プロフェッショナル・ゼミ

ある雪の街《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:高浜 裕太郎(プロフェッショナル・ゼミ)

 あれは、私がまだ小学生の頃だった。
 奇妙で、恐ろしい事が、その夏起こった。あれが、現実のにあったことなのか、大人になった今でも信じられない。
 けれども、あの現象を、皆見たのだ。私だけではない。隣に住んでいた、幼馴染のコウちゃんも、私を虐めていた、ガキ大将のシュンだって見た。皆が、あの奇妙な光景を見たのだ。
 そして皆が、気味悪がったのだ。

 そう、あの年の夏。私達の街に「白い雪」が降ったのだ。

 私達の街は、今思うと、酷い街だった。言うならば、時代という人形師に操られた、操り人形のような街だった。
 当時、この国は急速に成長していた。今まで農村だったところにも、線路が引かれ、電車が通るようにもなった。道路が整備され、「自動車」と呼ばれる鉄の塊が、街を走るようにもなった。私が物心ついたころには、それらはもう存在していた。体に悪そうな、毒々しいガスを吐きながら、鉄の塊が道路を走っていたのだ。

 そしてこの街には、国にとって重要な施設が存在していた。「国」という人間がいるならば、その「心臓」くらい大事な施設。「工場」が存在していた。何の工場だったのか、小学生の私は知らなかった。けれどもその工場は、いつも紫色の煙を、モクモクと吐いていた。まるで、人間が呼吸しているかのように、その工場も呼吸をしていて、紫色の煙を吐くのだった。そして、私達人間が、排泄をするように、その工場も排泄をするのだった。何かよく分からない色の液体が、工場から流れ出ているのを、私は見たことがあった。まるで、人間の排泄物のように、汚かった。

 その「工場」が出来てから、私の街は変わってしまった。父に聞いたところ、この街は、以前は川が付近に流れる、のどかな農村だったそうだ。人口も少なかったが、それでも皆が手を取り合って暮らしていた。静かでとても良い街だったそうだ。

 けれども、ちょうど私が生まれた頃くらいに、その「工場」が出来た。街の皆が大切にしていた田んぼは奪われ、工場になったり、工場に勤務している人の住居になったりした。

「国が豊かになっていく為に、この工場はとても大切なのです」
 工場が建てられる前、国の担当者はこう言ったという。それを聞いていた、父たち街の人々は、「国の為に、俺らが犠牲になれっちゅうんか!」と言って、怒鳴ったという。反対の甲斐なく、結局工場は、無理やり建てられてしまったのだが、完全に街の皆の同意を得た上での建設では無かった。

 その工場が稼働し始めてから何年か経った後、街に異変が見られ始めた。
「今度ぁ、前田さん家かねぇ」

 街の人々が、突然狂ったかのように暴れだし、落ち着いたかと思うと、そのまま息を引き取ってしまう。いわゆる「変死」が相次いでいた。初めの頃は、「気でも狂ったか」という言葉だけで片付けられていたが、こう何人も、似たような死に方をすると、何か原因があるのではないかと、皆探り出したのだ。

 様々な憶測が飛び出した。「工場が出来たけん、街の神様がお怒りになったんじゃ」という人もいれば、「誰か、家々の食卓に忍び込んで、毒を盛っている輩がおる」なんてことを言いだす人もいた。とにかく、謎が謎を呼ぶ、怪事件になってしまった。そして、街の人々は、まるで頼るべき人がいない子供のように、おろおろとさまようだけだった。

「今度ぁ、加藤さん家かい!」
 もう何十人という人が、変死を遂げた。そしてついに、私の祖父まで、その病にかかってしまった。普段温厚な祖父で、怒ったことなんて、1回も無かった。そんな祖父だから、狂ったように暴れる奇病なんかに、縁は無いだろうと思っていた。
 しかし、ある日の夕食時、座ってご飯を食べていた祖父が、突然立ち上がり、ちゃぶ台をひっくり返して、目に見えるもの全てを、投げつけた。
 まるで、嵐でも来たかのようだった。目の前を茶碗や、コップが飛んでいく。突風でも吹かなければ、こんな風にはならないだろう。けれども今、突風なんか吹いていない。そこにあるのは、いつもと変わらない風景だった。ただ、祖父の様子がいつもと違うだけで、それ以外は普通の光景だったのだ。

 そして、15分くらい暴れた後、祖父はふと、電池でも切れたかのように、仰向けになった。目は開いている。しっかりと、どこかを見つめている。その目が、まるで助けを求めているようにも見えた。「狂ってしまった私を助けてくれ」と訴えかけているようにも見えた。

