ふるさとグランプリ

23年間奈良に住み続ける私が、鹿を怖がる理由《ふるさとグランプリ》


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記事:かほり(ライティング・ゼミ日曜コース)

 

 

奈良といえば鹿!

と言われることが多い。

 

奈良県のどこに行っても鹿がいると思い込んでいる人もいるらしい。

念のため言っておくが、鹿がいるのは、奈良県北部に位置する奈良市内の奈良公園とその周辺だけである。奈良のどこもかしこも鹿がいたら、そこら中たぶん芝生だらけである。

奈良公園近くには、大仏で有名な東大寺や春日大社などの世界遺産があるもんだから、観光地化して、休日祝日はまあまあ多くの観光客で賑わっている。

そして、そこに生息する鹿たちも観光客に愛される奈良県のマスコット的存在になっている。

ゆるキャラの、せんとくんやしかまろくんなども鹿をモチーフに生み出された。

 

そんなこんなで、みんな

奈良といえば鹿!

と言いたくなるのだろう。

 

私の他府県の知り合いには、奈良県民のことを「鹿県民」とかなんとか言ってくる人もいる。

「鹿に乗って学校に行ってるんやろ?」と言ってくる強者もいる。

 

でも、私は言いたい。

生れてこの方奈良に住み続ける生粋の奈良県民の私だが、

鹿はそれほど馴染み深い存在ではないのだ。

 

 

愛着というよりは、敬遠という方が正しいかもしれない。

例えるなら、学校で名を轟かす強面のバスケ部の先生という感じである。

自分はバスケ部じゃないし、直接関わりはないけれど、出会ったら一応律儀な挨拶をしておく、といった具合である。

 

でも正直なところ、私が鹿を見ると湧いてくるのは敬遠どころか、恐怖である。

単純に、鹿が怖い。

 

奈良公園には野生の鹿約1200頭が生息している。

たまに道路とかにも出てくる。バス停や駅周辺にも遭遇する。

人馴れしているようだが、あくまでも野生である。

人を見ると鹿せんべいを持っていると思い込む。

ちなみに、鹿せんべいとは、奈良公園周辺で売っている丸くて茶色いせんべいだ。米ぬかと小麦粉でできているらしい。

鹿たちはこれが大好物なのだ。

一度、鹿せんべいをあげてしまったらおしまい。

「こいつ持っているな」と認識し、周りの鹿たちが一斉にめがけて寄ってくる。

通勤ラッシュ時の遅延証明書を求めて、駅員にたかる乗客のように。

立場の弱い小鹿は押しのけられ、いじわるじいさんみたいな大きい鹿がばくばくと鹿せんべいを平らげてしまう。うかうかしていると、大鹿に全部食べられてしまう。鹿せんべい1セットのために出した150円が一瞬にして水の泡だ。

せんべいはしっかり隠して、小出しにしてあげなければならない。

しかし、せんべいをやり終わって、ほっと一安心するのも束の間。

戦いはこれからだ。

鹿たちが追いかけてくるのだ。

 

「もっと、ちょーだい」

 

とかこんなかわいいもんじゃない。

 

「もっとよこせ、もっとよこせ、お前まだ持っているんだろ」

 

とこんな雰囲気である。

 

怖くなり、走って逃げるとする。すると鹿も走って追いかけてくる。

私の友人は走ってしまったがために、奈良公園の壮大な芝生の上をぐるぐる逃げ回る羽目になってしまった。しまいには転んで、それでもすぐに立ち上がり、最終的には近くのトイレの影に隠れて難を逃れていた。

 

私の母は逃げきれず、ジーンズのお尻をがぶりとかまれていた。

まだ幼かった私は、ぼろぼろになったジーンズを見て震えあがった。

もう絶対に奈良公園にはいかない。鹿と接触しない。

そう心に誓った。

 

このように人との距離が近い鹿であるから、怪我防止のため年に一回、角が切られる。

春日大社境内で行われる「鹿の角きり」という伝統行事である。

私は、小学生の頃この行事を家族で観覧しに行ったのだが、これまた怖かった。

 

角きり場で逃げ惑う鹿を何人かのおじさんがつかまえて、角を切る。

この鹿の逃げ方が、全力疾走なのだ。それはものすごい迫力。

おじさんたち大丈夫か? と思った。

それでもなんとか捕まえられて、無事鹿の角は切り落とされていた。

ちなみに鹿が角を切られる感覚は、人間が爪を切られる感覚と似ているのだそう。

無理やり押さえつけられて、角を切られている姿は少し痛々しかった。

でも爪を切ってもらっているんだ、と思ったら、安心して見ていられた。

 

しかし、何よりも私の心に残ったのは、鹿のあの全力の走りであった。

長い前足、後ろ足を巧みに使いこなして、颯爽と走っていた。

本気で追いかけられたら、太刀打ちできないな……。

想像しただけで恐ろしかった。

 

さて、切った角を見せてもらえるとのことで、角切り場にいたおじさんたちのところへ行った。

すると、おじさんは角をぐいと私のみぞおちに押し当てて、

「こうしたら強くなるんよ」と言った。

私はこのシュールな状況に言葉を失った。おじさんの奇妙な絡みに恐怖を覚えた。

弟も角をぐいと押し当てられて、泣きわめいていた。

 

たぶん鹿の角は神聖なもので、それを身体に押し当てるというのは、何かのまじないだったのだろう。

 

「鹿の角きり」という行事によって、私の頭に焼き付けられたのは、

鹿の全力疾走と角の堅い感触であった。

それは、鹿に対する恐怖となって私の記憶にとどまった。

 

 

このように、奈良居住歴20年以上の私にとって、鹿は怖い存在なのである。

そもそも鹿は奈良の春日大社の神の使いとして、大切に保護されてきたそうだ。

 

ということは、私の鹿に対する畏怖の念はあながち間違ってはないのか?

とりあえず、これからも見かけたら律儀な挨拶を交わしておこうと思う。

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