プロフェッショナル・ゼミ

MOTTAINAIとおばちゃんへの進化論について《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:bifumi(プロフェッショナル・ゼミ)

「あなた今日の午後何か用事はあるの?」
母の鋭い声がスマホの向こうから聞こえてくる。
私は、バッグの中から手帳をとりだし、今日の予定を素早く確認。
見たところ、午後からは何も用事は入っていない。
けれど、こういう聞き方をする時の母には注意が必要だ。
きっと、例のお誘いに違いない。
長年娘をやってきた野生の勘、いや娘の勘が働いた。

母は、茶道の講師をしている。
講師の娘がお茶の1つも点てられないなんてこんな恥ずかしいことはないと、いつの頃からか、私もお茶の稽古に付き合わされるようになった。

ただ困ったことに、何度も何度も同じ動作を繰り返す茶道というものに、私はどうしても馴染めない。
どう逆立ちしても好きとか、楽しいという境地にはなれないのだ。
一度稽古が始まれば、最低でも2、3時間はかかる。
さらに覚えることが、月単位でかわるなんて、非合理にもほどがある。
親子で1つの事を教えあうというのは、甘えもでるせいか、なかなか難しい。
だから最近は、母から稽古の誘いの電話があっても、仕事が忙しいだのなんだのと言っては、すっかりさぼる癖がついてしまった。

この電話もきっと、そのたぐいだろうと推測し、予定がないことをすぐに母には伝えず
「で、何の用事?」とまずは用件を聞いてみた。

すると、母は嬉々としていう。
「お友達からバザーの券をもらったの!
私も前から楽しみにしてて、すごく行きたかったんだけど、用事があることをすっかり忘れててね。
3枚も券をもらったから、誰もいかないなんてもったいないでしょう。
この1週間、いろんな人に行かないかって聞いたんだけど、みんな習い事だとかいろいろ用事があって無理だったの。
だから、ダメもとであなたに電話してみたのよ」
母がとても残念がっている様子が、スマホ向こうからも伝わってくる。

「はあ? バザー? ・・・・・・。
バザーに行けないくらいでなにをそんなに残念がってるの?
そもそもお母さん、不用品バザーなんかに興味あった?」
こんなことくらいで朝っぱらから電話をかけてくる母に、ちょっとイラついた。

「それがね、お友達が所属してる女性経営者ばかりの集まりがあってね、
そこ主催で年に一度、デパートで大規模なチャリティーバザーをやるのよ。
ブランドものもたくさんでるし、とにかく安くてお得ってお友達からきいてたの。
今年はその友達がいけなくなったから、かわりにどうぞって入場券を3枚ももらったの。
私も先約が入ってて、もう変更できないし。
だからあなた、私の代わりに行って、中の様子をみてきてくれないかしら。
ブランド品が、たったの100円とか200円とかで出品されてるんですってよ!
あなたもそういうの好きでしょ!」

・・・・・・。

うーん、そうでもない。
自分が興味あるものは、娘も絶対興味あるに違いないと思うのは、そろそろやめにしてほしい。
そもそもバザーに出品されるものって、誰かの不用品だ。
人がいらないものは、私もいらないんだけどな。

はっきりそう言いたかったけれど、
これまでバザーになんて興味をみせたこともなかった母が、代わりに私を行かせようとするくらいだから、よほど楽しみにしていたのだろう。
とりあえず行って、どんな様子でどんなものがあったのかを知らせれば、母の気持ちも少しは収まるかもしれない。
お茶の稽古をなんだかんだいってさぼり、母の思惑通りにいかない親不孝娘のせめてもの罪滅ぼしだ。

「わかった、いいよ。
特に用事もないし、代わりに行って見てくるよ」と母に伝えた。

「そう! 行ってくれるの。よかった!
いい物買ってきなさいね! 終わったらどんな様子だったか教えてちょうだい」と、念押しされた。

あれ? 
ちょっと待って。
母は、安いバザー品を欲しがるようなそんな人だったっけ?

私が幼い頃から、母は働いていた。
今でこそ共働きなんて当たり前だけれど、当時はまだ少数派だった。
子供をほったらかしてまで金儲けに励んでいるとか、子供がいつも留守番させられて可哀想だとか、ずいぶん近所や親戚、外野から非難の声を浴びたらしい。
けれどそんな声も「ふん!」と跳ね飛ばし、母はきっちり定年まで勤め上げた。
退職後は、在職中に習っていたお茶の免許を皆伝し、現在は茶道の講師をしている。
私にとって母は、生涯現役のキャリアウーマンの見本だ。
在職中は、近所の人達が繰り広げる井戸端会議などには目もくれず、一歩引いた目で、いつも単独行動をしていた。
もちろん仲の良い友達もいたけれど、お互い独立しながらつかず離れずの付き合いをしていた。
母は質実剛健、安かろう悪かろうものには一切近づかない、昔からそんなタイプの人だと記憶している。
そういう母の後姿を子供心にカッコいいと思って育ってきた。

それなのに今回のバザーについて母の口から聞こえてくるのは、ブランド品がたくさんでているだとか、100円とか200円ばかりで安いだとか、そんな言葉ばかり。
この人、一体どうしてしまったんだろう?

