メディアグランプリ

蝶のように、まっすぐ、飛べ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:犬井ジロ(ライティング・ゼミ)

日曜日の朝、電話の音で目が覚めた。
見覚えのない番号からの着信だった。

なんだろう。カード会社か? また引落しできなかったのか?

不安に思いながら、通話ボタンを押した。

「もしもし、犬井です」
「犬井さん? おはようございます。誰だかわかる?」
「え? えーと……」
「ふふ。誰でしょう? すごく声のいい人よ」
うーん。たしかに聞き覚えがある声だけれど、誰だったっけ? 眠いし急に言われても思い出せない。
「寝てた? 思い出せない? 澤田です」

おととし、仕事を通じて知り合った年上の女性だった。

「実はあなたにお願いがあるのよ。あなたにしか頼めない事なの。でも電話ではお話できないから、直接お会いしたいんだけど」

やわらかな口調ではあるけれど、断ることを許さない気迫のようなものが漂っていた。

「私、明日から三日間はいつでもヒマなの。あなたに合わせるから、時間作ってもらえないかしら」
「はあ、わかりました。では、明日の午後二時ではどうでしょうか?」
「ありがとう。ではよろしくお願いしますね」

簡潔に電話は切れた。

澤田さんは、むかし、とある業界で一時代を築いた女性だ。その業界からは早々に手を引いて、今は東京のはずれで自営業を営んでいる。

いったい、なんだろう?

時計を見ると、午前十時だった。

こんな時間に寝起き丸出しで、恥ずかしかったな……

のろのろと着替えていると、また、電話が鳴った。

「度々すみません。澤田です。あのね、私から電話があった事、川上さんには言わないでおいて」
「わかりました」

川上さんは、私より少し年上の女性の先輩。私は川上さんを通じて、澤田さんと知り合った。

なんだろう。川上さんと喧嘩でもしたのかな。

女性同士の気持ちのすれ違いは、いくつになっても、ややこしい。喧嘩の仲立ちを求められたらどうしよう。いや、まさか。私なんて二人からみたら、取るに足らないちっぽけな人間のはず。

それに澤田さんも川上さんも、業種や年齢は違えど、第一線で活躍し、評価をされてきた人物だ。そんな人達が、今さら感情的に喧嘩などするだろうか。ましてや、仕事で五、六回顔を会わせた程度の私に、愚痴や文句を言うだろうか。

とはいえ、二人とも人間だ。何か行き違いがあって、こじれているのかもしれない。関係の薄い私なら話しやすい、ということもあるだろう。

面倒な話でなけりゃいいけど……

その日は夜になっても目が冴えてしまい、深夜三時をまわってやっと眠りについた。

***

翌日、私は澤田さんと、駅の喫茶店でコーヒーを飲んでいた。

「実はね……」

澤田さんは、川上さんの事が心配なのだと、話しはじめた。
川上さんは、フリーの映像ディレクター。おととしから自主制作で、澤田さんを取材している。
澤田さん曰く、川上さんに一年取材を受けて来て、川上さんが心を開いてくれている感じがしない、のだそうだ。川上さんは、頭もいいし人柄も好きだけれど、どうしても心に壁がある、と。

驚いた。取材者を心配する取材対象なんて、初めてだ。
「心を開いてくれている感じがしない」とは普通、取材対象について、取材側が悩む問題だろう。

「私って、そのとき自分がどう感じるか、が、大切な生き物なのよ。川上さんは、きっちり整理されたきれいな作品を作るのは上手かもしれないけれど、私みたいなふらふら生きてきた人間を、そんな風に撮ったって面白くないわけよ」
「ディレクターなんて仕事してても、川上さんは全然、他人に興味がないのよね。それって何かしら? で、思ったの。自分では気がついていないけれど、物凄く、人間が怖い人なんじゃないかって。だから彼女にも言ったの。今のままじゃ、ディレクターとしてそろそろ限界が来るわよって」

澤田さんは映像業界の人ではない。にもかかわらず、川上さんの作品の本質を見抜いている。

川上さんと私は、ディレクターとスタッフとして、二十年近く細々とご縁があった。おととし会社を辞めた私は、澤田さんの取材撮影を何度か手伝ってきた。

川上さんはとても仕事のできるディレクターで、私にとっては信頼できる先輩。
だがたしかに、心をぶつけ合う関係だったかというと、そうではない。仕事上の一線を守ったドライな関係だった。

そのドライな関係が、私に安心感を与えてくれたのも事実だったが。私は、人との深い関わりに苦手意識がある。必要以上に踏み込んで来ない川上さんとは、安心して仕事ができた。それゆえ結果を出す事もできたし、二十年も仕事関係が続いてきた、と思っている。私は、川上さんと仕事をするのが好きだった。

