ふるさとグランプリ

北陸新幹線のニュースを見ると、涙が止まらなくなる私のこと。《ふるさとグランプリ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:福居ゆかり(ライティング・ゼミ)

「北陸新幹線のルートが小浜—京都に正式決定」
昼休みに何気なく開いたYahoo! JAPANに、その見出しはあった。ついに決定したか、と思い詳細のページを開く。と、読んでいる間にみるみるうちに私の目には涙がたまり、画面が滲んで読めなくなった。
チラチラと隣の席の同僚がこっちを見ているのがわかる。普段から仲の良いその人は、声をかけようか、そっとしておこうか迷っているようだった。
……いけない、これでは困らせてしまう。しかもいきなり泣き始めるなんて、どう見ても変な人だ。
ページを閉じて、一呼吸おくと涙はスッと引いた。タイミングを見計らって、同僚が「大丈夫?」と聞いてくる。
「いえ、北陸新幹線のルートがようやく決まったようなんですよ。これで子どもが大きくなった時には、新幹線を使って短い時間で福井まで行けるな、って思ったら感動しちゃって」
あはは、と笑いながら言う。でも結構お金かかりそうだよね、片道いくらくらいになるのかな、と続く同僚の話に、私は相槌を打った。

新幹線さえ、出来ていたら。
きっと、最後の一目に会うことができたのに。

明るさにふと目が覚めて、枕元の携帯電話を見るとまだ7時前だった。
起きる気にもなれなかったが、窓から差し込む日差しのせいで部屋全体が暑く、私はエアコンのリモコンを探して起き上がった。
うーん、と伸びをする。連休初日だったので、朝はゆっくり起きて、買い物にでも行って……と思っていたところだったのに、と思う。
「……何しようかな」
思わずそんな独り言が出てしまうくらいに、暇だった。
せっかく朝早く目覚めたので、遠出でもしよう、と地図を広げる。これまで関東圏内は車で移動したことがあるが、自分の車ではそれ以上に出かけたことがなかった。
ちょうど直前に新潟に出張に行っていたこともあり、新潟に日本酒を買いに行こうか、と思いついた。明日は友達と飲む予定があるので、その手土産を見に行くことにしよう。
そう思い、私は身支度を始めた。

高速道路を走ってみるとら思ったより道は空いていた。連休の初日なのに、と拍子抜けしながら私はどんどん北上していった。
新潟県に入った頃、もう少し先まで行ってみようか、とふと考えた。思ったよりも眠くもなく、混んでもおらず、ドライブが楽しくなって来たからだった。この先の長岡ジャンクションで、山形方面に行ってみるか、慣れ親しんだ北陸方面に向かうか。途中で引き返すかもしれないことを考えると、自然に富山方面の分岐に進んでいた。
富山県の途中で、実家に電話をした。「もしかしたら、今から帰るかも」と急に言う私に、両親は驚いたようだった。反対もされたが、もう富山まで来ている、というと呆れたように「気をつけなさい」と母のため息交じりの声が聞こえた。

思ったより早く実家に着いた私は、両親に挨拶をすると奥の部屋に向かった。
仏壇に線香をあげ、「ばあちゃん、ただいま」と遺影に挨拶をする。そして、その奥に続く小部屋の襖をからりと開けた。
そこには寝たきりになってしまった祖父がいた。
祖父は以前会った時より大分弱っており、声をかけても弱々しい返事が返ってくる程度だった。掠れた声で何かを話していたが、耳を近づけてよく聴かないとわからない。何度か聞いて、「どれくらいいるんや、寿司でも食べてのんびりせえ」と言っているのがわかった。
「用があるから、明日には帰るんよ。顔見に来ただけやから」
そう答えると、祖父は私の腕を掴んだ。さっきまでの弱々しい言葉とは裏腹に、強い力だった。
どうしたの、聞こうと思ったその時、祖父と目が合った。何も話さず、ただこちらをじっと見ていた。迫力におされ、私は何も言えずにただじっと祖父を見つめ返した。
その時にはもう、祖父は悟っていたのかもしれなかった。
これが最後の逢瀬になることを。

