あたりまえに流されない人生を生きるには?
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記事:東田カズマ(ライティング・ゼミ日曜コース)
うちの台所には蛇口が2つある。
お水とお湯……じゃなくて、水道水と山水の蛇口なのだ。
右の蛇口をひねると普通の水道水、左の蛇口をひねると裏山からひいた山水がでる。
水道水を使うと水道料金がかかるけど、山水はタダ。どれだけ使ってもタダなのだ。
洗濯やお風呂はもちろん、ごはんを炊いたり、お茶を入れたり、料理をしたり、いつからか山水メインの生活になっている。
毎朝のコーヒーも山水だ。水道水で入れたコーヒーよりもなぜか美味しい気がする。
山水は夏冷たくて冬温かい。水道水だと夏ぬるくて、冬は冷たいのだ。だから、朝起きて顔を洗うのも山水のほうが気持ちいい。
そんな山水生活だけど、実はまだ7年しかたっていない。
7年前までは東京のIT系企業に勤めていて、川崎のマンションに住んでいた。多摩川がすぐ近くだったけど、川の水は飲めなかった。だからそれまでの生活では、お水は蛇口をひねって出てくるもの、それも川の水じゃなくて水道の水が出てくる蛇口があるのがあたりまえだった。あたりまえのように水道の水で顔を洗い、あたりまえのように水道水でコーヒーを入れ(会社の自販機で缶コーヒー買うほうが多かったけど)、あたりまえのように水道水で炊いたごはんを食べていた。
それが7年前、ひょんなことから京都の最北端、丹後半島のど真ん中にある山間の小さな村に越してきた。60戸ほどの小さな村で、山があって川がある。ここではどこのおうちもあたりまえのように台所に蛇口が2つあるのだ。
「なんで蛇口が2つあるんですか?」「そやなあ、水道の蛇口はあんまり使わんしな」
「え……、水道の蛇口と違うんですか?」「そら山水のほう使うやろ、タダやし?」
なんだかかみ合っているような、かみ合っていないような会話。それぐらいこっちの人にとっては山水の出る蛇口は当たり前で、都会育ちの私には2つある蛇口は衝撃的だったのだ。そう、この山水の蛇口はいくらジャブジャブ使ってもタダなのだ! そんな衝撃的だった二重蛇口デビューからも早7年、今ではすっかり山水のとりこになっている自分がいる。7年の間に私の体の中の水もすっかり山水に染まってしまったのかもしれない。
人間の体の約60%は水でできているという。だから水はすごく大事だ。それなのに私は人生の大半をなんの疑いもなく水道水で過ごしてしまった。天然水にも水素水にもはまったことがないので、いわゆるただの水道水である。
じつは私の体は水道水でできていたのだ。
けっして蛇口から出る水道水をガブガブと飲んでいたわけではない。どちらかというと水道水は昔から飲めなかった。昔の水道水なんて、なんとなくカルキ臭くて、金属的な変な味がしたような気がする。それでも毎日の食事は水道水で料理されたものだった。気づかないうちに私の60%には水道水が満たされていたように思う。
水道水も昔に比べれば随分と美味しくなったと思う。それでも山水と比べるとやっぱり水道水なのだ。無機質で、無味無臭な水の味。それに対して山水は季節によって味が違う気がするし、どこかやわらかい。
水道水はきれいで安心だ。蛇口をひねればいつでも水が出ている。山水はそうはいかない。何かが詰まって出てこないときがあったり、台風の後は濁った水が出てきたりする。消毒もちゃんとしていないから夏の生水は危ないかもしれない。
さて、水道水がいいか? 山水がいいか?
そもそも都会で暮らしていたときはそんなこと考えたこともなかった。体の60%は水でできているのに、である。いまだってそんなに深く考えているわけじゃない。それでもいまは自分の体はたっぷりの山水で満たされている。
ふと振り返れば、都会で働いていた頃の自分は水道水で満たされていたのだ。
蛇口をひねれば、いつでもきれいで安心して飲めるお水がちゃんと出てくる水道水。
でもどこかつまらない? 安心でちゃんとした人生なんだろうけど、どこでも同じ味の水道水でいいの?
ときにはつまって出てこなかったり、濁った水になったりもするけれど、それでもいろんな山の養分を吸って、季節ごとに、その日その日で味が違う山水。
一度覚えた山水の味。もう元には戻れない。
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