チョココロネを見ると胸がきゅうん、となる理由。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:小濱 江里子(ライティング・ゼミ日曜コース)
「どれにしようかなー……」
パン屋さんで、トレーとトングを持って、パンを選んでいる時間がたまらなく好きだ。シンプルなパンもいいけれど、お店が独自に作っている珍しいパンが置いてあると、どうしようもなく味わってみたくなる。今日のおなかはどんな感じかなぁ。惣菜パンもいいけれど、メロンパンもいい。ああ、ガーリックフランス……! カリッカリのフランスパンを口に入れると表面のパンがこぼれて、噛めばオリーブオイルがジュワッと滲んできて、そして口の中に広がるガーリックの香りと香ばしい味……。たまらん! だけど、明日は仕事だし、口臭い、とか思われちゃうといけないから、やめておこうか……。ああ、好きなのに。
そんな風に、口には出さないけれど、目と鼻と空気と、からだ全部で迷っていると、ある一角に目が止まってしまう。
そこにいるのは、チョココロネだ。
まるで、小さいお姫様が足をぶらぶらしながら「待ってたよー!」とでも言いたそうにまあるくて黒い目をパチパチさせながら、こっちを見ている。そんなチョココロネと、目が合ってしまった。
「あぁ……」
目が合っただけで胸がきゅうん、となる。恋しているみたいに、きゅうん、となるのだ。
パンに、恋? 嘘でしょう、と思うでしょうけど、嘘じゃない。正確に言うと、恋じゃない。巻き貝のようなフォルムにたっぷり詰まったチョコクリーム。その姿を見るだけで、たまらなく懐かしく、しあわせな記憶が蘇るのだ。
あれは小学生の頃だっただろうか。東京の大田区にあるアパートの4階で、母はよくいろんなパンを焼いてくれていた。シンプルなロールパンも好きだったけれど、私が一番好きだったのは、何と言っても、チョココロネだ。今思えば、凝り性なところがあるのだろう。パン焼き器で食パンを焼く、くらいではとどまらず、本格的に色々なパンを作ってくれていた。料理も裁縫もなんでも器用にこなす母の作ったチョココロネ。美味しくないわけがなかった。そう、私にとってチョココロネは、おふくろの味だったのだ。
最初は単に、チョココロネが好きだからだろう、と思っていた。好きだから、パン屋さんで目にしたら、たまらなく愛おしく、すぐにでも白いトレーの上にお迎えしたくなるのだろうと思っていたのだ。
だけど、どうもそれだけではなさそうなのだ。
チョココロネを目にすると、どうも、母が作ってくれていたしあわせな思い出が一緒に蘇ってくる。台所にある木目調のテーブルの上に、できたてのチョココロネが並んでいる。台所に面した窓から差し込む白い光がチョココロネを包み込んでいる。あの時のわくわくする感覚を思い出すのだ。
「ああ、懐かしいなぁ……」
コロネを見ると体の中に湧いてくるあたたかい感覚に、いつか、あのチョココロネがまた食べたい、と思うようになっていた。
そうは言っても作るのが大変そうなのは、見ているだけでわかる。それに、母が作っていたのはもう20年以上も前の話だ。生地を巻く、円錐形をした銀の型だって実家に残っているかも怪しい。何しろあれから何度も何度も引越しをしているのだから。
だけど。
母は実家で元気に暮らしている。
私も福岡で元気に暮らしている。
ならば。
言ってみるしかない。
「お母さん、チョココロネ作って」
還暦を超えた母親がいつまで元気で生きているかわからない。私だって、親より長く生きる補償なんてないのだから、いつまで元気で生きているかわからない。いつでも作れるほど簡単なものではないし、日常でよく食べる食べ物でもない。
だからこそ、もしかしたらもう二度と食べることができないかもしれない、「お母さんのチョココロネ」を食べておきたい、と思ったのだ。
「めんどくさい」
そう言いながらも、円錐形をした銀の型はまだあるらしいことがわかった。
「ポテトサラダを中に入れたりして作りよったよ」
そうなのか! それは記憶になかった。だったらそれも作って、とお願いしてみた。アトピーの子ども二人に、市販のポテトチップスは体に良くないから、とポテトチップスも手作りしてくれていた母のことだ。美味しく栄養が取れるようにと、コロネの中にポテトサラダを入れてくれていたのだろう。
おふくろの味でしあわせを感じられるのは、小さい頃に感じていたしあわせな記憶を思い出すからかもしれない。そして、ちゃんと愛されていたんだ、ということを、思い出すことができるのかもしれない。
もちろん、おふくろの味はチョココロネだけではないけれど、母も私も生きている、今だからこそ、再体験できる「愛されていた記憶」を、もう一度味わいたいと思う。
人生最後になるかもしれない、おふくろの味のチョココロネ。今度はポテトサラダも忘れないように、しっかり味わっておこうと思う。愛されていた記憶と、愛されている実感とともに。
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