その店にあった、私を元気にしてくれたもの《プロフェッショナル・ゼミ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:青木文子(プロフェッショナルゼミコース)
「おすすめのとんかつ屋さんがあるんです。そこに行きましょう」
「とんかつ、ですか?」
「えぇ、元気になるお店ですから」
元気になるお店ってなんだろう? 確かにその時の私はちょっと元気が足りなかった。ランチにとんかつってちょっとヘビーだな。でも元気になれるなら行ってみようか。そんな気持ちでついていくことにした。
11月の昼下がり。ちょうど平日のお昼の時間ももう過ぎた13時頃。日差しの中で人が行きかう街、東京有楽町。ランチを誘ってくれたその人について階段を降りていく。店の看板のデザインと通路の狭さ。70代の人がみたら「あら、懐かしい」というような、「昭和」たっぷりの地下街だ。
目指すところはこの地下街の一番奥のようだった電灯がすこし陰っていて薄暗い。地下街の一番奥のL字になっている角になっている。近づくにつれて、人が並んでいるのが目に入った。8人ほど人が並んでいる。その先にあるのは暖簾がかかった古ぼけた店構えのお店。こんなお店に人が並んでいるの? その行例は確かにそのとんかつ屋への行列だった。もう13時も過ぎているのにこんなに行列していることに驚いた。失礼ながら、パッとみて人気があるようなお店には見えない。並んでいるのはサラリーマン、学生、若いカップル。列の最後の若いカップルの後ろに並んだ。
ようやく店内に入れたのは30分も並んだあとだった。
「店内でお待ちくださいね」
声をかけられて店内にはいった。店内には待っている人用だろうか、アウトドア用の折り畳みのベンチが壁際においてあった。待合の椅子におりたたみのベンチかぁ、そう思いながら座ってみる。折り畳みのベンチは二人で座るとぎしぎしと音を立ててきしんだ。10人も座ればいっぱいのカウンターだけの店内。その壁際の折り畳みベンチで座って待っている。人が動いて目の前のカウンター席がちょうど並びで2席あいた。
座ると、店員さんから声がかかった。
「何にします?」
えっと何にしようか。壁には手書きのお品書きが並んでいる。かつ丼、とんかつ定食、カキフライ定食。カウンターの人を見ていると半分くらいの人がかつ丼を食べていた。そうだ、かつ丼にしよう。
「かつ丼お願いします」
カウンターに腰かけて店を眺めると、店員さんは4名。男性の定員さんが2名と女性の定員さんが2名。狭いカウンター内で素早く、動きまわっている。コンビネーションは抜群だ。大きな箱に山盛りのパン粉をつける人、そこからリレーしてとんかつを揚げる人。頼まれてから豚肉にパン粉をつけて揚げてくれている。その動きの後ろで半身になってすれ違いながらカウンターにお茶を鮮やかに出していく人。その動き、その正確さ。急いでいるようでいて、慌ただしくない。店内に音楽はかかっていないが、店員さんの動きが気持ちの良いリズムを刻んでいる。たぶん、半日このお店の定員さんの動きをみていろと言われればずっと見ていられそうだ。
そうしているうちにもカウンターに座っている人達の前に次々とんかつ定食やカキフライ定食が並べられていく。店の張り紙はどれも手書きの文字だ。紙が色あせているが、どれも味がある。手書きの文字の存在感というものがあると思う。その辺の明朝体やゴシックのフォントにはない空気感。座ったカウンターの目の前はちょうど油でとんかつを揚げる目の前だった。その目隠しの板に、手作りであろう板に手作りで掘られた「ヤケド注意」の文字。
「はい、お待ちどうさま」
その声と一緒に湯気が立ったかつ丼が目の前に置かれた。横にはお味噌汁とおしんこ。壁にはお味噌もおしんこも手作りです、と手書きで書かれていた。揚げられたカツは卵と煮汁で煮込まれている。サックリと脂っぽくない。ごはんにはじんわりと煮汁がしみ込んでいる。もう13時過ぎだし、昼にとんかつはちょっと重めかもしれないし、と注文の時に、ごはん半分にしてもらっていいですか、と頼んだことを後悔してしまった。
