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プロフェッショナル・ゼミ

花畑の街にお引っ越し《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:西部直樹(プロフェッショナル・ゼミ)

※記事はフィクションです。

鳥のさえずりが聞こえてきた。
スズメだ。朝なんだな。もうそんな時間か。
布団の中で、朝の気配を感じる。
目は閉じたままだ。
包丁がまな板にあたる音が小さく聞こえてくる。
朝食の準備をしているのだ。
味噌汁の匂いと焼き魚なのだろうか、焦げた匂いが漂ってくる。
そろそろ起きなくてはいけない。
でももう少し、もう少しこのまままどろんでいたい。

「ねぇ、起きて」
起こされた。布団の上から軽く叩かれる。
目を開け、布団から顔を出す。
女の人がいた。なぜ、僕の部屋に若い女性がいるのだ。
あ、美紗都か。
「朝ご飯ができてるわよ」
美紗都だな、とぼんやりと眺めていたら、身体を揺すぶられた。
「なによ、もう朝、だいぶ前から朝よ。きょうはあの街に行って物件を見にいくんでしょう。早くして」
ああ、そうか、そうだった。

食卓には、小さなトーストと3個目玉の目玉焼き、ミートスープがあった。
味噌汁と焼き魚はどこへ行ったのだろう。
いや、美紗都と結婚してから味噌汁と焼き魚の朝ご飯はなかった。高校生の頃から、朝はトーストとコーヒーにしていたのだから。結婚して変わったのは、コーヒーの前にスープが出るようになったくらいだ。
あれは、夢だったのか。
匂いを感じた夢ははじめてだ。

電車を乗り継いで、花畑の街にやってきた。
空き家が全国で目立ちはじめたころのこと。国は土地の権利放棄認定の期間を定め、自治体は権利放棄認定までの間、公共に資するためなら、空き家の土地を地主に断ることなく使用できるという条例を定めた。
この市では、空き家の土地に花を植え、花畑の街とすることにした。
あばら屋が建っていたり、雑草に覆われた空き地があったり、そんなことよりもいいだろうということだ。
権利放棄された空き家は、市が競売にかける。
元々はただで手に入れた土地だ。
競売だけれど、若い僕たちでも手に入れることができる価格だ。
そのような物件を見て回ることにしていた。

美紗都は幾分はしゃぎながら、そして慎重に歩いていた。
彼女のお腹の中には、もう一つの命が宿っていた。
子どもができたら、今の1DKのアパートはちょっと手狭だ。
安く土地が手に入れば、建物は両方の親の援助と、会社からのローンで何とかなるだろう。
最近、僕は少し昇進をし、給与に少し余裕が出てきた。
この街なら、会社までは乗り換えなしで行ける。

駅から数分、住宅街を歩くと驚くほどたくさんの花畑があった。
それほどの空き家があるのだ。
花畑は駅に近いほど多く、駅から遠くなると減っていった。
街は駅を中心に発展し、徐々に遠くに人が住むようになっていったのだろう。
最初の住民たちの家が、主のいない空き家になっていったのだ。
僕たちは、花畑を見て回った。
花畑の花は、畑ごとに違っていた。季節ごとの花がさまざまに楽しめる。
花畑の花は、原価と思われるような値段で買うことができた。
花を楽しんだり、買ったりする人たちに混じって、僕たちのような土地の下見に来る人たちもいた。
下見の人たちは、薄緑の紙を持っているから、すぐにわかる。
薄緑の紙には、市役所が出している競売物件情報が載っているのだ。
僕たちは、競売物件をひとつひとつ見ていった。
花畑は、花畑だけのところもあれば、朽ちかけた古屋が残っている所もあった。
古屋が残っている所は、幾分安い。古屋の解体費用は、土地を取得したものが負担するらしい。

