられて、はじめて行き着いた久里浜から見た朝焼けは
どこまでも赤く、どこまでも広がりながら、朝を連れてきた。
何かのワンシーンのように、犬を連れ散歩する人、防波堤で釣り糸を垂らす人に紛れて空を眺める。

酩酊していたから見た夢だったか、と思うほどの遠い記憶。
それでも、わたしはあの夜にすれ違った一人のタクシー運転手のことが忘れられないのだ。

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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