会計は「語学」のように学ぶのが吉《プロフェッショナル・ゼミ》
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記事:中村 響(プロフェッショナル・ゼミ)
※この物語はフィクションです。
「あーーーーー、もうなんやねん!! あの教授!! わけわからん!!!」
私は所属している英語部の部室で叫んでいた。
大学1年の春である。
とある大学の経済学部に入学して早々と勉強に躓いていた。
その正体は「簿記会計」である。
結論を言えば大学1年時はこの必修授業の単位を落としている。
他の科目はきちんと通していたにもかかわらずだ。
その時は社会人でのファーストキャリアが、
財務になるなんて考えてもいなかった。
もし、「会計」に躓いている人がいたら言いたい。
「心配しなくても大丈夫」と。
会計で大切なのは「読み書き会話」と「全体像」である。
英語などの語学みたいなものである、しかも英語よりも楽だ。
使う言葉の数は英語よりも圧倒的に少ない。
どう考えても会計の専門用語集は辞書よりも薄い。
習得の仕方も語学に近い。
才能が大きくかかわるのも語学に通じる。
しかし、それなりのレベルには努力できちんと到達できる。
会計は企業の中では共通言語だ。
営業だろうと、海外担当だろうと、研究開発だろうと「企業」である以上、
常に金勘定を考えることが求められる。
日本ではお金の話をするのは卑しいという認識があるためか、
必要以上に会計に対して苦手意識を持つ人が多い。
しかし、入口さえ間違えなければ「会計」ほど便利なものはない。
大企業のサラリーマンから経営者まで、
幅広い人間と簡単に意思疎通が取れるようになるのだから。
入り口としてまず「読む」ことから始めると良い。
「読む」だけでも十分武器になる、ここも英語と似ている。
会計は人生を変えるほどのインパクトがある。
当時は簿記落第生の私でさえ、財務の職を志したのだから。
私の人生は比喩でなく、大学でとある授業を受けたことで変わった。
「あの教授、凄い有名やで」
私の隣の友人が授業中に小声で話しかけてきた。
その時受けていたのは、財務諸表の分析を教える授業のオリエンテーションだ。
財務諸表というのは企業の成績表みたいなもので、
どれだけ稼いでいるかや現金を持っているかなどが分かる表で4種類ある。
専門科目で難易度は高いが、滅茶苦茶役に立つと評判だった。
そして何よりその授業を担当する先生のゼミは、べらぼうに就職率がいい。
外資系証券や総合商社に一流メーカー。
学歴のハンデを跳ね返し、そうそうたる企業に卒業生を送り込んでいる。
ミーハー根性を発揮して、私は友人とその授業に潜り込んだのだ。
「数字に意味なんてあるのか」
小中高とさんざん数学には苦しめられてきて、私はそう思うようになっていた。
この認識は、この授業で根底から覆ることになる。
「さあて、始めようか」
関西弁で喋りつつ、先生が授業を始める。
「まあこの授業の目的なんやけど、
全部受けたら東証一部企業の財務諸表、全部読めるようになるで。
出来れば来学期も授業続けて受けて欲しいわ。
そこまで行ったら株価の推定まで出来るようになるから」
え?株価分かったら皆、金持ちになれるじゃん!! 面白そうだ。
動機はそんな不純なものである。
そしてこの言葉はハッタリではなかった。
「まあ分析の方法論を身に付けるのは大変やけど、
めっちゃ役に立つ事を保証するわ。
これな投資の時も使えるし、就活の時も使えるねん。
すぐつぶれるような会社受けたないやろ?
