達人の潜む街《ふるさとグランプリ》
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記事:鍋倉大輝(ライティング・ゼミ日曜コース)
「いらっしゃいませー」
少し気だるげな声を聞きながら、暖簾をくぐる。
その先には、鼻腔をくすぐる豚骨スープの匂い。
私は迷わずカウンターの席に着き、一息つく間も無く、
「ラーメン、カタで」
今まで何度口にしたかわからない、合言葉を伝える。
そして待つこと数分。
「ラーメン、カタ。はいお待ち」
目の前に現れた輝かしい博多ラーメン。
今、戦いの火蓋が切って落とされた。
誰もが一度は口にしたことがあるラーメン。
醤油ラーメン、塩ラーメン、味噌ラーメン、種類は様々ある中で、豚骨ラーメンは我がふるさと福岡、博多の名物である。
博多を店の名前に含んだ豚骨ラーメン屋が各所に立ち並んでいる状況から見て、日本全国で、
「豚骨ラーメンは博多のものだ」
という認識は浸透しているように思う。
実際に、福岡の街を歩いて見ると、いたるところに豚骨ラーメン屋がある。
一口に豚骨ラーメンと言っても、店ごとに個性があり、豚骨ラーメンというジャンルでありながら、人気が明確に別れるのはシビアな世界だと思う。
そんな博多ラーメンであるが、味はもちろんのこと、財布に優しい。
大体のラーメンが一杯、500円から600円程度で食べることができ、安さだけを追求すれば、280円なんてものもあるぐらいだ。
生まれてから大学生までを福岡で過ごした私は、胃袋と財布を博多ラーメンにがっちり掴まれ、何杯かなんて到底数えきれないぐらいのラーメンを食べてきた。
ラーメン屋で席を並べる彼らもまた、私と同じようにラーメンに魅了された人たちだ。
そんな人たちが博多には溢れかえっている。
そして、溢れかえったラーメン好きの中には、武道の達人のような男たちがいる。
博多ラーメンは出てきた瞬間が一番美味しい。
熱々のスープ。
伸びていない、オーダー通りの硬さの麺。
寸分の狂いもない芸術作品がそこにはある。
しかし、時の流れとは残酷なもので、時間の経過とともにこの芸術作品の完成度はどんどん落ちていってしまう。
スープは次第に冷めてゆき、麺は次第に伸びていく。
そうして出てきた瞬間は100点だったラーメンも、90点、80点、とその輝きを失っていくのである。
だとしたら我々は何をすべきだろうか。
そんなことは言わなくてもわかるだろう。
早く、食べるのだ。
その芸術作品が輝きを失う前に、食べきるのだ。
そのためには、我々には一分の隙も許されない。
ラーメンが運ばれてきてから、完食し、席を立つまで、一瞬の油断も許されないのだ。
まずラーメンが運ばれてくる。
そこから何をするべきか。
「うわー、美味しそうなラーメン。写真撮ってSNSにアップしよう」
そんなことをしている場合か。
携帯を取り出し、カメラを起動し、アングルを調整し、撮影する。
その時間でラーメンのどれだけの輝きが失われると思っているのだ。
そんなことをしている暇があるならば、とりあえず、何も言わず、食え。
食べる途中でも、
「ちょっと熱いから息吹きかけて冷まそう」
そんなことをしてみろ。
麺だけじゃなくてスープまで冷めてしまう。
九州男児らしく、黙って食らいつけばいいのだ。
こうして目の前の輝かしいラーメンに集中し、一心不乱に食べる。
そうしているともちろんラーメンはなくなる。
のだが、博多ラーメンにはひとつ忘れてはいけないものがある。
替え玉だ。
スープはそのままに、麺をもうひと玉追加することが出来る替え玉。
これは博多特有の文化らしい。
博多ラーメンは東京などのラーメンに比べ、替え玉を想定しているため、そこまで量が多くない。
男性が腹を満たそうとするのであれば、多くの人は替え玉まで必要になるだろう。
普通であれば、一杯目を食べ終えて替え玉を頼み、一杯目の余韻に浸りながら替え玉の到着を待つ。
しかし、考えてみて欲しい。
なにもせず、替え玉を待つ。
ただ、待つ。
スープ、どう考えても冷める。
そうだろう。
待ち時間が長ければ長いほどスープは冷めてしまうのだ。
ならばどうすべきか。
逆算だ。
替え玉を注文してから到着までの時間。
自分が残りのラーメンを食べ終わる時間。
両者を見積もり、ちょうど食べ終わる瞬間に替え玉が到着するように替え玉を注文する。
そうすることにより、必要以上にスープを冷ますことなく、スムーズに二杯目に入ることが出来る。
私はこれを、我が師、父親の背中を見て学んだ。
ギリギリまで無駄を削り抜き、いかに輝きを損なわずに完食することが出来るか。
一つ一つの所作から一切の無駄を省いていくその姿は、まさに武道の達人のようだ。
己の肉体の限界を知り、一つ一つ身のこなしを洗練させていく。
目の前のラーメンを最大限美味しく食べるために全精力を注ぐ。
そういう達人たちが博多にはひしめいている。
街ですれ違う若者も、スーツを着たサラリーマンも、杖をつくおじいさんも、もしかすると達人かもしれない。
「はい、お待ち」
こうしてまた、達人たちの戦いは幕をあけるのだ。
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