上司がやってはいけないコミュニケーション
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:Maki (ライティング・ゼミ4月コース)
「ふざけるな!」
電話の向こうから怒号が飛んだ。
数時間にわたるすったもんだの末、ようやく手に入れたダラス行きのチケットを握り締め、安堵を全身に感じながらその座席を目指して機内に足を踏み入れた瞬間だった。
体中の血が一瞬でカッと頭に登ったことを顕在意識で捉えた。それでも暴言を吐かずにいられたのは「電話を切れ」と注意を促してきたフライトアテンダントのおかげだ。
とは言え、この偶然の救いもむなしく、電話の相手とはその後完全に袂を分かつことになるのだが……。
話は5時間ほど前に戻る。
私たちはシカゴ、オヘア空港にいた。日本からの出張で、私の上司、スタッフ二人、会社の出資者でもあるコンサルタント、そしてこの出張を提案してきたブローカーの5人に帯同していた。当時、9.11事件からまだ1年経つか経たないかの時期だったこともあり、アメリカの空港保安検査場はカオスの様相を呈していた。
この日、私たちはシカゴでの打ち合わせを終え、次の訪問先であるラスベガスへと足を伸ばす予定だった。本来であれば1時間も前に着けばもったいないと思えるくらいの余裕が持てるアメリカ国内のフライト。9.11以降に導入された新しいセキュリティプロセスは、通常より時間がかかることらしいことくらいは、平和ボケしていると言われる私たち日本人も理解していた。だから空港には3時間半ほど早く到着した。
それでも事件は起こった。
ホテルからオヘア空港まではレンタカーで移動した。私の上司が運転手を務め、到着後すぐに4人を出発ロビーで降ろして私たち2人はレンタカー返却へと向かった。
その後レンタカー屋の送迎車で空港に戻った私たちはその人混みと混沌ぶりに目を見張った。保安検査場からロビー入口近くまで、搭乗口へ向かおうとする人の波が押し寄せているのだ。
「何やってるんだ!」
「仕事しやがれ!」
「この列が見えてないのか!」
ありとあらゆる罵詈雑言が全方向から飛び交い、ひりついた空気に緊張を覚え始めたところ、列の最後尾で手を振る2人が目に飛び込んだ。先に降ろしたスタッフ2人だ。
ほかの2人はファーストクラス席を取っていたらしく、優先レーンでサッサと中に入ってしまったらしい。とにかくこの2人と列に加わったものの、搭乗時間45分前になっても一向にゲートに近づく気配がない。さすがに焦りを覚え始め、近くを通った職員を捕まえて、フライトに間に合わないのでなんとか優先的に行かせてもらえないかと交渉してみた。
普段は交渉ごとに柔軟な印象があるアメリカの住人たちではあるが、さすがにタイミングが悪かったのだろう。フライトギリギリなのはここにいる皆同じだ。お前だけを優先させることはできない。という冷たい回答。それならなおさらもっと迅速にやってくれ! と思わず悪態をつきたくなったのは言うまでもない。
ようやく保安検査場をくぐり抜けて安心したのも束の間。予想通り無情にもタラップを離れていく飛行機を呆然と見送ることになった。ネームプレートを持ちながら全力で走り回り、遅れている乗客を探し出してくれる日本のグラウンドスタッフの姿を懐かしく感じた。
とは言え泣き言を言ってる場合ではない。事は一刻を争う。同じくフライトを逃した哀れな乗客たちが次便のキャンセル待ちへとカウンターに我先にと列を成すのだ。明日はラスベガスでの早朝の打ち合わせ後、そこから日本に帰国するプランだ。争奪戦に負けるわけにはいかない。
無事キャンセル待ち登録後、バックアップとして他の航空会社へ空席確認も同時に行うことに。しかしこれがまた曲者だった。とにかく空港中で乗り遅れが続発してるので電話に出てもらえないのだ。こうなったら強硬手段。彼らのチケットカウンターに乗り込んで直接交渉だ。
しかし、ハブ空港ともなっているオヘア空港。とにかく広い。ターミナル間は電車移動。問い合わせが気軽にできる距離ではない。4人でそれを移動するとなると時間が無駄になると判断。3人をそこに残して隣のターミナルへ。
火事場のくそ力とはよく言ったもので、自分の倍サイズはあろうかという外国人らを押しのけ、スタッフをとっ捕まえた。残念ながら直通フライトは満席だったが、ダラス経由であれば明日の朝にはラスベガスに到着できる便が! 4枚ください! とりあえず日本に帰るための道筋ができたと喜んだのも束の間。先ほどのゲートに置いてきた3人を迎えに行かなくてはならない。新たなフライト出発時刻まで約30分……。猛ダッシュで3人の元へ来た道を戻る。呑気にバカデカいコーラをすすりながら手を振る上司を椅子からひっぺがし、またまた猛ダッシュで新たな搭乗口へ。この1時間でオヘア空港のエキスパートだ。
先に飛んで行ってしまったスーツケースのお迎え方法を確認し、1.5往復ダッシュで化粧がドロドロになった顔と汗まみれのスーツで、日本から直接ラスベガスに乗り込んでいた社長に報告せねばと電話をかけた。その瞬間の第一声が冒頭の「ふざけるな」。彼への信頼バロメーターがマイナスに大振れした事は想像に難く無いだろう。
あれから15年。当時の社長には感謝している。自分が上司になった今、何があっても第一声は相手を労う一言をかけようと強く心に留めている。おかげで部下から「なりたい上司」像として評価をもらえる位には人間の器を広げられた。
ちなみに先に到着したブローカーは「社長たるものこうあるべし」と社長を称賛していたとか。当の本人はまんざらでもなかったらしい。ようやく対面できた時の言葉が「反省したんか?」
プツリと何かが切れた音がしたのは言うまでもない。
***
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