多分、幸せと欲望は紙一重。
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記事:阿哉(ライティング・ゼミ)
「私は目のあたりを変えたいんだよね」
「今は簡単にできるらしいよ」
「お金かかるよね」
「でも、やりたいな……」
ある日の飲み会からの帰り道。バスの中。
若い女性2人連れの会話が聞こえてきた。酔っ払っていたので、どんな会話だったかちゃんと思い出せないけれど、顔の整形の話で盛り上がっていたことだけは覚えている。そして、その会話をなんとなく聞きながら、なんとなく感じていた違和感も。
「美容整形か……お金もかかるし、身体を傷つけて、後遺症とかのリスクもあるのに、なんでそんなにやりたいんだろう?」私は、半ばウトウトしながらそう思っていた。
大学生になった頃、母から「ピアスをしたら」と結構強く勧められた。そう話すと周りの友達から「いいなぁ」と羨ましがられた。母がそんなに勧めたのは、当時貴金属の小売の仕事に携わっていたからなのだが、普通、親はピアスをしたいという子にダメ出しするものだ、とも友達から言われた。
とはいえ、勧められた私は、「耳に穴を空けるなんてもってのほか!」の一点張りで、今日に至るまで一度も空けることはなかった。たとえ小さな穴でも、それほど痛くないよ、と言われても、「おしゃれ」のために自分の体に傷つけるなんて狂ってるだろう! と思っていた。
ピアス用に、耳に小さな穴を空けることすら拒否する私にとって、美容整形というものがいかに理解しがたいものであるか……。なぜ、わざわざ顔をメスで切ったり、注射を刺してよく分からない物質を注入したりするのだろう……? ただ、今の時代、そんな頑な考えを持つ私はマイノリティかもしれない。美容整形の技術は進歩し、ある程度のお金さえ払えば、身体への負担が少なく、短時間で手術を受けることができるという。より簡単に、危険や負担も少なく美しさが手に入るとしたら……?
言ってみれば、今の世の中、技術がどんどん進歩して、より簡単に人間の身体を改造できるようになってきている、ということ。
もっと大きなレベルで言えば、自分や他人、あるいは他の動物から組織をとって、細胞を培養したり、遺伝子を編集したりして、病気を治療する技術も飛躍的に進歩していると聞く。この技術は、特定の病気治療にとどまらず、将来的には人間の「不老長寿」の夢を実現することにもつながるかも、という話も聞く。
私が小〜中学生だった1980年代、『銀河鉄道999』に代表されるようなSFアニメでは、人間が不老不死の身になるために、自分の体をそっくり機械化してしまう、というようなストーリーが繰り返し出てきた。だいたいどの作品でも、機械化された人間は生身の人間の敵になる。そして、鉄郎が抱いた違和感同様に、「機械化してまで不老不死にならなくてもいいよね」というメッセージが、物語全体に漂っていたように思う。そして、私も鉄郎に共感した。
それから、30年余りが経った。
まだ「不老長寿」までの射程だけれど、生身の身体をそっくり機械に変えなくても、今や、人間は自分たちの老いを遅らせ、健康を維持できるようになってきた。不老不死だって、射程に入っているかもしれない。例えば、冷凍技術がどんどん進歩しているから、人間をフリーズドライにして、お湯をかけたら元に戻る、みたいなことだってあながち妄想とは言い切れない。SFの世界では「人体改造技術」だったけれど、現実化しているものは、これまで用いられてきた「医療技術」プラスアルファだということもわかってきた。
さらに私もオバさんになった。年々体力が落ちているなぁ、健康診断で引っかかるようになったなぁ、と「人は老いる」、「人は弱る」という過酷な現実を突きつけられる度に、不老長寿を実現しようとする技術に心惹かれないわけではない。顔だって年齢を重ねれば嫌でもたるむ、黒ずむ、シワシワになってくる。身体への負担が大きくないなら、と自分で自分に囁いてしまうこともある。
その技術を自分に使う人は、「美しくなりたい」とか「老いたくない」とかそういう欲望のままに生きているのだろうか? 今この時を美しく、健康で老いることなく生きることに幸せを感じることは、欲望のままに生きていることになるんだろうか? その欲望は醜いんだろうか? 若い頃は「ありえない」と思っていたことに対する見方が変わってくると、この疑問の答えがわからなくなってきた。
宗教の世界では、所詮、人間の身体は仮物(かりもの)とか、仮の姿とか言われたりする。今の世で功徳を積んであの世に行ってから花開く、幸せが待っているとも言われる。でも、この世の私たちの多くは多分、今幸せになりたいはずだ。私以外の人たちがどうか詳しくはわからないけれど、1日でも、1分でも、1秒でも、そして誰よりも早く幸せになりたいと、せっかちに生きているのが人間じゃないのだろうか。
朝の通勤電車。池袋駅に電車が着いてドアが開いた瞬間、乗り換えの電車に向けて、多くの人たちがダッシュする。あぁ、多くの人がこんなにも生き急いでいるんだなぁ、と思う。私には急ぐ理由がないから、どんどん追い越されていく中で、冷めた目でいつもその人たちを見ている。その人たちは、もちろん1分1秒でも早い乗り継ぎ電車に乗りたいがために走り続けているのだけれど、誰よりも早く幸せを掴みたい! と我先に手を伸ばしている人のように見える。
私はいつもそんな傍観者でいられるだろうか?
いや、私だって、乗り継ぎ電車が自分の欲望の対象だったら、我先にと飛び出すだろう。
「幸せを求めて生きる」と言うと聞こえはいいけれど、「欲望のままに生きる」というと何だか自分はそうじゃない、と言いたくなる。でも、それは多分、紙一重なのだ。
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