「ねえ、ここは駅からも近いし、広いしいねえ」
美紗都が花を眺めながら、手を広げる。
駅から近くて、広い土地は、それなりの最低入札価格になっているし、競争率も高そうだ。
幾人もが、薄緑の紙になにかを書き込んでいる。
僕たちは、徐々に駅から離れていった。
花畑も少なくなった住宅街で、小さな喫茶店を見つけた。
いささか歩き疲れた僕たちは、喫茶店で一休みすることにした。
古くからやっている個人経営の喫茶店のようだ。
窓際の席に座り、薄緑の紙を眺めながら、みてきた土地の話をした。
「駅前は広くてよかったね」
「でも、高いし、建ぺい率が……」
「あのスーパーの隣は」
「便利そうだよね」
妻は、子どもと新しい家に暮らせると、夢を膨らませている。だからなにを話していても笑顔だ。
僕たちの話を聞いていたのか、白髪のマスターが話しかけてきてくれた。
「土地を探しているのかな。ここら辺は比較的新しい人が多いから、あまり空き地はないんだけどね。この斜め向かいの土地も、売られているんですよ。家は立派だし、塀が高いからあまり気がつく人はいないけど」
窓の外を見ると、塀で囲まれた家が見えた。
立派な日本家屋だ。
廃屋には見えない。
僕たちは、その塀に囲まれた花畑を見ることにした。
花畑になっているのだけれど、塀に囲まれているので、気がつかなかった。
駅から遠く、薄緑の紙の簡略な地図では、わからないかもしれない。
塀の中は、静かだった。
コの字に建屋がありり、中庭がささやかな花畑になっていた。
家屋は雨戸が閉められている。
土地は広い、家も大きい。どうしてこれが空き家になってしまったのだろう。
家は、古びているけれど、外観からは朽ちている様子は見られない。
最低入札価格は、最低だ。
他のどの土地よりも安い。
家が大きいだけに、その分解体撤去費用もかかるということだろうか。
もしかすると、事故物件?
僕たちは大きさに圧倒され、家屋の立派さに恐れをなした。
「もし、事故物件だったら、どうする?」
美紗都は、残念そうに聞いてくる。
何かの事件があったなら、住むのは躊躇われる。
「あの喫茶店で聞いてみようか。古くからいる人みたいだったし」
僕たちはもう一度、喫茶店に入った。
事情を話すと、喜んでといってマスターは話をしてくれた。
「あの家は、事故とかじゃなくて、夜逃げだね。20年も前かな、ある日、気がつくと誰もいなくなっていたんだ。何かの会社の社長をしていたらしいけど、傾いて、それで……」
「そうそう、小学生の坊やと中学生のお姉ちゃんがいたんだけどね」わたしたちの話を聞いていた、白髪の女性が割り込んできた。
「なんか、事件とかなかったんですか」
小声で尋ねる美紗都の眉間に皺が寄っていた。
「事件といえば、事件ね。夜逃げだから」女性は愉快そうだ。
「だって、ものの見事よ、四人が跡形もなく逃げたんだから」
それから、マスターと女性とで近所の噂話になっていった。
僕たちはうなずき合った。

鳥のさえずりが聞こえてきた。
スズメだ。
布団の中で、朝の気配を感じる。
包丁がまな板にあたる音が聞こえてくる。
朝食の準備をしているのだ。
味噌汁の匂いと焼き魚匂いが漂ってくる。
この間、みた夢だ。
夢の中で目が覚めようとしている。
階段を駆ける軽い跫音が聞こえてくる。
夢の中で目を覚ますとどうなるのかな。

「ねえ、起きて、遅刻しちゃうよ」
意識がはっきりした。
美紗都の声だ。
よかった。夢の中で目が覚めなくて。
ホッとしながら、布団から顔を出した。

僕たちは、あの物件、塀で囲まれた広い家付きの土地を購入しようと思っていた。
「更地を買って、家を建てるのもいいけど、ローンがね」
「ある家を少しリフォームして住んだ方が安上がりだよね」
と、話し合ったのだ。
土地をみてから一週間後、家の中にも市の職員立ち会いで中に入れることになった。
「そんなにボロボロになってないといいけどね」
美紗都はちょっと心配性だ。

