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花嫁の胴上げが、検索結果に出てこない


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記事:ナギハネ(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
人生で一度だけ、完全に記憶を失くしたことがある。結婚式の日だ。
 
「ブーケってどこにいったか知らん?」
私は友人に電話で聞いた。
 
傍若無人で八方美人、私は29歳アラサー女子だった。地元の友達はほとんどが男友達で酒豪が多く、私も類にもれず大酒のみ。一方、結婚相手の彼は高級住宅街に実家があり、「ええとこ」の家の子。友達もみんな優等生の「ええとこのぼんぼん」が多く、彼を含めてほとんどが下戸だった。そんな2人が8年もつきあい結婚するのだから、世の中不思議なものである。
 
当時、アラサー女子だった私は、どうしても20代のうちに結婚したかった。28歳の夏、「結婚するか別れるか、決めてほしい」と彼に詰め寄り、29歳の5月、はれて挙式を挙げることになったのだ。
 
その頃私はweb制作会社に勤めており、残業続きで多忙な日々を送っていた。花婿の彼は彼とて、建築士の卵で、徹夜は当たり前の日々だった。そんな中での結婚式の準備である。会場選びに、式場の花や装飾、招待状づくり、衣装選び。加えて2次会の準備もあった。
一番楽しかったのは、ウェディングドレスの試着だった。色はもちろん白で、プリンセスラインのものを選んだ。丸く膨らんだスカート部分は、プリーツ部分が白いビーズで点々と留められているデザインで、段々になったふわふわしたそのフォルムが可愛らしかった。式でも2次会でも着たいと思い、レンタルではなく買い取った。ドレスにあわせるブーケは、式と2次会では別のものを用意した。式では緑と白のものを、2次会では赤いバラを球体にしたものを、フラワーアレンジメントが趣味の叔母に作ってもらった。
 
世の中の花嫁の大半がそうだと思うが、楽しいながらも、とんでもなく忙しかった。そう、私は疲労困憊の状態で結婚式の当日を迎えた。というのが、完全に記憶を失くした言い訳になればいいなと、今書いていて思っている。
 
迎えた結婚式当日。この日、この時、この瞬間、「今までで一番幸せだ」と実感する、人生で最高の一日だった。
 
そうして披露宴で、私は出されたシャンパンをぐいぐい飲んだ。もちろん、「花嫁だから自制せねば」と思っていた、はずだ。だけど、人生で一番、本当に幸せで、嬉しくて楽しかったのだ。高砂のテーブルの下には乾杯の酒を飲まずにすむよう、避難させるバケツがあったが、私はほとんどそれを使わず、自分の胃の中に祝いのシャンパンを迎え入れていった。
 
やや酔っぱらった状態で披露宴が終わり、私は嬉々として2次会の会場へ向かった。
と、鮮明な記憶はそこまでである。
 
結婚式を終えた翌朝、つまり新婚初日の記念すべき日、私は新居のトイレに倒れるように寝ていた。そう、初夜をトイレで過ごしたことになる。這うようにリビングに向かうと、花婿になった彼は仕事に出かけていていなかった。
 
やってもうた……。
新居を見渡すと、そこには憫然たる状態が広がっていた。ウェディングドレスには、なぜか赤いバラの花びらがところどころに散っていて、プリーツ部分は無残にビーズがとれてる。もはや優雅なプリンセルラインではなく、ただの提灯のように広がったスカート状態。
 
どうにかせねば。
何がどうなるかは分からないまま、とりあえずバラの花びらを取りのぞき、ドレスのスカート部分をもとに戻そうと、ピンポイントで縫い付けた。今思えば、どうにもなっていないが、二日酔いの花嫁だった私は「なんとか形は戻った」と自分に嘘をつきつつ、そっと畳んでケースに戻した。
 
ほんまに記憶ない……。
少し気力を取り戻した私は、テーブルに放置してあったデジカメを手に取った。友達に撮影を頼んでいたのだ。おそるおそる電源を入れてみる。
目にしたのは、宙に舞うウェディングドレスだった。花嫁の私は、2次会の会場で男友達に胴上げされていた。次の写真をみる勇気などなく、デジカメを閉じた。
 
こんなん初めてや……。
私はなぜかスマホを取りだし、「胴上げ 花嫁」で検索をかけた。おそらく、「共感できる同志」を探して安心したかったのだろう。「胴上げされる花嫁って、けっこうおるもんやな」って思いたかった。が、検索をかけても胴上げされる花嫁など、どこにもいなかった。
 
酒は飲んでも、のまれるな。
覚えてないってことが、こんなにも恐ろしいなんて。記憶を取り戻さねば。平日の昼間、主婦ならつかまる、と私は勇気を出して女友だちに電話してみた。
 
ここからは私の記憶ではなく、友人の証言である。
 
花嫁は2次会で酔っぱらって、おおはしゃぎだった。誰かれなく抱きついてキスしようとしていた。
終盤、ビンゴゲームの優勝賞品であるiPodを勝ち取ったのは花嫁の友人だったが、手渡す時に「欲しい、欲しい」と連呼し、結局、友人はそのiPodを花嫁にあげる羽目になった。
退場時、両手をあげて、みんなでアーチをつくって新郎新婦を送り出したが、花嫁がみんなに抱きついていくのでアーチの輪は崩れ、なかなか退場が終わらなかった。
 
人間の脳は優秀だ。3つの証言を聞いて、いくつかのシーンがフラッシュバックし、頭の中に蘇ってきた。だけど一つだけ分からないことがあった。
 
「バラの花びらだけがあるんやけどさ、ブーケってどこにいったか知らん?」
「……独身のアヤに投げつけてたで」
私の問いかけに、友人はやや冷たい声で言い放ってくれた。
 
酒は飲んでも、のまれるな。あの時ほど、この言葉が身にしみた瞬間はない。
 
誰の名言なんだろう? この記事を書くついでに検索してみた。「酒は飲むとも飲まるるな」ということわざがヒットした。
 
 
 
 
***
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2024-05-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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