 嵐が去って、少しの落ち着きを取り戻した母が、祖父の傍に行った。そして、脈を確認した後、俯いて、首を真横に振った。母の長い髪で隠れて、その顔は見えなかったが、きっと、泣いていたと思う。

 こうして、「奇病」という嵐は、我が家をも巻き込んで、めちゃくちゃにしていった。ちょうどその頃、ようやく重い腰を上げた国が、奇病の原因を調査しだした。

 その頃のことを、私は鮮明に覚えている。祖父が変死を遂げて、私の見える世界は、モノクロになっていた。そんな私の目に、白い服を着た集団が映っている。その集団は、何か資料を見ながら、街を歩いている。その集団のことを何も知らない私は、白い服を着た集団が、私の街にとどめを刺しにきた、悪魔のように見えたのだ。

「原因は、街の工場にあり!」

 街に来た白い集団、すなわち調査団が出した結論が、それだった。工場から出される有毒な排気ガスや、川に垂れ流しにしていた、有害物質。それらが、奇病を引き起こし、街をめちゃめちゃにしているという結論に至ったらしい。らしい、というのは、私が実際に、新聞か何かで見たわけではなかったからだ。風の噂で、そう聞いただけだ。新聞には、未だに「原因は不明」という文字しか浮かんでいなかった。

 今、「ひょっとして……」と考えることがある。ひょっとすると、奇病の原因は、とっくに明らかになっていた。新聞もそれを報じようとした。けれども、国の発展の停滞を恐れた、誰か偉い人が、それを阻止したのではないだろうか……。ふと、こう考えるのだ。そして、そう考える度に、私は、誰に文句を言ったらいいのか、分からないという気持ちになる。誰か悪い人がいれば、そいつに向かって文句を言えばいい。けれども、誰が悪いのか、はっきりしていない。悪い奴は、まるで忍者のように、姿を見せない。文句の言いようもないのだ。だから私は、やり場のない怒りを抱える羽目になる。

 けれども、風の噂というのも侮れないもので、実際に工場に文句を言いにいく人もいた。
「お前らんとこで出しとる煙が、この街を追い込んどるんやないんかい!」

 工場の、開かない扉に向かって叫び続ける人もいた。私も、工場の「開かない扉」の前に行ったがある。小さい私には、それが「扉」というより「壁」のように思えた。あまりにも大きすぎたのだ。
 壁の外は騒がしい。「俺の息子を返せ!」と叫ぶ人もいる。泣きじゃくる人もいる。けれども、壁の内側からは、何の反応も無かった。ひょっとして、壁の内側にいる人間は、皆耳栓をしているのかもしれない。小さい私はそう思った。
 一度だけ、壁の中から人が出てきたことがあった。作業着を着た、男だった。壁の内側という魔界から出てきた、その悪魔は、淡々とこう言うだけだった。
「これは、国の為であり、国の意志です。私たちは、それに従っているだけです」

 これを聞いていた当時の私は、この悪魔がとても卑怯者のように思えた。まるで、強い虎の力を借りて、発言をする狐のように思えたのだ。街の人々は、虎が後ろに付いていると分かっているから、この悪魔には逆らえない。いや、逆らっても、もっと大きな力で、ねじ伏せられてしまう。そういう認識が、街の人々にはあった。

 けれども、正直な話、街の人々にとって、「国の発展」なんてどうでも良いものだったと思うし、私もそうだった。街の人々にとっては、国が発展するよりも、隣の家の人が、変死を遂げたことの方が、よっぽど大問題だった。変死した人の屍の上に、国の発展という目に見えない「何か」があるのなら、街の人々は、「そんな発展いらない」と思っただろう。国の発展よりも、奇病の方が大問題だった。

 けれども、そんな街の人々の意志とは関係なく、工場は動き続けた。相変わらず、まるで人間が息をするかのように、モクモクと煙を吐いていたし、人間が排せつをするかのように、よく分からない色の液体を流し続けた。

 そして、夏がやってきたのだ。
 私を含めた街の人々は、何とか普通の暮らしに戻ろうとしていた。奇病は相変わらず続いているけれども、街の人々の力じゃどうにもならない以上、この工場とも付き合っていくしかないと思っていたのかもしれない。普通の暮らしに戻ろうと意識をしていた。けれども、どこか、皆の気持ちが沈んでいるような気がした。まるで、ずっと天気が曇り空で、雨が降っているかのような日々が続いていた。

 そんなある日、奇妙で、恐ろしい事が起こった。
 あの日、私は幼馴染のコウちゃんと、外で遊んでいた。暑い夏の日で、お互いに汗をかいていた。
「なぁ、ちょっと雨が降りそうだな」

