加害者側が被害者ぶる雨の日の悲劇で人の気持ちを考えた
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記事:きりの鮎美(ライティング・ゼミ1月コース)
誰が悪いかと言えば、確実に私だと思う。
その日は朝から雨で、傘を差し電車を待っていた。
朝だと言うのに雨雲で薄暗く、ジメジメした空気の車内に傘を閉じ滑り込むように乗り込んだ。
田舎から都会へ出る通勤電車はいつも満員で、通勤だけで体力が消耗される。
雨の日の満員の通勤電車、いつもに増してどんよりした日だったが、奇跡的に席が空いていて座ることができた。
(助かった……)
連日の飲み過ぎで二日酔いだった私は、こんな日に座席に座れることに心から感謝した。
座ってしまえばこっちのもの、あとは静かに目を閉じて数十分の道のりを耐え忍ぶだけ。
綺麗に閉じた傘を膝の間に挟み込み、じっと固まり自分の身体に耳を傾ける。
幸い酷い二日酔いではないようで気持ち悪さはなかった。
電車の車内の心地よい冷房で、ウトウトと眠りについていた。
しばらくすると電車がブレーキを掛け、ガタン! と揺れた。
そのガタン! という音と同時に、男性の「ゔっ!!」と言う声が、寝ぼけた耳に微かに聞こえてきた。
まだ寝ていたいから目が覚めないように、薄目を開けて正面に目をやるとそこには、私の膝に挟んでいたはずの傘が男性に倒れ掛かっていた。
倒れ掛かっていた傘について、よくよく目を凝らすと、なんと、正面に立っていた男性の股間に私の傘の持ち手がヒットしてしまっていた。
状況が理解できた瞬間「あっ!」と小さな声を上げることしかできなかった。
とにかく、さっと傘を自分の元に引き寄せたあと、また小さな声で「ごめんなさ〜い」と呟いた。
男性に私の謝罪の声が届いていたか確認することはできなかった。
その後は、もう二度とこの傘を手放してはいけないという使命感で目は覚めていたけど、あまりの気まずさに顔を上げることはできず、ただただ俯き、目を閉じ、ギュッと傘を握りしめることしかできない時間が流れた。
せっかく座れた座席での快適な時間も苦行のように感じた。
(早く、電車よ、都会に連れていって、私をここから解放してくれ)と、心の中で呟いた。
二日酔いのことなんて、もうとっくに頭から離れていた。
ようやく目的の駅に着き、立ち上がった時に初めて男性の顔を見ることができた。
お弁当袋を持っている世帯持ちのどこにでもいそうなサラリーマンの男性だった。
半笑いの気まずい会釈をするも、男性は対して気にしていなかったのか、私の顔を見向きもせず、さっさと電車を降りていった。
なんだ、気にしすぎちゃったか。
気を取り直して私も追いかけるように電車から降り、会社へ向かった。
さっきの傘を差しながら、靴に水が染み込まないようにトボトボ歩いていると、急にある気持ちが湧いてきた。
(いくら布越しとはいえ、知らない男性の股間に触れた傘って、気持ち悪いな)
(私が悪いっちゃ、悪いけど、なんだかこの傘が穢された気分)
(もう、この傘、使いたくないな〜)
そう思ったら、その気持ちが止まらなくなり、今すぐその傘を手放したくなった。
なんの愛着もないビニール傘だったから余計手放したくなった。
持ち手を消毒するか? そういう問題じゃない。別に物理的に汚くはないのだから。
気持ち的な問題なのである。
そして私は、会社につくや否や、その傘を、隣の席の男性社員に引き取ってもらった。
もちろん、経緯は説明した上で。
男性社員は、ハイハイと少し笑いながら自分の傘立てにその傘を立てかけた。
どう考えても、私の前に立っていた、サラリーマン男性は悪くない。
たまたま空いていた私の目の前のスペースに立っていただけだ。
どう考えても、私が悪い。
なのに、なぜ私は被害者のような気持ちになってしまったのか。
傘の持ち手を股間にヒットさせてしまった挙句、傘を穢されたなんて思われたあの男性には、大変失礼なことをした上に、大変失礼な気持ちを持ってしまった。
そんな気持ちを持ってしまった、自分が自分で怖かった。
なんでそんな気持ちになったのか改めて考えてみても、自分の気持ちなのに、「たぶん」という言葉でしか説明できない。
たぶん、傘の持ち手を男性の股間にヒットさせてしまった出来事が、私の中でかなりショッキングかつ、気まずかったから、そのことが頭から離れなくて、局部的な印象で汚いな、なんて思ってしまったんだと思う。たぶん。
自分の気持ちでも、なんでそんな気持ちになったのか明確に説明ができないこともあるから、人の気持ちって複雑なんだなと思う出来事でもあった。
黒い持ち手にキャラクターのシールを貼ったビニール傘を、今でも使っている隣の席の男性社員を見ると、あの日のことを思い出し、少し心が痛むから、私の中の良心はちゃんとあるんだと再確認できた。
***
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