不思議に思いながら、とりあえず母からバザーの券を預かり、私は会場のデパートに向かった。
イベント会場に到着すると、目の前には、既に長蛇の列ができている。
皆このバザーに並々ならぬ情熱をかけていることが伺える。
私も慌てて受付をすませ、列の最後尾に並んだ。

見渡すと、母世代のオバサマ率が異常に高い。
列に並んでいる人達を見るともなしに見ていると、なぜこんなに列が長いのか理由がすぐわかった。
オバサマ達は、後ろに人が何人並んでいようがお構いなく、友達をみつけると「お待たせー!」の一言で、当たり前のように列に割り込んでくる。
それがあっちでもこっちでもやるから、列が長くなるのも当然だ。
既に私の前にも2人割り込んできた。
あまりに鮮やかで自然な割り込み方に、思わず二度見する。
今度は簡単に割り込まれないように、前の人との間を詰めた。
にも関わらず、またもや遅れてきた人が、スッと私の前に入りこんできた。
さすがに頭にきたので咳払いし、横から入ってきた人をキッと睨みつけた。
だた、そんなものオバサマ達にとっては、蚊に刺された程度、痛くも痒くもないようで、
ちらっとこちらを一瞥すると、何事もなかったように、今日は何が目当てだとか、最近の芸能人の不倫はすごいとか、これまた大きな声でワイワイと話し始めた。
真性オバサマ達にはとても敵わない。
私もいずれは、こういう図々しさを身に付けていくのだろうかと、未来の自分を想像しながら、思わず身震いした。

列も徐々に進み、やっと私が会場に入れる番がやってきた。
中は既に熱気で溢れている。
眼鏡なんてかけていたら、一瞬で曇りそうだ。
あちこちで、これいいわね、あらそれも素敵、と黄色い声が飛び交っている。
バザーなんて興味ないはずだったのに、一旦会場を見てしまうと、熱気にあてられ興奮してしまうから不思議だ。
大きく深呼吸をし、臨戦態勢を整え会場内に踏み込んだ。
出遅れたものだから、すでにあらゆるブースのものがめちゃくちゃにひっくり返されている。
あるブースには既に商品はなく、そのまわりで、たくさんの品物を抱えたオバサマ達が、
床に座りこんで、商品の品定めをしている。
必要なものだけ手に取ればいいのにと、その姿を横目にあきれかえる私。
バザー会場とはさながら戦場だ。
うっかりしていると、自分が手にしたものも引ったくられ持っていかれる。
油断も隙もあったものじゃない。
大量の紙袋を下げている人を見ると、何を買ったのかがすごく気になるし、
人だかりができている商品もつい見に行きたくなる。
でも、人が多くてその山にすら近づけない。
うっかりしていると、オバサマ達にドスドスぶつかられ、簡単に押し出されてしまう。
オバサマ達の発する物欲のエネルギーで会場の温度が一気に5度くらい上昇している。
コートの中はじっとりと汗ばんできた。
皆、商品を品定めする眼はするどく、本気モードだ。
「もうちょっと負けてよー」と値切る声も大きく、売る方も買う方も、とにかく元気がいい。
日本の元気はこの方達の消費と元気に支えられているのではないかとすら思えてくる。

私はというと、こういう場が慣れていないせいか、
熱気にあてられ、中にいるだけでぐったり疲れてしまった。
目的のない買い物ほど疲れるものはない。
会場を一通り見て回ったけれど、めぼしいものは見当たらなかった。
ブランドものなんて何1つなく、あるのは石鹸セットや、タオルセット、鍋セット、絶対使わないだろう食器のセットばかり。
でも、それらが飛ぶように売れていく。
実家には、贈答品でもらった使わないモノの山が、パズルのように押入れにギッシリと詰めこまれている。
オバサマ世代のどの家でもきっと同じような状態であることくらい、容易に想像できる。
これ以上使わないモノを家に持ち帰ってもしょうがないだろうに、と忠告したくなるくらい、彼女達の買いっぷりは凄まじかった。

ぐったりしながら、私は一人手ぶらで会場を後にした。
会場をでた先でも、オバサマ達は購入したものを袋からだし、戦利品自慢を廊下で繰り広げていた。
手持無沙汰なので、デパ地下に寄り、美味しいと評判のアップルパイを購入、駐車券をもらってとぼとぼと帰路についた。

実家に寄り、見たままのバザーの様子を母に報告。
「たいしたものなんて何もなかったよ。
それよりもまあ、おばさま達の熱気のすごいこと。
絶対使わないだろう食器セットや、タオルセットをバンバン買ってた。
同じようなもの、もう既にたくさん持ってるだろうにね」と私が呆れ顔でいうと、

「それは、あなたにとっての欲しい物がなかっただけでしょ。
タオルセットだって、入院する時に絶対に必要になるに決まってるわよ。
自分の目でやっぱり確かめたかったわー。
来年は絶対に私、参加するから」
と妙に意気込む母。
この人、私の話の何を聞いていたのだろう? 