「じいちゃん、もう大分弱ってきてるんや。入院した。顔見に来るなら、近いうちに帰っといで」
母からそんなメールを受けたのは、私がふらりと福井に帰ってから数週間後の事だった。
やはりか、という思いだった。先日、顔を見た時になんとなく普段とは違う感じがしたため、もしかして、という気持ちはあった。私が突発的に帰って来たのは虫の知らせなのではないか、と。そのため、メールを受けたその日に上司に相談し、翌日から数日の休暇を取ることにした。
当時、仕事が終わってから駅に向かうのでは、福井にはたどり着くことができなかった。翌日の朝に出よう、そう思って私はトランクに荷物を詰めた。

朝、早いうちの電車に乗ったはずだった。
しかし、強風の影響を受け、途中で電車が遅れた。
1つ遅れると、その後の乗り換えがうまく行かず、乗り継ぎによるロス時間が増えた。金沢で1時間以上も電車を待つことになった私は、祖父の言葉を思い出し、駅の近くでお寿司を食べることにした。日本海側の魚はやっぱり美味しい、と普段海なし県に住んでいる私はしみじみと味わって食べたのだった。

最寄り駅で電車を降り、家に急ぐ。ちょうど駅から病院の前を通り過ぎて自宅に向かうルートだったので、先に病院に行こうか、と悩んだ。でも、家に一度荷物を置いてからにしよう、そう思って私はタクシーに乗った。

はじめは、家を間違えた、そう思った。
あれ、と通り過ぎ、戻って来る。
何十年も住んだ家なのだ、間違える訳がなかった。けれど、私はそこが実家だとにわかには信じたくなかったのだ。
実家の前には、白黒の幕が下がっていた。
亡くなる心当たりがあるのは、1人だけだった。
道路で立ち尽くす私の前に、玄関を開けて男性が出てきた。見たことがない人で、黒のスーツをきっちりと着ていた。
「あ、こちらのお家の方ですか。この度は御愁傷様です」
お辞儀をするその人に、問いかける。
「……亡くなったのは、どなたですか」
すると男性は怪訝な顔をして、祖父の名前を告げた。わかっている、わかっていた。けれど私はそれを信じたくなかった。本当ですか、いつ亡くなったんですか、と尚も繰り返し問いかけていたところに、玄関が再び開いた。
「ゆかり」
母だった。
「……なんで」
私は何も表示されていない携帯を握りしめた。道中ずっと気にして、折りたたみ携帯を開けたり閉じたりしていたのに、実家からの連絡は何もなかった。
なんで、連絡してくれなかったのか。
なんで、何も言ってくれないのか。
山ほどの「なんで」が私の頭の中でぐるぐると回り、それ以上は言葉にならなかった。そんな私に母は、
「上がりね。ほら、じいちゃんに会ってやって」
とドアを大きく開けたのだった。

祖父は、私が電車に乗ってしばらくしてから、急に容体が悪くなったようだった。
連絡しようかとも思ったんよ、と母は言った。でも、したところで電車が早く着く訳でもないから、気だけ焦るかと思って。
時間としては、私がちょうど金沢で祖父を思い出し、寿司を食べていた頃だった。
あの時、電車が遅れなければ。乗り継ぎがうまくいっていたら。そもそも、関東から北陸までが一本の電車で繋がっていたら。
そうしたら、私はあと一目、祖父に会うことが出来たのに。
当時から北陸新幹線の着想はあったが、ルートも定まらず、線路は全く出来ていなかった。新幹線なんて本当に通るのかと、その話自体が夢物語のようで、あと何年かかるかわからなかった。
北陸新幹線さえ、出来ていたなら。
あとほんの少しを思うと、悔しかった。距離があるから仕方ない、そう思っても、もしもを考えると苦しくて仕方なかった。
ほんの少しの差で、もう二度と祖父には会えなくなってしまったのだ。
眠るようなその顔に向かい、私はただ、手を合わせるしかなかったのだった。

今でも私は、北陸新幹線のニュースを聞くとその時のことを思い出す。
家に着いた時、祖父が既に亡くなっていたあの絶望感と悲しみ、そして、新幹線に寄せた希望を。その感情が一気に押し寄せてしまい、涙が止まらなくなるのだ。
法事のために昨年度、金沢までの「はくたか」に初めて乗った。まだ新しく美しい車内に足を踏み入れると、感激に似た思いでいっぱいになった。
この先、京都まで線路が繋がれば、さらに早く北陸方面の目的地まで辿り着けるだろう。技術の進歩は時間と距離を縮め、人を、想いを繋ぐのだ。
——また、帰るから待ってての。
心のうちにいる、祖父に話しかける。
昼休み終了のチャイムが鳴り、私は日常へと戻って行った。

***

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