10年分見たら、全部会社のこと分かるで」
そうして授業は始まった。
プリントには財務諸表の大まかな説明が書かれている。
まずはざっくりとした説明から入り、
その後に日経新聞やニュースの話題などを絡めつつ話を進める。
「数字ってこうやって使うのか」
目から鱗とはこのことを言うんだろう。
ポイントさえ押さえれば実態を掴むのは難しくなかった。
しかも高校時代に使ったやたら難しい数式はほとんど使っていない。
四則計算と簿記会計の原則だけで企業の実態を暴き出していく。
ニュースの裏側を読むための数字の解釈の仕方を脳へインストールしていく。
キーンコーンカーンコーン。
終業のベルが鳴る。
「え?もう終わった?」
あっという間である。
「すっげえ、面白かった。しかも役に立つし」
そこから私はこの授業にのめり込むことになる。
「これ、下さい」
その日、私はすぐにその授業の指定教科書を買った。
基礎になる簿記会計の単位を落としているにもかかわらず。
最初は用語の定義一つさえ分からなかった。
ネットで検索して、用語を一つ一つノートに書き留める日々が続いた。
「大人が黙々と小学生のドリル解いてるみたいだな」
そんな風に自虐することもあった。
思いっきり背伸びして、専門書を読んだ。
それでも地道な努力は実を結ぶものらしい。
「中村君、まず財務諸表の束、渡されたら何処見る?」
「営業キャッシュフローとROEですね」
私は教授の研究室に来ていた。
ゼミは選考に落ちたものの、勉強の相談には乗ってもらえたのだ。
「おお、出来るようになったやん。簿記落としたのに、自分ようやるなあ」
「まあ読む方は楽しかったですからね。
なんだかんだ言って簡単な推定株価まで出せるようになりましたし」
そんな風に談笑出来るようになっていた。
「まあ後は就活までに100社見れたら完璧やな」
「うっ、が、頑張ります」
「そう、構えんでも良いよ。そういや中村君はこの本知っとる?」
先生が一冊の新書を出してきた。
「今まで、中村君は簿記の基礎をすっ飛ばして勉強してきたやろ?
一旦この本を読んでしっかり基礎を固めなおした方がええで。
今は上っ面しか出来へん状態やから。
専門書だけやなくて一般向けの新書に目を通すことも大切や」
そう言って、教授は笑った。
教授は笑っていたが、私は冷や汗をかいていた。
財務諸表と格闘して、結局分析を断念したということもあったからだ。
まだ私の力は不安定なのだ。
この新書は私と同じように、
会計が苦手だった経営者が書いたものだ。
理解のしやすさは折り紙付き。
「全体像」を掴むことに特化した本である。
この本が私の会計の知識を「スキル」へと変えた。
「ああ、くそ!! 考えることが多すぎる!!」
「数字の海に溺れる」と言われる症状がある。
少し財務諸表が読めるようになると、
細かい比率や数字を算定することばかりに目が言ってしまう。
「木を見て、森を見ず」な状態になってしまうのだ。
何のために財務諸表を読むのかが重要なのに、
読むことが目的になってしまう。
この本はそんな状態を変えてくれる本だ。
「あ、こういうことだったのか。何で気づかなかったんだろう。
言われてみればそうだ。こことここがつながっているのか!!!」
膝を打つというのはまさにこのことである。
この本は、財務諸表の「つながり」を解説している本だ。
1ヶ所数字が変わるとどう他の表に影響するのかを、
スローモーションで解説している。
このことは簿記会計を習う時に大きな違いになる。
分析方法を教えてくれた先生はまずこの「つながり」を、
教えてくれた。
実はアメリカの公認会計士試験の勉強では、
真っ先にこの「つながり」を勉強する。
こうして「全体像」を掴むと勉強の効率が大きく上がるのだ。
さらにこの本は初心者が躓きやすいポイントを
押さえて作られている。
「ツケでの取引(売掛金、買掛金)」と、
「財務諸表のつながり」の関係を丁寧に解説している。
これが会計を理解しにくいものにしている。
ここをきちんと理解できると、
「利益は出ているが倒産した」という事のメカニズムが理解できるのだ。
私はしっかり理解し、血肉にするため何度も読み込んだ。
英単語帳を暗記するのと同じである。
効果が出るのは思ったよりも早かった。
数週間後、ふと図書館で日経新聞を読んでいた時のこと。
「おお、あの企業が大型買収したのか」
それはとある商社が社運を賭けたプロジェクトについての記事だった。
今後のビジョンを、数字を交えて解説していた。
この商社は私の大学の所在地に縁の深い企業で、
一度私は分析に失敗していた。
「ああ、そういう事か。かなり思い切った投資だな」
記事を少し読んで、直感的に私はこの事業の大変さを考えた。
数字をポンポン拾える不思議な感覚だった。
ざっと掴む、大枠を理解することが身に付いた瞬間だった。
以来、財務諸表を「読む」ことに関して、苦労することは無くなった。