人は歳を重ねるほどに、どんどん子供に帰っていくという。
会場にいたご婦人たちはたいそう元気で、目を輝かせ、お友達とバザー品の品定めをキャッキャッと声をあげて楽しんでいた。
交わす会話の声も大きく、たわいもない話を永遠と繰り返している。
さながら女子高のようなノリだ。

ある程度の年齢になると、子供も巣立ち、夫に先立たれ一人身になる人が増えてくる。
その後、女は既婚・未婚問わず、女のコミュニティーの中に戻ってくる。
特に夫と離別した人は、一人身の淋しさなど微塵もみせず、コミュニティーの中で元気いっぱい、楽しそうにしている人が多い。
こういう人は、夫という一番のストレスがなくなった分、息を吹き返したように元気づき、長生きするそうだ。
これが逆だと、なんとも悲惨なことになる。
妻に先立たれた夫は、一人残され家事もできず、コミュニティーに入り込む習慣もないので、妻を亡くした悲しみに浸ったまま、枯れながら生きていく。
枯れながら死んでいくと言った方が近いのかもしれない。

女というのは、つくづく逞しい生き物だ。

母も定年まで仕事を勤め上げ、今は退職後の人生を謳歌している。
旅行も食事会も気の合う友達といっている。
父と一緒に行くことはほとんどない。

母は退職してから、それまで付き合いのなかった、ご近所との交流も増えた。
それと同時に今まで母から聞いたこともなかったような、ゴシップ話や、どこそこのお嫁さんの悪口を聞くようにもなった。
時々母の世界がとても狭くなったようで、寂しく感じることもあるが、
それはきっと、母にとってコミュニティーで生きぬくための術なのだろう。

鮭が生まれた川から海に出て、荒波にもまれ、故郷の川に戻ってくるように、
女は結婚や子育て、退職、離別と様々な世間の荒波を越え、
女のコミュニティーの中に居場所を求め戻ってくる。

鮭の遡上と女の遡上。
女はいくつになっても、女同士でわいわいガヤガヤと集まることが好きだ。
女が集まれば、人の悪口や噂話に花が咲く。
これこそが、元気の源なのかもしれない。

母がだんだんオバサン化していったのも、
コミュニティーで生活していくための社会性を身に付けただけなのかもしれない。
近所の噂話や、ゴシップ話も大切なコミュニケーション手段なのだろう。

「生き残る種とは、最も強い物ではない。
最も知的なものでもない。
それは、変化に最もよく適応したものである」
と、種の進化論でダーウィンも説いている。
どんどんオバチャン化することが、母にとって長く元気に生き残るための、適応した姿なのだ。

平日の午後、母の最近の愚痴(ご近所や習い事に関するあれこれ)やバザーの様子を話しながら、デパ地下で買ったアップルパイを食べ、ゆっくりと2人でお茶を飲む。
こういう時間を持つのも、たまにはいいものだ。

帰り際、母から預かったバザー券の残りを返そうと、ふと券に書いてある数字に目がとまった。
1枚200円。

・・・・・・。

人は得をするよりも、損をしたくないという思いの方が強いという。
母は、200円×3枚=600円を無駄にするのが惜しくて惜しくて(しかも自分で買ったわけではなく、もらったものなのに)必死でこの券を使ってくれる人を1週間もの間探していた。
そして、最終的に白羽の矢が当たったのが私だ。

お茶の道具や着物には、この何百倍、何千倍もの金額を平気で出すくせに、
600円の損失が惜しくて、
朝っぱらから私に電話をしてき、不用品のバザーに行ってこいという。

あああーーーーーー!!
これこそまさにMOTTAINAI!!!
デパートに行くにもガソリン代がかかった。
バザーで買う物がなかったから、駐車場代のためにアップルパイを買った。
600円<アップルパイ+ガソリン代!!!
私にとって今年一番のMOTTAIMAI案件だ。

コミュニティーに適応した進化とはいえ、
母のこのMOTTAINAI精神と、オバチャン化には、
時々首をかしげてしまう。

ただ、母がいつまでも元気で逞しく生きていてくれることは、私にとって何よりもありがたいことに違いない。
あと何度、こういうことに付き合わされるのだろうと考えた時に、変化に適応しなければいけないのは、もしかしたら私の方なのではないかと、私のオバチャン化過渡期をヒシヒシと感じずにはいられないのだ。

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