メディアグランプリ

夢の中でも


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:三上千晴(ライティング・ゼミ 平日コース)
※この物語はフィクションです。

 
 
彼女が数十年後までも美しいことは、明白だった。
白い肌に、凛と整った鼻筋、首のラインから鎖骨にかけては、息をのむほど美しい。長い手足はそっと細く、それでいてきちんとした存在感を感じさせた。

母親譲りの美しい妹、父親譲りの醜い私。同じ環境と遺伝子によって生み出された私たちを、世界でどれだけの人間が双子だと見破ってくれるだろうか。

「瞳は一年の時から主役なのに、愛美は二年になっても照明係だよね。私だったら恥ずかしすぎて、絶対学校辞めてるわー」

同級生の声が教室から聞こえてくる。手に持った荷物を誤って落として、教室に入るのが遅れたのは正解だったようだ。

「もう、そんな言い方やめてよ」
「瞳は恥ずかしくないの? あんな奴が姉なの」
「恥ずかしい訳ないでしょ、家族なんだよ」

教室には同じ演劇部の同期が集まっていた。
私の陰口を話す所に遭遇したのは高校入学以来初めてではない。違和感もない。

「はい、それじゃリハーサル通しで!」
いつもは我が物顔で体育館を占領する運動部も下校し、夜の体育館は演劇部だけのものになっていた。

必死で、重いライトを舞台に向ける。
光の先には、汗をしたたらす瞳がいた。こちらに、必死に声をはりあげ訴えかけている。愛を探す姫、勇敢な姫が隣国の王子に見初められる物語。伝統ある我が校演劇部の定番舞台で、もちろん瞳が主役だった。

大音量の音楽が流れだす。それにつられて数人の踊り子が瞳の周りを踊りだした。
重いライトを瞳の動きに合わせる。

「愛美? 一緒、帰ろっか」
「……うん」
じろじろと、こちらを見てくる部員を後目に私たちは体育館の更衣室を後にした。

街頭に照らされて、白い月の下を二人で帰る。並びたくないという私の気持ちを瞳は少しも感じ取ろうとしない。

「愛美、今日も怒鳴られてたけど大丈夫? ごめんね、私のせいで」
「……」
「また間違っちゃって、でも、怒鳴られてる愛美はおもしろいよ」
「……」
「ほんとしゃべんないね、ブスで愛想ないのが一番最悪だよ」
「……」
「……」
「…瞳」
「私から話かける以外はしゃべんなっつったでしょ」

瞳の目が一瞬で冷たくなる。家族にも、友達にも、教師にも見せたことのない、氷のような目。私のことが恥ずかしいと思っている瞳は、嘘で塗り固められた愛を私に向ける。第三者からの評価にしか私を利用していないのだ。腹立たしくも、それでも、私は瞳には一生勝てない。話すことでさえも妹にできない惨めさは誰にも共感してもらえない。

今練習を重ねている演劇は、文化祭での舞台の為のものだ。夏にたっぷりと、何回も練習が繰り返され、舞台が少しずつ研ぎ澄まされていく感覚に、部員は酔いしれていった。

9月13日
いよいよ、文化祭の当日となった。舞台を宣伝するビラを瞳が配ると気づかない内に人が集まって、瞳に声をかける。私の分を無言で奪い取り、配りだす瞳の事を誰か気づいてほしい。誰かその瞳に気付いて、早く瞳が孤立すればいいのに。

体育館更衣室、瞳を飾っていく。真っ黒の髪に、肌が白い瞳には恐ろしいほど、黒のドレスが映える。長い髪をくるくると巻いて、シンプルな赤い花の髪飾りを瞳に渡した。

大音量のクラシックが流れ、舞台が始まる。
体育館中に入る生徒たち、緊迫の空気の中、全員の視線が瞳にだけ集まる。
爛漫な笑顔、悲しみの表情、怒りに身を任せた動き。
瞳は勇敢な姫を演じきった。瞳の存在感に全員が呼吸を合わせて引き込まれていく。

そして、舞台はクライマックス、王子が姫に永遠を誓う。
王子役の男子生徒も瞳の空気にのまれて演技に熱が入る。
愛を囁く、王子の声を遮って、大音量の音声が流れた。

母親譲りの美しい妹、父親譲りの醜い私。同じ環境と遺伝子によって生み出された私たちを、世界でどれだけの人間が双子だと見破ってくれるだろうか。
瞳の心が見た目通りではないことに一体何人が、この世界で気づいているのだろうか。

「愛美、今日も怒鳴られてたけど大丈夫? ごめんね、私のせいで」
「また間違っちゃって、でも、怒鳴られてる愛美はおもしろいよ」
「ほんとしゃべんないね、ブスで愛想ないのが一番最悪だよ」
「…瞳」
「私から話かける以外はしゃべんなっつったでしょ」

 瞳の暴言が、次々と音声として体育館内に響く。よかった、うまく流れた。
私は、蒼白の表情を見せる瞳を照らし続ける。

早く、早く、瞳が孤立すればいい。

美しい人間の、美しい部位を食べて美しさを手に入れようとした魔女の話を聞いたことがある。ならば、私は瞳を食べつくさなければいけない。
そうすれば、瞳は誰のものでもなくなるだろうか。私だけをむさぼるように愛してくれるだろうか。愛して、愛してやまないこの感情を瞳は受け取ってくれるだろうか。

舞台上で立ち尽くす瞳、それを照らす私。
全て私の物だ。あの、美しい肌も、髪も、目も、私の物だ。

 
 
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2017-10-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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