好きだったが同時に、川上さんの作品に、上辺だけの美しさを感じてもいたのだ。その美しさに真の力を与えられない自分に、能力の限界を感じてもいた。
取材対象の立場でそれを見抜くなんて、澤田さんはやっぱり、ただ者ではない。

「わたしも、人に心を開くのが怖い方なんです。でも……川上さんは、楽なんですよね。何が楽かっていうと『あなたってこういう人だよね』というプレッシャーを、川上さんからは感じないんです」
「あら。あなたには私、それほど壁を感じないわよ。けどそれってさ、川上さんはあなたっていう人間に興味が無い、って事なんじゃない?」

ああ……そうなのだろうか。興味が無いから、感情的なプレッシャーを与えない。だから、私も楽に関われる。個人的な興味が無いから、仕事をし続けてくれたのかもしれなかった。

少しだけ、傷ついた。

しかし一体これはなんなのだ。相談なのだろうか。愚痴なのだろうか。私はどうすればいいのだろう。

「川上さんは……孤独ですね」
「そうよ。だから、あなたの力を借りたいって思ったわけ。私、川上さんのお友達っていうか、仕事仲間? の女性は、あなたしか知らなかったからさ。川上さんには今、頑張って、自分を変えて、心を開いて、いい作品を作ってもらいたいのよ」

川上さんを、変える?

「……私も川上さんには良い作品を作ってもらいたいです。けれど、まず、この作品に関わるならば、私自身も変わる必要があると感じてはいたんですが……」
「そうね。わたし、あなたの事は心配してないわ」
「……えっ?」

「あなたは、自分がふらふらしてるってことに気がついているもの。その、ふらふらしてることに悩み続けているんでしょ? いいのよそれで。それにね、あなたはもう充分に失敗してるのよ。失敗してるっていうのは強みなのよ」

「ある人が面白いこと言ってたのよ。蝶っていうのは、ふわふわ、ひらひら、あっちこっち、まっすぐ飛んでないように見えるけれど、あれが蝶にとってのまっすぐなんですって。私もふらふら生きて来たのよ。自分の思うままに、わっ! て外国に行って子供作っちゃったり、山奥に四年間も住んじゃったりしてさ。けどね、まわりからみたらふらふらしてるかもしれないけど、私にしてみたらこれがまっすぐなの。わたしという人間はこうしか生きられない、っていうまっすぐなのよ」

「川上さんはふらふらしちゃいけない、って一所懸命きちんと飛ぼうとしててさ。それで今まで、なんとか、まっすぐ飛んできて評価もされてきちゃったから、逆にものすごく心配してるわけ。もうここらで、まっすぐ飛べない自分にも向き合うべきなのよ。だからあの人、私を取材しはじめたのだと思うのよね。私みたいにふらふら飛んでる人間を取材して、自分の弱みと向き合うべきだって、無意識で感じたのよ」

「あなたはね、ふらふら飛んでる自分に、もっと自信を持つところから始めなさいよ。人間なんて、そうそうまっすぐ飛べる生き物じゃないのよ。蝶みたいに、ふわふわふらふら、飛ぶ事しかできないのよ。それが自分にとってのまっすぐだ、って誇りを持つ事が大事なの」

言葉の拳で殴られるかのようだった。それは、情深い拳だった。その拳が胸に突き刺さるたび、心深く埋もれていた、自己憐憫と自己憎悪の棘が、抜けていった。

たしかに。おととし会社を辞めた後、フリーランスでよろよろと仕事をして来たが、能力不足や人間関係のこじれもあって、引きこもるように逃げていた。そもそも今までの人生、延々と自分に負け続けてきたのだ。やるべき事をやらず、思いつきで物事を始めては、すぐに飽きてしまったり。そんな自分を憎んでもいた。

なぜ、五、六回会っただけの私の事を、ここまで的確に言い当てられるのだろう。
ある時期先頭に立って時代を動かした人、というのは、こんなにも人間に対する洞察力があるものなのか。

五時半になって、澤田さんは、歯医者の予約があるからと帰って行った。
川上さんに良い作品を作ってもらいましょう、と言い残して。

突然呼び出され、訳もわからずに電車に乗って郊外までやってきたが、とんでもなく濃密な時間を過ごしてしまった。人生の転換点になるほどの三時間だった。

「蝶のようにふわふわ飛べ。それがわたしのまっすぐだ」

この言葉を胸に、これからもふわふわ飛んで生きてみよう。

実は、川上さんとは明後日、飲む約束をしている。
よし。酒の勢いも借りて、今までになく突っ込んだ心からの言葉を投げてみよう。
川上さんは、どんな顔をするだろう。そして私たちの関係は、仕事上の一線を越えて、より良い作品を作れる関係になるだろうか?

なんだかおもしろくなってきた。

***

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2017-02-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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