ちゃんと家出するのはなかなか難しい
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記事:あき(ライティング・ゼミ12月コース)
1人暮らしで困るのは、家出をする正当な理由がないことだ。1人暮らしの私にとって、家は隅から隅まで自分の居場所であり、帰るべきというより、むしろ積極的に帰りたいと思わせてくれる場所である。だから、家出をする必要を全く感じない。
人が家出をするきっかけは色々あるだろう。夫婦喧嘩の挙句「実家に帰らせていただきます!」の常套句と共に妻が家出したり、親と喧嘩してプチ家出する子供の話なら身近に聞いたことがある。仕事に没頭して家にほとんど帰らないのは、実質的には家出と変わらないのかもしれない。借金苦や事件に関与してなどの深刻な理由で、家にいられなくなるケースもあるだろう。ただ、表面的な理由はなんであれ、要するに家を自分の居場所だと思えないから、帰らないことを選択するのだと思う。
人生で一度だけ家出を試みたことがある。確か小学2年生くらいの時だ。何が気に入らなかったのかは思い出せないが(どうでもいいことに決まっている)、家族げんかの最中に「もうこんな家やだ!」と飛び出した。外が暗いのに一瞬怯んだもののあてもなく走り出した途端に、追いかけてきた父に捕まり、あっさり連れ戻された。時間にして1分にも満たないこの家出未遂をなぜか時々思い出す。行くあてもないのに「もうこんな家にはいられない、ここには帰らない」と子供ながらに切実な思いで家を出た。あのような強い思いは、その後経験したことがない。
気楽な1人暮らしの今、もう一生家出なんてできないだろうと思っていたら、なんと姉が家出してしまった。言うことを聞かないティーンエイジャーの娘2人に愛想を尽かしたとのこと。「家出するって宣言してきたから、捜索願いとかは出されないよ。しばらく泊めて」というので、二つ返事で引き受けた。
縁がないと思っていた家出というドラマが舞い込んできたのと、久しぶりに姉妹水入らずで過ごせることにすっかり嬉しくなって、「お姉ちゃんが家出するなら、私も一緒に家出する。どこかに行こう!」と誘ったら、頭に血が昇っていたからか、仕事人間のくせに有休を取ってくれた。早速2人で相談し、選んだ家出先は熊野古道。とにかく家から遠くへ、家族が簡単に探せないところへ、私たちは家出するのだ。
東京から夜行バスに乗った。夜の移動が嫌でも家出感を高めてくれる。早朝に紀伊田辺に着いた時は、景色も空気もすっかり違って感じられ、朝日の中で「家出成功!」と喜びあった。
それから2日間は、ひたすら熊野古道を歩いた。歩くために整備された遊歩道ではなく、山伏が修行した山の修験道である。信じられないくらい汗をかき、自然と口数が少なくなってくる。苔むした橋とその下を流れる水の音、足元に現れる花々、尾根から望む遠くの山に励まされながら歩き続け、なんとか熊野本宮大社にたどり着いた時の感動はひとしおだった。
疲れた足をお風呂で揉みながら、姉が「せっかくここまで来たから、鳥羽に行こうよ。子供の時ママと行ったよね」と言うので、家出続行が決定した。紀伊半島を今度は電車で北上して、鳥羽へ。今は亡き母親に連れてきてもらった旅をなぞるように、同じホテルに泊まり、同じ料理を楽しんだ。記憶が次々と蘇り、幼い2人の娘をよくこんな遠いところまで連れてきてくれたと、思い出話は尽きなかった。
その夜、姉が「ママとの旅行本当に楽しかったよね。あの子たちもここにきたら喜ぶかな」とポツリと言うのを聞いて、家出が終わるタイミングがきたと確信した。
私ののんきな家出ごっことは違って、姉は真剣に家出をしているのだ。熊野古道を歩いている時も、鳥羽で海を眺めている時も、姉の頭の中には家出の原因となった娘たちのことがあったに決まっている。家出の始めには「本当に無責任! なんでもやってもらえるのが当たり前だと思ってるんだよ。 自分の子とはいえ嫌になる!」と怒っていた姉が、途中から『ママどこにいるか知ってる?』ってメール来た?」とか、「この生マグロ美味しい! あの子たち、マグロ好きなんだよね」とか、生意気な娘たちを気にかける発言をするようになっていた。2日間の山歩きと海が姉の中にあった怒りを消化してくれたのだろうか。追いかけてきてくれる人がいない家出は、自分で決断して終わりにするしかない。私は「喜ぶんじゃないかな」と返事しながら、東京への電車の時刻を検索し始めた。
3日間の擬似家出を終えて自宅に戻った時、旅行から帰った時とは違うワクワク感があることに気づいた。衝動的に日常から抜け出してしまったスリルがつきまとっていたからだろうか。「帰らなくちゃいけないよね、でもまだ帰りたくないんだよね」とぶつかり合う気持ちを味わうのは、家出を家出たらしめる重要なスパイスなのだ。不謹慎だけれど、こんな家出ならまたしたいとすら思っている私がいる。
後日、姉から「『ママの居場所はずっとGPSで分かってたよ』って言われちゃった。悔しい!」と電話があった。姉は、家出の技術をまだまだ磨く必要がある。
***
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