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産育休の歩き方


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記事:池山貴子(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
「産休に入ったら、暇になってしょうがないでしょ?」
産休まで1週間を切り引き継ぎ業務にいそしむ私に、同期の坂本くんがそう言った。
「だいたい、育休も含めると一年以上休むわけでしょう? その間、もちろん子育ては大変だろうけど、一体何するの?」
 
うーん。
私は答えに窮した。暇ではないはずなんだけど、面と向かって言われるとうまく切り返す言葉がない。
 
今の会社に転職して3年。年の半分は繁忙期という環境で、妊娠が発覚するまでの私は日々仕事に追われ、疲弊しきっていた。資格職であるため、一定期間経験を積んだら転職したり独立したりする人も少なくない。私自身も将来的には会社を離れるつもりでキャリアを考えたいと思っていたが、忙しすぎてそんな時間もなかった。
いっそ、妊娠でもしてゆっくり自分の将来を考えたい、そんな矢先の妊娠発覚だった。
 
ああ、そうだ、私は仕事を休んで今後の人生について考えたい。
 
「産後は一年間子育てに専念します。保活は大変だと聞いていますが、預け先を見つけて2018年の4月に帰ってくるつもりです」
直属の上司との面談ではそう伝えた。休暇に入るのが2016年の11月なので、一年半近く仕事を離れることになる。
 
明確な目標があるわけではなかったけれど、育児を最優先しつつ、普段出かけられない所に出かけたり、地域の活動に目を向けたり参加してみたりしようと決めた。そしてもう一つ。ファイナンシャルプランナーの資格にチャレンジしてみよう。子供が生まれて、お金がかかることは目に見えていたから。
 
産育休を充実させよう。こんなに長く仕事を休めることは滅多にないのだから、有意義に過ごそう。そうだ、私は産育休をサバティカルにするのだ。
 
サバティカルというのは、職務を離れた長期休暇のことで、原則として使途に制限がない。欧米には、サバティカルを導入する企業が増えているというが、日本企業で導入しているのはヤフー株式会社くらいだそうだ。
私の通っていた大学には、教員にサバティカルが認められていて、「なんて素晴らしい制度があるものだ」と思っていた。最近読んだ高橋俊介の「スローキャリア」という本の中でも「社会人にこそサバティカルが与えられるべき」という話があり、その通りだと思ったばかりだった。
 
産育休は、まさにサバティカルだ。正当な理由でこれだけ長期に仕事を休めることは滅多にない。最短で仕事復帰し、管理職への道をひた走るワーキングマザーの先輩もいるけれど、私にとっては子供の成長を心ゆくまで見守り、立ち止まって自分の人生を考えることが長期的にみて財産になるに違いない。
 
娘が生まれて1ヶ月が経ち、出産でボロボロになった体も少しずつ癒え始めた頃、私はユーキャンのFP講座に申し込んだ。一日1時間でもテキストをめくる。最短で受けられる5月の試験を必ず受ける。消化不良でもとりあえず全ての試験範囲の添削課題を提出し復習する。それが私の決めたルールだった。
 
慣れない子育てをしながらの勉強は楽ではなかった。授乳のペースもつかめておらず、気がつけばおむつ替えと授乳で午前中が終わっていることもあった。産褥期はすぎたとはいえ、体が完全に回復しているわけではなく、1ヶ月に一回はタチの悪い風邪を引き、一週間ずつ寝込んだりした。寝かしつけがうまくいかず気がつけば2時間抱っこしながら揺れていたこともあった。かと思えば、あまりに静かに寝ているのが気になって、10分おきに様子を見に行ったりもした。
とにかく、勉強する環境が充実していたとは言い難かったが、それでも動き回ることはなかったため、生理的な欲求だけ満たしてあげればいいというのは助かった。なんとか試験日までに全ての範囲に目を通し、単元ごとの添削問題も提出することはできた。
 
5月末のよく晴れた日曜日。朝から娘を夫に預け、私は新緑が鮮やかな青山学院大学のキャンパスに足を踏み入れた。そこには想像していたより多くの受験者がおり、大学生くらいの若者から、ロマンスグレーの紳士・淑女まで、幅広い年齢層の人が試験に臨んでいた。お腹の大きな女性もちらほら見かけた。
みんなきちんと準備をして今日に臨んでいる。でも私だってやれるだけのことはやった。手も足も出ないということはないはずだ。
 
心地よい緊張感の中、試験が始まった。
 
7月のとある週末。出かけていた私に夫から着信があった。5月に受けた試験の結果が返ってきていたのだ。開封していいかの確認だった。
「なんかよくわかんないけど、合格してるみたいだよ」
 
帰宅して改めて試験結果の入った封筒を開いた。
思いのほか立派な賞状のような合格証書と、科目ごとの点数が記載された結果通知書。案の定、ギリギリの合格だった。それでも、サバティカル前半の成果としては十分に、しっかりと嬉しかった。
 
「私、ちょっと頑張ったよ。暇を持て余していたわけじゃないよ」
坂本くんに少しだけ胸を張れるネタができた。
 
でも、これだけで終わりではない。次なる目標は文書力を上げること。現に私は今、ライティング・ゼミを受講していて、大学生以来の課題に毎週苦しんでいる。
育休はまだ折り返し地点。私はもっともっと、新しいことに挑戦したい。私のサバティカルは続くのだ。
 
 
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2017-07-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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