うまく話せないのは、自分もだった
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記事:川井(ライティング・ゼミ日曜コース)
「君の趣味は?」「何もないです」
「じゃあ、普段は何をしているの?」「特になにも」
「休みの日とかも?」「はい」
「そうはいっても、何かはあるでしょう?」「うーん……」
「じゃあ、このサークルに入った理由は?」「たまたまです」
「あー、そういえばなんでその大学に入ったの?」
「なんか気づいたらここにいました」
「……」
会話が続かなかった。
この日、私はサークルのみんなと喫茶店に来ていた。新入生は3人。全員違う大学だった。
私はその子たちと仲を深めようと、いくつか質問をしていた。初対面なら当たり前の、全然普通の、すごくありきたりな質問のはずだった。
だが、そのうち2人は話が全く続かない。
理由は簡単。何を聞いても何もしゃべらないのだ。しゃべらないといっても、正確にはなにもしゃべれないわけではない。何かを投げかけたらきちんと言葉を返すだけのことはできている。ただ、自分のこととなると、話すことが何もないといった感じなのだ。
その点、他のもう一人の子はたくさんしゃべった。
「趣味とか特技はある?」
「空手です」
「空手? 君、女の子なのにすごいね! レベルは?」
「初段です。ずっと道場で鍛えていました」
「うわっ、強い! 道場って、いつから通っていたの?」
「15年前からになりますね。今も続けています」
結局、その日はその子とばかり話してしまった。他の二人には、差別のようで申し訳ないとは思った。でもしゃべってくれなければ会話にはならない。こっちだって、みんなのことがもっと知りたいのだ。話してくれるほうにばかり関心が言ってしまうのも仕方ないだろう。せめて、何もない中にも、どうにかして話を絞り出してほしかった。
実は、私はこういう何も話してくれない人が苦手だったりする。
こっちから何を聞いても、何も話してくれないので、こちらが話をすることになるからだ。
べつに自分の話をすることは嫌いではない。むしろスッキリするので好きだ。でも、どうせ面と向かって話すのなら、やっぱり相手のことをよく知っておきたい。
どんな人なのか、人柄とか好きなこととか、ある程度のステータスは知りたいと思う。
なのに、そういう何も話してくれない人が相手だと、自分ばかり話をするだけになってしまう。だから、相手のことが謎のまま、話が終わってしまうのだった。
そういうとき、私は必ずと言っていいほど、話の後しばらくたつと、「自分はあの人と一体何をしていたんだっけ?」と考えてしまっていた。あのとき時間を何に使ったのか、いつも時間がたつと思い出せなくなってしまうのだ。せっかくの会話だったのに、最後に残ったものといえば、なんだか無駄な時間を費やしてしまったかのような、後味の悪さだけ。
私はそれが嫌だった。
「面接、ダメだったよ」
あるとき、就活の面接を終えた友達が落ち込みながら言った。
その子もまた、うまく自分のことを話せない人間だった。
さすがに面接官相手に「何もしてきませんでした」とは言ってないようだが、1年以上の付き合いもある私にさえ、自分のことをまともに言えない子だった。一日中いつも一緒にいるはずなのに、私は未だに彼女の趣味も、家族のことも、昔の思い出も、何一つ教えてもらっていない。
そうかぁ、残念だったなぁ、と励ましつつ、差しさわりのない程度に、当日の面接のことを軽く話してもらった。
「あのさ、どんなことを聞かれたの?」
「『あなたはこれまで、他人を巻き込んで何かを成し遂げた経験はありますか?』って聞かれた」
「他人を巻き込む?」
あまり聞きなれない言葉だった。今の就活ではそんなことが聞かれるのか。
彼女はその質問に上手く答えられなかったという。そんな経験ないよーとわめいていた。
話を終えた後、果たして自分にはそんな経験があったかどうか、振り返ってみた。
現在は、何もないのはわかりきっていた。そもそも友達がいないから、巻き込むも何も相手がいなかった。仕方ない。
では昔はどうだろうか。さすがに何かはあるだろう。
高・中・小と、どんどんさかのぼってみる。ゆっくりと記憶をさかのぼるのだが、何かがひっかかる感触も兆しも全然ない。
結局、ものの数秒で、あっという間に振り返りは終わってしまった。いやいや、何か一つはあるんじゃないか? あると思ってもう一度人生を振り返ってみる。だが、面接で語るほどの思い出というと、全く出てこなかった。
この状況に、私はひどく見覚えがあった。つい最近のことだったので、すぐに思い出せた。
そう、サークルで何もしゃべってくれなかった、あの新入生だった。
今、私は彼らと全く同じ状況にあった。
もちろん、サークルでの話題と、就活の面接での話題は、土俵も状況も全然違う。でも、就活では、「他人を巻き込んだ」経験についての質問は、かなり聞かれやすい話題だと思う。言い方を変えれば、「リーダーシップの発揮はありますか」ってやつだ。この手の質問なら、就活でなくてもざらにあるだろう。
なのに、私はすぐに出てこなかった。そのあと数時間たっても出てこなかった。20年以上もの人生を何回振り返っても、出てこなかった。
結局のところ、話せないのは私だって同じだったのだ。
質問が変われば、自分も何も答えられやしないのだ。
サークルに来ていた新入生にもそうだが、私は人の話し方のことを結構辛く評価していた。
でも本当は、自分だって自分のことをうまく話せなかったのだ。
苦手だといっていたタイプは、実は自分だったのだ。
どちらかというと自分は話せるやつかな、などと自信ありげに思っていたが、しょせんはそれも思い込みに過ぎなかったのだ。
いろいろと気づいてみて、自分アホだなぁ、と思った。
ずいぶんと、私はうぬぼれていたようだった。
それに比べて、友達はある意味、体を張ったいい仕事をしてくれた思う。
もちろん、彼女はただ聞かれた質問を言っただけだ。でも、いつもは私に何も話してくれない友達が、コミュニケーションにおいてとても大事なことを、最終的には私に反面教師として気づかせてくれた。これは、すごいことだ。なんせ、私のほうがこれまでの話す量は勝っているが、友達はたった一回で、そんな量に負けないくらいの、ずっといいことを話してくれたからだ。
面接では失敗したのかもしれないが、私には効果は絶大だった。
自分は、これからコミュニケーション能力を、一からちゃんと学ぶ必要があるのかもしれない。
いつか友達に負けないくらいの、いい話ができる人間になりたいなぁと、気持ちが引き締まった。
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