ライティング・ゼミは、強敵を倒す強力な武器だった。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:りんごまる(ライティング・ゼミ 平日コース)
「何度同じ事を言わせるんだ! こんなに毎回言っているのに、どうしてお前たちはわからないんだ!」
このクライアントとの打ち合わせは、いつも戦いである。もうかれこれ5年。だいぶ年季も入ってきて、これじゃあ怒られるだろう、ということは回避できるようになってきていたはずだった。
しかし、やっぱり今日も怒られる。ここには打ち合わせではなく、怒られに来ているのではないかと勘違いするほど、次から次へと怒涛のように「これはこうじゃない!」「ここもこんなんじゃダメだ! やり直して来い!」とまくしたてられる。
この人は本当にすごいなぁと思うのは、いつでもとにかくエネルギーが強いこと。打ち合わせの徹頭徹尾この調子なんだから、怒られている方よりよっぽど疲れるに違いない。
そんなことをぼんやりと思っているからだろう、「ちゃんとわかっているのか!」と飛んでくる。『わかっていれば、こんなに苦労はしません……』とのどまででかかった言葉を、なんとか押し込めて頭を下げる。
「今日も、予想通りでしたね……」
地獄のような2時間がようやく終わり、電車の中で同席していたデザイナーとため息をつく。
「何がどう違うって、具体的に言ってくれればいいんですけどね」
「そうそう。違う! だけじゃなくてね。きっとあの人には完成形が見えているはずなのに、それを教えてくれないんだよね。まったく……」
今日は金曜日。そして時刻は17時。ここから会社に戻るには約1時間半かかる。しかし、次回の提出は月曜日。四の五の言っている場合ではなく、どうにかしてあの強大な敵を攻略するためのパンフレットを作らなければならない。『もしもそれができなかったら……』ということすら、考えている余裕はない。ただただ、やるしかないのだ。
「問題は、構成にあると思うんです」
会社に戻り、席に腰を落ち着けたのも束の間、デザイナーが私に話しかけてきた。
「あの人は、WEBサイトの広告をしたがっているんですよ。このパンフレットを読ませたいんじゃなくて、今自分が力を入れて作らせているWEBサイトのことを、とにかく押したいんですよ、きっと」
私はハッとした。
このパンフレットを渡された人は、このパンフレットを見ることが当たり前で、だからこそ、このパンフレットに対する説明が必要だと思っていた。加えれば、このパンフレットを読んでくれる人に対して、クライアント企業についても詳しく説明する必要があると思っていた。
でも、あの強大な敵が言わんとしていたのは、パンフレットを持った人に‘次にどんな行動をして欲しいか’ということだったのだ。
そう考えれば、言われたことのつじつまが色々と合ってくる。
「企業の紹介なんていらない」
「WEBをもっと前面に出さないと、読んでる人がわからないだろうが」
「どうしてこんな説明で、人がWEBに興味を持つと思っているんだ」
パンフレットとしての体裁ばかりを考えていたからこそ、クライアントの考えに追いついていなかったのだ。そしてそれは、この企業にとって『もっとWEBサイトを知らしめていくべき』と、方針に掲げていたこと、そのものでもあった。
確かに、間違っていたのは私達の方だった。
「これであの人が言っていた紙面にできる!」
「ですね! ここまで来ればあと一歩です!」
少しホッとしながら、私は机に向かった。ノートにペンと定規で四角い枠を書き、紙面の構成をどんどん書き込んでいく。今までになくスイスイとペンが進んでいくのが恐ろしいくらいだ。
「……あれ? でも待てよ? あ、これって……」
一旦集中し始めると、ぶつぶつとつぶやき出すのは私の癖だが、それがどうやら、いつもより声が大きかったらしい。
「先輩? どうかしたんですか?」
向かいの席からデザイナーに声をかけられ、正気に戻った。
「あの人、言葉をもっと短く、わかりやすくって言ってたよね? もうさ、十分わかりやすいようにしてるつもりなんだけど……」
「それなら、今のままでもいいんじゃないですか? 俺もわかりやすいと思いますけど」
そうか……。と思いながら、文章の制作にも取り掛かる。でも、どう当てはめてもしっくりこない。午前0時を指す時計の盤面と、あの鬼の形相がかぶって見えて、その先にどうにも進めなくなってしまった。
『今回こそは、万事休す……。きっと他の業者にしろって言って、私達はお払い箱なんだろうな……』と、そう思った矢先だった。
窓がふっと白くなり、ホワイトボードがぼんやりと映った気がした。
……そうか! ABCユニット! それから、平易にすること!
このパンフレットを読んでいる人に‘どうして欲しいか’、という目的はすでに決まっている。だからあとは、それを理解してもらえるようにユニットを整理していけばいいんだ!
『このライティング・ゼミを受けていて本当によかった』と、心の底から感謝した。逆に、こんなにも早く実感できるとは思っていなかったのだが、あの講義で教わっていることは、強大な敵だろうが、すべてに通用するのだろうと、実感を持って理解した瞬間だった。
「なんでお前たちは、これをもっと早く作ってこなかったんだ!」
運命の月曜日。
私達は、案の定また怒られた。でもこうやって怒られたのは初めてで、素直に喜ぶべきかはわからなかったが、やっと真っ暗なトンネルから抜け出せたことに心から安堵した。
正直に言えば、講義で教わっていることをモノにできている、とは言い難い。でも、ライティング・ゼミで学ばせてもらっていることは、私にとって大きな武器になり、間違いなく宝物になる。
まだまだ時間はかかるが、教えてもらうことのすべてを自分のモノにしていきたい。そう強く決意した出来事だった。
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