メディアグランプリ

理想の世界に行ってきたけど、あんなに居心地の悪い場所もないよ。


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記事:近藤裕也(ライティング・ゼミ 日曜コース)

 

 

僕は今、妄想していた理想の世界にいる。

それなのになんだろう。この、居心地の悪さは。

 

床から足に伝わってくる微かな振動が普段は心地いいはずなのに、今日は僕の体の中に響いて、苦しめようとしている。

外の景色もいつもはとっても綺麗なはずなのに、今日はその全てがまぶたの裏にある黒に染まって、その本来の美しさが僕の視界まで、あと少しのところで届かない。

「理想」とは、見えないうちは美しく輝いているけど、見えてしまった瞬間、期待していたような感動や込み上げる想いを感じることはできないようだ。

 

「なぁ、世界中で男が自分1人やったら、どうする? このモデルも、この芸能人も、俺の彼女やで。男のロマンやな」

 

僕は毎日、同じ大学の妄想癖の強い友人が作り出す下心満載のパラレルワールドに付き合わされている。

男女問わず、誰でも一度は好きな芸能人やモデルとデートをするような妄想をしたことがあるだろう。そんなことが現実に起きたら、願ったり叶ったりだ。

しかしそれはただの妄想であり、あくまで理想だ。講義終了の合図と共に彼の作ったパラレルワールドは幕を閉じ、僕たちは現実世界に戻って、駅の方向へ足を動かした。

 

駅に到着して改札を抜けると、電車が出発するアナウンスが聞こえてきた。まずい。これに乗らなければ、アルバイトに間に合わない。

僕はアクション映画のように階段を飛び降り、閉まりかけのドアに滑り込んだ。なんとか乗り込むことができたが、急なハイパフォーマンスに呼吸が乱れてしまった。

苦しい。呼吸がうまくできない。でも、なんとか間に合った。

 

安心したのも束の間、目の前の光景を見た瞬間、絶句した。おいおい、どうなっているんだ。

目の前に広がるのは、妄想癖がひどい友人が話していた、理想のパラレルワールドじゃないか。

1つの車両という小さな世界に、男性は僕1人。そこには、それ以外の男性は見当たらない。

 

つまり、残りは全て、女性だ。

 

僕は気づかず、「女性専用車両」に乗り込んでしまっていたのだ。

 

「なぁ、世界中で男が自分1人やったら、どうする?」

 

友人の言葉を思い返す。

僕は今、妄想していた理想の世界にいる。それなのになんだろう。この、居心地の悪さは。

 

咄嗟に頭に浮かんだのは、「痴漢冤罪」の四文字熟語。僕は今、圧倒的不利な立場にいる。

冗談じゃない。パソコンが入ったずっしりと重いトートバッグを片手で持ち上げながら、両手を上にあげ、つり革を掴む。痛い……バッグの重みで、腕が震え出した。電車の揺れが起こるたびに、その重量感を再び僕の腕に伝えようとする。

床から足に伝わってくる微かな振動が普段は心地いいはずなのに、今日は僕の体の中に響いて、苦しめようとしている。

 

そんな状況下で、全員が見事に僕の方に鋭い視線を向けている。

ちょっと待て。確かに今、呼吸が乱れている。ハァ、ハァと呼吸を整えている。でもそれは走ったからであって、この状況に興奮しているわけではない。

でも、だめだ。そんな言い訳は誰にも届かない。弓矢のように鋭く刺さりそうな視線に、耐えられそうにない。目が合うたびに、まるで汚いものを見るかのような目で見られる。目線を合わさないように、そっとまぶたを閉じた。

外の景色もいつもはとっても綺麗なはずなのに、今日はその全てがまぶたの裏にある黒に染まって、その本来の美しさが僕の視界まで、あと少しのところで届かない。

 

次の駅までのたった5分間が、今日は永遠にも感じられるほど長い。

プシューッと音を立て、ようやく扉が開いた頃、どさくさに紛れて、誰かが僕の背中を押した。よろめきながら車両の外に出ると、目の前に隣の車両へ並ぶ男性の姿を見つけた。

あぁ、僕は「女性専用車両」という、妄想していた理想の世界から抜け出して、自由に広がる現実世界へ戻ってきたのだ。

なんだろう、この熊のようなおじさんが与えてくれる、安心感は。僕はそっと、あたかもともとそこにいなかったかのように、隣の車両に移動した。

 

以前参加したセミナーで聞いた、あるアメリカの有名な女性シンガーの話を思い出した。

彼女は幼いころ、家庭が貧困に悩まされ、「お金があったら、もっと幸せになれたはずなのに」と、毎日頭の中で唱えていた。

「お金持ちになれば見ることができる、理想の世界」を妄想し続けたそうだ。

 

そして彼女は大人になった頃、天から授けられた類稀なる歌唱力を評価され、歌手としてデビューし、大きなヒット作を連発した。

印税が大量に入ってお金持ちになった彼女に対し、ヒット作を連発した今の気分はどうかとインタビューアーが聞いたところ、彼女はこう答えた。

 

「えっ、たったこれだけ?」

 

彼女は、小さいころに思い描いていた「理想の世界」を、間違いなく手にいれた。

しかしそれを実際に手にした時、きっと彼女が想像していた「お金持ちになれば見ることができる、理想の世界」は、見えなかったのだろう。

 

「理想」とは、見えないうちは美しく輝いているけど、見えてしまった瞬間、期待していたような感動や込み上げる想いを感じることはできないようだ。

結局、過度の不幸に溺れているわけではないのであれば、今生きている現実が1番の理想で、そこにいることが1番の幸せなのかもしれない。

 

男性諸君。

僕は全男性を代表して、男が一度は夢見た理想の世界に行ってきた。でも、あんなに居心地の悪い場所もない。僕は女性が大好きだけど、こんなに男性が恋しくなったこともなかったよ。

 

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2017-09-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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