メディアグランプリ

天かすは無くてはならない


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記事:あっこ(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
毎週の様に通っている中華料理店。いつも同じメンバーで。
ブラック企業という言葉はそのころは聞いたことがなかった。
私の職場は決して今で言うブラック企業では無いが、一人前に仕事を覚えてお客様に満足いただこうと思えば、週に何度も仕事帰りに夕飯を食べることになる。
小さな町なのでお店は少なく、仕事の終わる時間で自動的にどこに行くか決まっていた。すこしおしゃれなイタリア料理店などもあったが、その日のその時間は毎週の様に通っている中華料理店に行くことになった。
 
今日の昼間、また、やってしまった。
ミスをした後輩に必要以上に怒って怒鳴りつけてしまった。
ブラック企業では無いけれども週のほとんどの夕食を仕事帰りの遅い時間に食べる生活で、自分なりに仕事に前向きに頑張っていた。だからこそ、軽い気持ちでミスをする人を許せないと思っていた。だから、そういうことが二度と起こらないように、お客様に迷惑をかけないようにと怒鳴り散らしていた。怒鳴ったのは、初めてでは無かった。自分は仕事を頑張っていて、相手はいい加減なのだから怒られて当然だと思っていた。相手も私が仕事を頑張っているのを知っているので、ミスしたことを本当に反省していた。が、私は、そういう相手の優しさにつけこんで正義感を振りかざす様になっていた。そういう気持ちで怒鳴っていたら、周りの人たちにも伝わるもので、だんだんと周りとの信頼関係が崩れつつあった。自分も感じていて、何とかしようと頭では考えていたが、どうしてか上手く感情をコントロールできずに、結果として状況は悪くなる一方だった。
 
その日は、そんなに好きというわけでは無いが、たまに頼む天津飯を頼んだ。注文した後、昼間のこともあって話は盛り上がらず、みんなの水だけが減っていった。他の人は何を頼んでいたのか、天津飯だけが先に運ばれてきた。
酸っぱくどろっとして透明な餡、きれいなまん丸い山型の卵、卵の所々に透けて見える椎茸。見た目が面白いなと思った。
食べる前から心臓のあたりに酸っぱい感覚があった。
 
食べようとしてきれいなまん丸い山型の卵を崩した時、先輩が言った。
「言ってることがどんなに正しくても、あのような伝え方では損をするのは君だよ」
私が一番に尊敬している先輩。普段は人に意見やアドバイスを敢えて言わない高倉健のような人。
 
いつも通りに一口食べた後に、「おっしゃっていることはよく分かっています。気をつけますね」と言ったが、泣きたかったし悔しかった。私だって分かっていた。変わりたいと思ってたところだったの! と言いたかった。
私を本当に一番にかわいがってくれている先輩が、とうとう口に出した愛情いっぱいの言葉だと分かっていたから、精一杯のお礼を述べた。
その後は、くだらない話をして天津飯を平らげた。
 
自分で自分が悪いと分かっていたとしても、人から指摘されたとしてもそれを認めて改善していくのはとても辛いことだった。でも、尊敬している人に認められたいという気持ち、まっとうな人間になりたいという気持ち、いつも人に意見を言わない先輩が先輩なりに辛い気持ちで私に敢えて言ってくれた優しさ、そういったことを考えて、決心した。変わろうと。
実際に本当に変わるのには、なんと5年くらいはかかったし、始めは失敗ばかりで辛かった。でも、5年くらいの間に私はちゃんと変わることができた。今は、あの頃は忙しすぎて頑張りすぎて、私は疲れてたんだなあとあの頃の自分を許すこともできる。
 
あの頃の楽しい思い出と言えば、たまに日中に少し余裕がある日があって、そんなときは決まって先輩がそば屋の出前に誘ってくれたこと。そば屋の出前はいつも必ず冷やしたぬきうどんと決めていた。大好きなメニューだから。
少しのんびりしたお昼休みにみんなでわいわい食べた。
そう、先輩のあの日の言葉は天かすみたいだ。冷やしたぬきうどんから天かすをとったらどうなる? それはほとんど素うどんだ。当たり前だけれど、冷やしたぬきうどんではなくなる。
先輩のあの日の言葉は私には辛かったけれど、あの言葉が無ければ私という人間は今ここにいない。
 
 
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2017-09-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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