上司の気苦労と、部下としての立ちふるまいと。
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記事:吉村奈緒子(ライティング・ゼミ4月コース)
「学びが多いなぁ……」
仕事中に私がこの言葉を呟くとき、それは大体において疲労感MAXのときである。
状況を良いように捉えることで疲労感を少しでも軽くするために、ため息まじりに呟くことが多い。
私はとある企業で管理職をしている。
メンバーの性格も様々で、日々いろいろな相談が持ち込まれる。業務に関することから社内での人間関係、そして内面で抱えているモヤモヤまで相談事は多岐に渡る。
部下には大きく分けて4つのタイプがいる。
1. 業務的に問題なく、メンタル的にも問題ないタイプ
2. 業務的にはまだ手がかかるが、メンタル的には問題ないタイプ
3. 業務的には問題はないが、メンタルが安定していないタイプ
4. 業務的にもメンタル的にも安定していないタイプ
1の業務もメンタルも問題ないタイプは、上司にとってありがたい存在だ。
業務の進捗状況や行き詰まっていないかの確認はするものの、ある程度目を離していても自走してくれる。上司からの評価が高いのはこのタイプだ。
2の業務的にはまだまだだがメンタルが問題ないタイプも、対処はしやすい。
仕事のクオリティやミスで頭を抱えることもあるが、そこは上司としてフォローが必要なシーンだ。発生原因と再発防止策を考えさせ、フィードバックを行う。それを繰り返し行うことで1のタイプに成長してくれる可能性は高い。
問題は3と4のメンタルが安定していないタイプである。
このタイプと接するときに、冒頭のセリフを呟く確率がぐっと上がる。
メンタルが安定しないといっても様々だが、特に上司の精神を削りにくるのが感情的にぶつかってくるタイプである。このタイプはプライドと自己評価が高いことが多く、扱いが難しい。仕事が普通にできるくらいじゃ上司の心労はペイできないのである。
そのタイプからの相談事は突如やってくる。
「ピコーーン」
送信者を見て、新着チャットを開くのを少し躊躇する。
えー、やだな、どうせまためんどくさいこと言ってきてるんでしょ。
恐る恐る開いて、ため息をつく。
やはりそうだ。たまに届く「私ってかわいそう」チャットである。
私はこんなにつらい、私は悪くない、的な内容が記載されている。一度や二度なら親身になろうとも思うが、何度も同じことを繰り返されると仕事と言えどもウンザリしてくる。
もちろん話を聞き助言もするが、相手に刺さっている手応えはない。
コミュニケーションは本来、ラリーのように一つのボールを交互に打ち合い続けていくものだが、このタイプとのコミュニケーションはただお互いにボールを次々と投げつけているような感覚なのだ。全然ボールが返ってこないか、返ってきても全然違う方向に飛んでいく。
本人の言い分に納得性があるのならまだしも、大体において「お前も悪くね?」「論理が破綻してね?」という感想にしかならないので、疲れも倍増である。
「分かってほしい」という思いの現れなのだろうが、衝動的に感情をぶつけられるこっちの気持ちも考えてくれよ、と言いたくなる。
評価者である上司に対してよくもまあ、そんな態度が取れるものだな、と感心すらするのだが、上司は自分を庇護してくれる対象だと認識し、甘えているんだろうなとも思う。
「私はあなたの親じゃないぞー!」と言いたくなってしまうが、そこまで考えて、ふと思う。
自分が上司と接する際に、同じようなことをしたことが全くなかったのか? と。
上司というのは、部下から見ると何をやっているか分からない存在だ。忙しそうだが、どんなことで頭を悩ませていたりするかなどは把握できない。
ただ、管理職となって分かったのは、いかに今まで自分が守られてきていたのか、ということだった。
会社の論理は必ずしも社員のメリットと直結しない。
社員の給与を上げることは、コストが上がり利益を圧迫することに繋がるので、会社としてはキツい。ただ、社員の定着や幸せのためには昇給は必要であり、そのためにも利益を出し続ける必要がある。
利益が確保できずコストを削らざるを得ない場合は、給与削減や非正規社員の契約満了、間接人員の削減など、あの手この手でコストダウンを検討するのが会社だ。会社の存続のためには必要な措置なのだが、社員としては納得し難い。
その会社と社員の論理のバランスを取るのが、管理職の仕事のひとつだったりする。
部下の昇格、部署の人数維持や増員の必要性を上申する。実績をアピールし、社内での組織の存在価値を上げる。会社の論理をうまく部下に伝える。最終手段として残すメンバーの優先順位はつけているが、メンバー削減をせずに済むように立ち回る。
気苦労も多いが、それを部下に伝えることはしない。無駄な不安を与えず、気持ちよく仕事をしてもらうためだ。
そんな上司の気苦労を想像しようとせず、自分の不満をぶつけたことはなかっただろうか。
うーん、ある気がする。
今から思うと申し訳なかったな、と思う場面もある。その時の上司も今の私のように話を聞きながらメンタルが削られていたのかもしれない。
まあ保身ばかりで我慢を強いてきたあの人には全然申し訳なくないし、もうちょっとかわいげのある伝え方をしていたと思うけども。
裏側には部下には見えない事情が存在している。相談事は感情をぶつけるのではなく冷静に。上司も人間だ。疲れもするし、すべてを投げ出したくなるときもある。
手のかかる部下の振る舞いを見ていると、自分も気をつけねばと改めて思う。
人の振り見て我が振り直せ。
「ああ……、学びが多いなぁ……」
今日もため息まじりに、私は部下と相対するのである。
***
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