たった15分で描いてもらった似顔絵が、人生を変えるかもしれない
＊この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか？賞を取れるのか？プロも通うのか？〜
記事：松尾英理子（ライティング・ゼミ平日コース）
今年もあと2週間となった日曜日の朝。私は娘と一緒に浅草に向かっていた。その日から浅草寺で3日間開催される歳の市、通称「羽子板市」に行くためだ。買った羽子板を見せると、日本最古の遊園地「花やしき」の入園無料になることを知った娘にせがまれたのがきっかけだったが、実は私自身が浅草でお礼参りをしたかったので、娘の誘いに乗った。
ちょうど11年前の12月の今頃だった。私は浅草のどじょう料理屋で開かれる職場の仲間との忘年会の前に、浅草寺に向かった。その当時の私には長年どうにも叶えられないことがあった。それは子どもを持つということ。ちょうど結婚して10年。もうすぐ40歳。5年以上不妊治療をしていたが、何をしても糸口が見つからず、焦りも募っていた。年明けに高度治療に挑戦することが決まっていて本当に苦しい毎日だった。そんな時に訪れた浅草寺。日本一凶が出る確率の高い浅草寺のおみくじで願掛けをしようと思い、勇気を出して引いた結果は大吉。そこには、願いは必ず叶うでしょうと書いてあった。あの大吉には、どれだけ励まされたか分からない。そして翌年、娘を授かることができた。本当に長いトンネルを抜けて巡り会えた娘。その娘が10歳になった。
地下鉄の浅草駅から地上に上がると、雷門までの歩道は大渋滞。浅草寺に続く仲見世通りも、人、人、人。全然前に進まない。イラついて一本横道にずれて渋滞を回避すると、すぐに目の前に「爆笑似顔絵商店」の看板が見えた。トランプ大統領やマツコ・デラックスなど、著名人有名人の奇抜なイラストがたくさん貼り付けられた店内に目が釘付けになる。
「面白い似顔絵、いかがでしょうか～？ 今なら待ち時間なしでダイジョブですよ～」
店名にふさわしい笑顔全開のお姉さんに声をかけられる。娘が描いてもらいたいと言う。
似顔絵ねえ。そういえば、似顔絵なんて描いてもらったことないなあ。
人生初の似顔絵体験も悪くないか。
お姉さんの促しで担当の絵描きさんの前に座ると、すぐに担当のYさんのマシンガントークショーが始まった。似顔絵が大好きで、小さい頃、テストの解答用紙に先生の似顔絵を描いて提出して先生に激怒されたこと、居酒屋で酔って隣のお客さんの似顔絵をタダで描いてしまい、その似顔絵がネットで拡散され上司に怒られたこと。僕の人生、怒られてばっかり、と明るく語るＹさんがなんとも愉快で、私も気がついたらお酒の失敗談を得意げにいくつも話していた。話は次第に娘の人生相談になっていた。Yさんに、学校どう？ と聞かれた娘は「楽しいこともあるけど、嫌なこともたくさんある。辛いことを思い出して家で泣いたりもする」と話した。
「そうだよね。そういう時はお酒飲んで忘れちゃう？ 」と言って娘を笑わせた後、Ｙさんは言った。「小学校の時って、例えばちょっと無視されたとかで全部気になっちゃうものだよね。でもさ、中学2年生くらいから、だんだん気にならなくなるよ。だいたい、いちいちそんなの気にしていたらバカらしいよ。僕もね、呼び込みしていると100人中90人は無視するよ。最初はしょげたけど、気にならなくなっちゃった。逆に振り向いてくれたりお店に入ってくれたりした時がすごくうれしくなっちゃってね。今は毎日嫌なことひとつもないよ」
Ｙさんの徹底したポジティブ・シンキングな話に、娘は満面の笑顔になっていた。
「はい、似顔絵できましたよー」
Yさんに見せてもらった似顔絵に驚く。2人の特徴を捉えていて、かなり笑える。しかも楽しく15分ぶっ続けで話していたのだから、いつの間に描いていたの？ と思えるほど。これはマジックだ。話していたら描くことに集中できなくないの？ と聞いたら、会話することで表情がよく見えるからできるだけしゃべるようにしている、と言う。そうか、話しながら、表情を読み取っていたのか。
お店を出た後、絵を見て驚いた。絵の中の私の目はキラキラしていた。現実の私とはだいぶ違う。最近、現状に不満を持つ私の目は、時々死んだ魚のようになっていた。
幸せじゃないですか。ずっと出会いたかった娘さんとこうやって仲良く浅草を訪れているのだから、もっとキラキラしましょう！ というＹさんからのメッセージかもしれない。たった15分で描いてもらった似顔絵が、私の人生を変えるかもしれない。
娘よ、私を浅草に導いてくれてありがとう。そして、私の娘に生まれてくれてありがとう。