市の職員の人と一緒に入った家の中は、昨日まで人がいたような感じがした。
「競売物件になったとき、家の中を少し整理したんですよ。台所にはレンジに鍋がのったままでしたからね。20年も経つのに、誰も尋ねてこなかったんですね」
市役所の職員の人は、控えめに話をしてくれた。
家の中は、ちりが積もっていた。
このちりを掃除して、水回りと電気を取り替えれば大丈夫かな。
僕は算段を考える。
美紗都は、部屋をめぐりながら、「ここは、息子のプレイルームにしよう」「わたしの部屋にしてもいいなあ」と、はしゃいでいる。
まだ落札もしていないのに。
家は中央に玄関と客間らしきものと居間がある。左手に台所などの水回りがある。右手の建物は、夫婦の寝室だろうか、いくつかの部屋と床の間がある部屋も。2階は子どもたちの部屋だったのか。勉強机の上には、朽ち果てた教科書が立てかけてあった。
僕は今朝みた夢を思い出していた。
階段から聞こえてきた軽めの跫音は、子どものものだったのかもしれない。
いや、でも家の中を見たのは今日がはじめただ。夢に見ることはできないだろう。

それから数日後、競売の入札があった。
僕たちはあの家、いや土地に札を入れた。最低価格から少し上乗せした価格を書き込んで。

スズメのさえずりが聞こえてきた。
布団の中で、朝の気配を感じる。
包丁がまな板にあたる音が聞こえてくる。
朝食の準備をしているのだ。
味噌汁の匂いと焼き魚匂いが漂ってくる。
階段を駆け降りる軽い跫音が聞こえてくる。
あの夢だ。僕は夢の中で夢だと気がついた。
「カズコ、カツトシ、早くいらっしゃい、朝ご飯よ」
女性の声が聞こえてきた。
カズコにカツトシ、そして女性の声、三人いる。
夢だ。目を覚まさなくては。
「なんだ!」
太い男性の声が聞こえてきた。
目を覚まさなくては。

「起きてよ、遅れちゃうよ」
美紗都の声だ。
ホッとした。
勢いよく身体を起こす。

狙い通り、あの土地を落札することができた。
市役所で手続きを済ませる。
担当者から、
「念のためですが、二十年も帰ってきていないので、ないとは思いますが、万が一関係者という方があらわれた場合は、市役所にご連絡下さい」
といって、元所有者の住民票の写しを渡された。
住民票を一瞥する。
世帯主は、皆本勝夫、妻が洋子、長女一子、長男勝利となっていた。
「万が一がないといいね」と美紗都がいう。
僕もうなずく。
受け取った書類をリュックに入れ、自分たちのもになった土地に向かう。

「ねえ、子どもと一緒に新しい、古いけど、広い家に住めるんだね」
美紗都の目が潤んでいる。

自分たちのものになった家で、工務店などの人たちと清掃とリフォームの打ち合わせをする。
簡単なものだけれど、それでも一ヶ月はかかる。
お腹の目立ちはじめた美紗都は、実家に帰って出産をすることになっている。
新しい家には、僕が一人で引っ越しをし、数ヶ月は一人住まいだ。
久しぶりの独身生活が、美紗都には悪いけど、ちょっと楽しみだ。

スズメのさえずりが聞こえてきた。
布団の中で、朝の気配を感じる。
包丁がまな板にあたる音が聞こえてくる。
味噌汁の匂いと焼き魚匂いが漂ってくる。
階段を駆け降りる軽い跫音が聞こえてくる。
「一子、勝利、早くいらっしゃい、朝ご飯よ」
女性の声が聞こえてきた。
そして、
「なんだ!」太い男性の声が聞こえてきた。
これは夢だ。
いつもみる夢だ。
目を覚まさなくては。
女性の短い悲鳴が聞こえてきた。

美紗都、起こしてくれ。

重い跫音が聞こえてくる。
家が震える。
布団の中にはいられない。
そうだ、夢の中だ。
目が覚めれば、何でもないんだ。
布団から出てみる。
あの家だ。僕たちの家だ。
いや、違う。
畳を替えたはずだ。
布団の下の畳は、古びていた。
廊下の物音はさらに大きくなった。
「一子、勝利、こっちだ」太い声がする。
再び、女性の短い悲鳴がした。
廊下を走る音がする。
目の前の障子を開けた。
いがぐり頭の男の子とお下げ髪の女の子が部屋の中に飛び込んできた。
二人が僕をみて、「誰!」と声を上げる。
さらに、スーツ姿の男性も走り込んでくる。
彼も僕をみて「なんだ!」言って、走ってきた方を振り返る。
夢の中の僕がどうして見えるのだ?

美紗都、起こしてくれ!
美紗都の声が聞こえてこない。
……美紗都は、実家にいるんだった。

そして、僕も彼らが走ってきた方を振り返る。
そこには……

***

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