ふるさとグランプリ

子どもはひとりでいいよね《ふるさとグランプリ》


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記事:森中あみ(ライティング・ゼミ日曜コース)

 

「子どもはひとりでいいよね」

 

娘が生まれて2週間。母が娘をあやしながら、ひとり言のように言った。ひとり言として聞き流すこともできた。だけどわたしは「そうやね」と答えてしまった。それは母の人生を否定することになるのに、言ってしまった。

 

わたしには2つ下の弟がいる。小学生の頃、いつも弟の頭をたたいて泣かせていた。弟が失敗をする度に、とても腹が立った。はっきり覚えているのは、弟が洗面台で水をムダにいっぱい出したことに怒り、思いっきりたたいた。泣き声を聞きつけた母が悲しそうに「頭はたたいたらダメよ」と言った。

 

母は一度も私をとがめることなく、あるエピソードだけをいつも語った。まだ歩けない弟をおぶった母と2歳の私で歩いて買い物に行った帰り、小さな野良猫が道をさえぎった。母は猫が大の苦手。両手にスーパーの袋を提げた母は、「あみちゃん! 走るよ!」と言って駆け出した。12ロールのトイレットペーパーを持たされていた私は、ついていけるはずもない。だけど、母は振り返らず一人駆け出した。いや、弟だけを連れて走った。「あの時、お母さんも必死でねぇ!  手を握ってあげたらよかったんやけど」笑いながらも、どこか申し訳なさそうにする母になんて言っていいのかわからず、いつも「そうなんや。ぜんぜん、覚えてないっちゃけど」と苦笑いで返していた。

 

母は一人で歩く子どもを見るたびに、「あら……」と悲しそうにした。その母親の手は、たいてい下の子を乗せたベビーカーを押しているか、右手は荷物、左手は下の子でふさがれている。本人に聞いたわけでもないのに、母は勝手に「手を引かれない子どもはかわいそう」と決め付けた。私の答えはいつも「そうやね」だった。本当にかわいそうにも見えたし、かわいそうな子に自分を重ねるようにもなっていた。

 

「ひとりでいいよね」と言った母。その時、まだ本当の気持ちに気づいていなかった。いや、気づかないフリをした。母は自分の子育てを後悔していた。私をかわいそうな子にしてしまったのは自分。私にもっと手をかけてあげればよかった。そうすれば、私が弟に八つ当たりすることもなかったのに。きっとそれだけを悔やんでいた。

 

私も本当はさみしかったのだと思う。覚えていないと言ったのは本当だけれど、さみしいと口に出さない長女なりのガマンはあったはず。「そうやね」と自分をかわいそうな子にしておけば、大人になってからもずっと母の気を引いておけるような気がした。「もう大丈夫」と言ってしまったら、母の私に対する気持ちがなくなってしまいそうで怖かった。だから大丈夫なんかじゃない。子どもは一人でいい、一人で充分。私はかわいそうな子だから。

 

だけど、自分が実際に母親になってみてわかった。すぐに親らしくふるまえる人なんて、きっといない。いつも笑顔で、子ども第一になんて、そんなのムリ。だけど、それは許されない。誰にも言えない。「好きで産んだ子どもだろ」どこかから声が聞こえる。親らしくならなければいけないと自分を追い込む。母もずっと自分を責めていたのだろう。それが今も続いていて苦しんでいる。そんなお母さん、かわいそすぎる。そろそろ、誰かが言ってあげなきゃ。100パーセント親らしくなんてできるわけない。子どもが一人だろうが、二人だろうが、母の愛が半分になったなんて思いたくない。少なくとも、30年以上の前のことで今も苦しんでいる母に愛が足りなかったなんて、誰が言えるの?

 

お母さん、遅くなってごめんね。私しか言えないことなのに、ずっと言ってあげられなかった。あの時はさみしかったけど、もう大丈夫。私はやっと少し大人になったよ。お母さん、もう自分を責めないでください。充分、愛してもらいました。たくさんのことをしてもらいました。お姉ちゃんにしてくれてありがとう。友達から面倒見がいいねってよくほめられます。初めて会った人からも、「ぜったい長女でしょ」って言われます。しっかしりてるんだそうです。お母さんは充分に子育てしました。私はもう、さみしいって言えない子から卒業します。お母さんもすこしだけお母さんから卒業していいよ。でも、いつまでも私のお母さんでいてください。またいっぱい電話しようね。

 

お母さん、育ててくれてありがとう。わたしはかわいそうな子なんかじゃないよ。

 

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