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メディアグランプリ

未来の私に会える居酒屋


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:菊地優美(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
「私は50年後のあなた。未来からきたのよ」
出張先の居酒屋でトイレ待ちをしていた私に、白髪の女性が語りかけてきた。
 
「え? すみません、なんていったんですか?」
言葉の意味を理解できず、思わず聞き返した。19時に仕事が終わってからずっと飲んでいた。今は23時過ぎ。地酒をしこたま飲んで酔っ払った頭では理解が出来なかった。
 
「私は、未来のあなた。外にある業務用の冷蔵庫、あれ、タイムマシンなのよ」
 
え? たまたま出張で来た海沿いのこの街に? 未来の私がきてるって?
トイレ待ちのこのタイミングで?
 
「懐かしいわ、50年前の私、こんな感じだったわね。ねえ、未来のことで何か聞いてみたいことある?」
 
アルコールでクラクラしている頭にはキツイ話だ。
聞いてみたいこと? たくさんありますよ!
 
仕事はいまでもしてる? 
結婚はした? 
子供はいる? 
家族は元気? 
どこに住んでる? 
 
いや、でも一番は…… 
「幸せですか?」
この一言に、聞いてみたいことをすべて凝縮した。
幸せって答えが返ってきたら、私はこれからの30年、絶対に安心して生きていける。
 
「あなたはどう思う? 私を見て、幸せそうだと思う?」
あっけなくこう切り返されてしまった。
 
ええっと…… 
酔いのまわった頭を抱えながら女性の身なりを見直す。こぎれいな服装だし、靴もすり減っていない。表情も穏やか。語り口調も嫌な感じじゃない。何より未来からはるばるやってくるという好奇心がある。
 
「うーん、わたしには幸せそうに見えますけど……」
「そう、ならよかった」
白髪の女性がほほ笑む。うん、笑顔も素敵。大丈夫そうだろうと思う。
 
「いや、まあでもそんなことより聞きたいことがたくさんあるんですけど……」
 
がちゃり。
「せんぱーい、お待たせしましたあ。誰と話しているんですかあ?」
やっとトイレのドアが開いて、後輩が出てくる。
 
「え? いや、未来の私と」
「はあ?」
「いやだから、未来の私と」
「あーまあいいから早くトイレ入ってくださいよ、ねえおばあちゃん」
 
後輩が未来の私に笑顔で語りかける。いやそれ、私なんだけど。
「ち、ちょっとトイレ先に行ってくるので待っててください、私聞きたいことたくさんあるので」
白髪の女性がうなずく。
「まあゆっくりいってらっしゃい」
 
トイレを済ませて戻ってくると、カウンターに後輩が一人座っているだけで、あの女性はいなくなっていた。
 
「先輩、遅いですよー。さっきのおばあちゃん、帰っちゃいましたよ」
「え! そうなの? あの業務用冷蔵庫の中に?」
「はああ? 大丈夫ですかあ?」
 
いやでも、なんていうかあの人は未来の私で……と、説明しようとした私の言葉を、カウンターの中にいる大将が遮る。
「ああ~お客さん、ごめんなさいね、それたぶん、福ちゃんだわ」
 
大将の話はこうだ。この海鮮居酒屋の常連さんで、福ちゃんという女性がいる。
よく旦那さんや友人と飲みに来る、お酒好きでチャーミングな80代。
いたずら好きの福ちゃんは、自分と似た背格好の女性を見かけると、「自分は未来から来たあなただ」と話しかけてはその反応を楽しんでいるらしい。
 
「まあ今のところ苦情は来たことがないし、お客さんらも楽しんでくれてるからいいかなと思ってるんだけど」
と大将も特に問題視していないらしい。
 
「じゃあ先輩、まんまと福ちゃんに騙されたんですね!」
ケラケラと後輩が笑う。
「うん、まんまと騙されたねー。酔っ払っているからか、判断つかなかった! そういえば確かに具体的なこと何一つ言ってなかったしねえ」
あははとわたしも笑う。
 
騙されたというのに不思議といやな気分ではなかった。
ちょっとだけ未来という夢を見せてくれた福ちゃんに感謝したいくらいだった。
 
私は5年後、10年後の未来はよく想像する。
今の仕事、続けているかな? とか、結婚しているかな? とか。
そうやって自分に問いただして選択肢を作っては、選んできた。
そしてそれが本当に正しいのか不安になりながら、手探りで生きていた。
将来が不安だから、お金がたくさん得られる仕事をしなくちゃいけないとか、結婚して一人前にならなくちゃとか、そんなことばかり悩んでいた。
 
でもいざポーンと「50年後の未来の私」を見たときに、「幸せでいるのかいないのか」その選択肢しかなかった。どの選択肢を選んだかは問題じゃなかった。
私の目標は「幸せでいたい」それだけだった。
だから幸せにいきているであろう福ちゃんの姿を見て、私は安心したのだった。
 
あんな風にチャーミングな80代に未来の私がなれていたら嬉しいなと思う。
だから私のように騙されたお客さんたちはみんな、嫌な気分にならないんだ。
いつか私が80代になったとき、どこかの町の居酒屋の常連になって、福ちゃんのようにおちゃめないたずらをしたいと思う。
そしてこう言いたい。
「大丈夫、今の私をみたらわかるでしょ? 安心して、50年後幸せになっているから」と。
 
***

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2017-10-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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