 コウちゃんがこう言った。空を見ると、さっきまで晴れていたはずの空が、どんよりと曇っていた。まるで、上機嫌だった人が、何かをきっかけに突然不機嫌になるかのような、そんな天候だった。空が、突然不機嫌になった。

「そろそろ帰るか……」
 私がそう言って、片づけをしようとした時、空からあり得ないものが降ってきた。

「なんこれ……?」

 それは、白い何かだった。最初は、何かのゴミかと思った。けれども違う。その白いものは、空からどんどん降ってきていた。

「おい! 雪やぞこれ!」

 コウちゃんがはしゃぐと同時に、私もそれを「雪」であることを認識した。「夏なのに」とか「暑いのに」とは思わなかった。ただ、雪が降ったという事実が、私を喜ばせていたのだ。

 雪はずっと降っていた。そして私とコウちゃんは、その雪で、ひとしきり遊んだ後、それぞれの家に帰った。

「ただいまー!」

 私が家に帰ると、家の中はまるでお葬式のようになっていた。皆暗い顔をしている。皆の心の中にあるロウソクの火が、消えたようだった。
「どうしたん?」

 私は父にそう聞いた。すると父はこう答えた。
「奇病の次は、原因不明の雪……これからワシらはどうなるっちゃろう……」

 その瞬間、私は気付いた。喜んでいるのは子供だけだと。大人たちは皆、気味悪がっているのだと。奇病に続き、この雪だ。この雪が、奇病に続く何か、悪い出来事を運んでくる悪魔のように思えたのかもしれない。

 大人たちが、この雪を怖がっている間にも、世間は騒いでいた。どうやら、この雪が降ったのは、私達の街だけらしい。
 連日のように、知らない人達が、街に出入りをしていた。そして、原因は何かと調査していた。そして、その間、雪はずっと降り続けていた。降り出してから、1度も止むことなく、ずっと降り続いていた。
 一瞬にして、私達の街は、雪に覆われた。普段、雪が降らない街ということもあり、街がこんなに白くなるのを、私は見たことが無かった。その光景が、新鮮だった。同時に、恐ろしくもあった。中身が何か分からない箱を開ける時のような、恐ろしさがあったのだ。これからどうなるのか、全く分からなかった。

 そして、雪の原因を調査し始めてから何日が後に、雪に関する記事が、新聞に載った。
「原因不明の雪! 調査団は人骨と断定!」

 普段、全く新聞なんて読まなかった私でも、その記事は目に留まった。同時に、頭の中に、様々な疑問が浮かんだ。「骨と断定」とはどういうことだろう。

 同じく新聞を読んでいた父が、唇を震わせながら、教えてくれた。その姿は、何かに怯えているようだった。
「雪だと思っていたものが、人間の骨だったということらしい……」

 私も意味が分からなかった。ということは、今でも降り続いているあの白い雪は、人間の骨ということなのだろうか? なぜ空から人の骨が降るのか? 全く分からなかった。けれども、それ以上に、この異常事態が恐ろしかった。私にもようやく、父をはじめ、大人が恐れている理由が分かった。今から何が起こるのか、全く分からなかった。

 その事実が発表されてからも、人骨は降り続いた。小さい家くらいなら、埋もれるくらいになってしまった。そして、人々は高台に移動を始めた。
 
 そして、人骨が降り始めて、1ヵ月ほど経過したある日、ついに工場まで、稼働を止めざるを得なくなった。工場まで埋まってしまうくらいに、人骨が降り注いだからだ。

 工場が止まった事で、喜ぶ人はいなかった。あれほど憎んでいたのに。おそらく、街の人々にとっては、目の前の人骨の方が、恐ろしかったのだろう。街の人々は、口々に、「この街は、神に見放されたんだ」と言っていた。街が、白い悪魔に支配されている。おそらく、皆、そんな印象を受けただろう。

 そして工場が止まってから数日後、人骨がピタッと止んだ。人々は、久しぶりに見る青空に歓喜した。まるで、長い拘束から解放されたかのような、清々しい気分が、私にも、街の人々にもあった。曇りだった空が、晴れた時のような、気分だった。
 その後、私はその街で育ち、大人になった。奇病の原因が、新聞に報じられ、工場や国から謝罪があったのは、人骨が降ってから10年程経った後のことだった。
 大人になった今、人骨や奇病について考えることがある。あれは、ひょっとすると、死んでしまった人々が、工場を止める為に、骨になっても、皆を守ったのではないだろうか。私は時々、そんなことを考える。奇病の脅威や、国の圧力から、皆を守るために、立ち上がってくれたのではないだろうか。

 そう考えると、私は、少し気味の悪さを感じる反面、人の温かさも感じるのだ。

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