ふと新聞の日付に目をやる。
「もうすぐ、簿記の試験の季節か」
新書を読みつつ、私は簿記検定の勉強も並行して行っていた。
ここは会計の「書く」部分に相当する。
簿記=書くというイメージだ。
英語のパラグラフを作るように、
厳密に論理に基づいて、表を作る。
「簿記会計」と聞いて、普通の人がイメージするのはこれだろう。
ここでも「全体像」の把握は鉄則だ。
さもないと、私のように痛い目に合ってしまう。
「いや、69点ってマジかよ」
冗談のような話だが、1点差で私は簿記検定の試験に落ちた。
部分的な理解では、こうなってしまう。
しかも、就職活動のリミットが近づいている。
次回の試験で受からなければ、履歴書には書けない。
「勉強法を見直さないと」
焦りながら私は書店に向かった。
「はあ、やっぱり書いてない」
数時間程書店で参考書を探すも、しっくりくるものがない。
簿記の参考書は山ほどある。
その中でも大手予備校の出している物が多数を占めているが、
妙に解説が言葉足らずなところがある。
特に総合問題では顕著だった。
「そこが知りたいんだけどなあ」
私は途方に暮れた。
ふと棚の隅を見ていると、合格率78%という数字が目に入った。
「微妙な数字だなあ、まあ小さい塾なんだろ」
そう言いつつ、本を取ってみた。
棚の隅の方にあるので非常に取りづらい。
読み始めると、第1章で衝撃を受けた。
「これが全体像か!!!!!!!! ようやく見つけたぞ!!!!!!」
本屋で叫んでいた。
簿記を教えるのが上手い人は、必ず全体像をしっかり解説する。
この本は徹底してその全体像を解説している。
簿記は2級から商業と工業の2つの分野に別れる。
それぞれに抑えるべき全体像があり、そこを理解しているかどうかが、
合否の分かれ目となるのだ。
「この図は必ず何回も練習してください、じゃないと迷子になります」
そう書いてあった。
ここにまさに迷子になった人間がいる。
私はすぐに買った。
「ここからは如何に全体像を刷り込めるかが勝負だ」
そう考えた私は、毎日の勉強時間前にこの全体像を
広告の裏に「再現」するようにした。
文字通り何も見ずに、全て再現できるまで暗記した。
その全体像を指針に勉強を進めた。
そして5カ月後。
ついに試験の日がやってきた。
前回の雪辱を晴らすべく、私は試験に向かった。
「始めてください」
簿記2級の試験が始まる。
問題に目を通していくと、1ページめくったところで手が止まった。
第2問 企業の買収について以下の計算表を埋めよ。
試験場の空気が凍ったのが分かった。
過去問題をやり込んだ、受験生さえ固まっただろう。
他にも総合問題の難易度は飛びぬけていた。
とにかく手を付けられるところを埋めていく。
しかし一通り解いて、「何処が埋められるんだ」と私は唸った。
もう埋められるところがない。
合格点に10点ほど足りない。
このままでは落ちてしまう。
「待てよ、この取引どこかで見た覚えがあるぞ」
必死に記憶を手繰っていく。
「この表、日経新聞に載ってなかったか?」
以前読んだ商社の買収案件を扱った記事である。
その記事の一部に試験問題に似たような図が載っていたのだ。
「正攻法じゃないが、そんなこと言ってる場合じゃねえ!!!
もうこれに賭けるしかない!!!!」
私は無我夢中で電卓を叩き、計算する。
残り時間は15分。
解き終われるか?
残り時間3分のところで解き終わり、急いで検算する。
残り時間1分。
よし!! 何とかなる!!!
確信したその瞬間、
「回答を終了してください!」
試験監督の声が会場に響いた。
「疲れた」
私はぐったりとしながら呟いた、
後は天命を待つのみである。
2週間ほど経って、結果が届いた。
「あっぶねえええええええええええ!!!」
きっかり70点で合格していた。
この時の試験はイレギュラーな問題もあったせいで、
合格率は低い回となった。
そんな中でのギリギリ合格である。
件の問題は、なんと満点を取っていた。
よく思い出せたものである。
「ま、合格すれば勝ちだし、結果オーライか」
私はこうして、会計を学んだ。
語学のように「読み書き」と全体像を学べば、
大きな武器に出来るのだ。
結果として私はメーカーへの内定を取り、財務部への配属も実現した。
財務部での仕事は、私の財産となっている。
もし大学時代をやり直すことが出来ても、私はこの分野を学ぶだろう。
それ程「会計」は面白い分野だ。
ITやグローバルな動きの影響が大きく、
学術部門も企業の最前線も常に変化し続ける。
そんな頭脳労働のフロンティアである。
先人たちも同じ道を歩んできた。
この文章を読んでくれた人の中で、
一人でもこの分野に興味を持ってくれたらうれしい。
次に続いてくれる人が出てくれたら、望外の喜びである。
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