このお店にいると確かに元気になってくる。どうしてなのかな。店員さんの動き、店の雰囲気、なにが私を元気にしてくれるのだろう。人にも会うと元気になる人がいる。その人とあったり、話したり、お茶をしたりすると、それだけで元気になってくる人だ。同じようにお店にも、来ると元気になるお店がある。
ロードサイドショップというものがある。ロードサイドショップとは大通りに並んでいる、チェーン店だ。どの地方に言ってもすこし大きな都市の大通りに出ると、見慣れた看板、見慣れた店構えが並んでいる。看板にはテレビのCMでよく見るロゴ。外でマクドナルドをみつけて入ってホッとした、という話を聞くことがある。異国の地で馴染みのものをみつけるというのは安心することの一つなんだろう。
正直に言おう。ロードサイドショップにいくと疲れる感覚がある。ロードサイドショップにあるのは同じ対応、同じ商品。ロードサイドショップにいくときに求めているのはもちろん元気になることではない。だから元気にならなくても文句も言えないのだか、このとんかつ屋のようなお店にくると対比して頭に浮かんできてしまう。
有楽町のとんかつ屋でかつ丼をほおばりながら、考えた。あ。アツアツのかつ丼の合間に冷たいおしんこはちょうどいい合いの手だ。
なぜ、このとんかつ屋のカウンターに座ると元気になるのだろう。ロードサイトショップだとそうでないのだろう。
「ジリリリリン、ジリリリリン」
不意に音がした。電話のコール音だ。聞きなれたiphoneの呼び出し音ではなかった。心の奥で何かが動いた。記憶のどこか遠くで聞いた音。
ガチャ。
「はい、もしもし」
店の奥で店員さんが電話をとった。心の中で声を上げた。
「あぁ!黒電話だ!」
いまどき黒電話をまだ使っているお店があるんだ。目を丸くしてそれを眺めた。私のまなざしに構わず、店員さんたちはきびきびとコンビネーションの中動き続けている。
元気になるお店にあるものとはなんだろう。それは他に置き換えられない物語なのだ。そう思った。ロードショップにあるものは置き換えられる物語だ。私たちロードサイドショップをみることで不安になるのだ。そこに暗示されているのは私たち自身、私たちの人生自身が置き換えられても困らないということ。ひょっとして私の人生はロードサイドショップのように誰かと置き換えられても困らないのかもしれない。でもそれは違う。人生はロードサイドショップではない。誰の人生とも置き換えられない。でも時に私たちはそのことを忘れてしまう。
人が元気になるとき。そこに物語がある。物語とは人が紡いでいくもの。誰かの物語に触れていること、自分の物語を語ることの中に生きていくエネルギーの源がある。
このとんかつ屋にはいくつもの物語がある。味の沁みた美味しいかつ丼はもちろん人を元気にする。でもそれ以上にそこにあるいくつもの物語こそが人を元気にしているのだ。
「ごちそうさまでした、おいしかったです」
元気をもらった、その気持ちがこもって、つい前のめりに熱がこもった言葉になった。
「はい、行ってらっしゃい」
店員さんはいつもそう言ってるのだろう、席を立った私を言いなれた挨拶で送り出してくれた。店を出た。もう14時近く、行列は短くなっていた。行列で並ぶ人の顔をみた。あなたもこの物語に触れに来たのですか、とふと聞きたくなった。
私たちは置き換えられない物語を生きているだろうか。誰かに物差しを預けて自分をロードサイドショップにしてしまってはいないだろうか。人は物語を生きている。でも時にそのことを忘れてしまう。そんな時にどうしたらいいのだろう。そんな時は誰かの物語に触れてみることだ。置き換えられない物語に触れてみることだ。このとんかつ屋からもらった元気はそんな物語に触れたことでもらった元気だ。
昨日までの物語がどうであれ、今日、今ここから新しい物語をはじめることができる。いつかあなたの物語も、誰かを勇気づける物語になる。そのために必要なのはただ、置き換えられない物語を生きる、と決めるだけでいいのだ。
振り返るとその店の看板があった。店の名を小さな声をだして読んでみた。「あけぼの」という名の店。新しい一日がはじまるとき、空がほのぼのと明けていく時の呼び名だった。
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