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メディアグランプリ

「山猫横丁」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:青木文子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
運命って決まっているのだろうか。決まっているのなら誰か教えてくれないだろうか。心の中にいつもそんな呟きが繰り返されるようになったのはいつのころからだろうか。
 
今日も職場を出たのは9時過ぎだった。帰路についた人たちが行きかう駅前。希子がいつも帰り道に寄る書店、雑誌売り場の前。女性誌の表紙には「あなたの運勢」そんな文字が躍っている。横目で見ながらつい手に取ってみる。さそり座、一白水星、数秘術の11。さそり座の女性なんて山のようにいるだろうと思いながら、うらないの自分のページをめくるのもいつものことだ。
 
希子が大学を卒業してから5年。大学時代からつきあっていた彼とは最近別れた。
「おまえも仕事がんばれよ」それが彼の最後の言葉だった。
別れ話でもめたわけでもない。それぞれの熱量が仕事へ向けられた分、なんとなく関係が消滅しただけ。川が流れていくように、そして時に川が二つにわかれていくように自然に分かれただけ。会社ではプロジェクトの責任者にも抜擢されるようになった。一人暮らしの毎日は仕事を中心に回っていた。仕事は楽しい。人生のどん底ではない。でもその先の道筋が見えない感覚。
 
書店を出てふと空を見上げると、冬の星空が広がっていた。雑誌は買わないままだった。いくつかの見慣れた星が並んでいる。あれはオリオン座、そこから冬の大三角形。ベテルギウス、シリウス、プロキオン。一人暮らしの部屋への道を歩きながら、小さいときに覚えた星の名を心の中で唱えてみる。
 
ふと、あたりを見回すといつもの路地に見慣れない明かりがあった。新しいお店だろうか。ふうん、新しいお店がオープンしたなんて知らなかった。近づいてみるとカフェのようだ。木の板に「山猫横丁」と彫られている。
 
希子は見知らぬ店に入ってみるのが好きだった。そして好みの店を見つけるのが上手かった。店には人と同じように、その店の空気感がある。この店は、とピン! ときて入った店は自分の好みであることが多かった。「山猫横丁」もそんな空気感を持っていた。
 
扉を引いて入ってみた。カランカランとドアベルの音がした。素朴な木調のシンプルなカフェだった。椅子を引いて座った。店内に他に客はいなかった。メニューを見た。フレンド、カフェオレと定番のメニューが印刷されている一番下に手書きで「うらない」と書いてあった。
 
「何にいたしますか?」
急に声がした。目を上げると女性が立っていた。年は40代後半だろうか。シンプルな黒のタイトのニットワンピースに腰にスカーフをベルト代わりに巻いている。長いイヤリングがシャラリと揺れた。この店の女主人だと思った。どこか猫のような雰囲気を持っている人だと思った。
 
カフェオレをホットで頼んだ。カフェオレが目の前に置かれたタイミングを見計らって、希子は思い切って聞いてみた。
「あの、このうらないっていうのは?」
 
「あぁ、うらない、ね」
女主人は、ふふふと小さく笑った。
 
「常連の方にたまにうらないをして差し上げるものだから。みんなが書いたほうがいいですよっていうものだから」
 
「運命って決まっているんですか?」
心の中の呟きがつい希子の口をついて出た。
 
「あなたはどう思う?」
女主人は尋ねながら、希子から90度の位置の椅子に腰を下ろした。
 
運命が決まっているなら教えてほしい、希子はその言葉を飲み込んだ。
 
女主人はそれが聞こえたように言葉をつづけた。
「運命っていうのは2つのことの掛け合わせだとおもうの」
 
「2つってなんですか?」希子は聞いた。
 
「人にもし運命があるとしたら、それは、その人の持っている地図と旅する意思の2つの掛け算でできていると思うの」
女主人は言葉を続けた。
「私のうらないは、その人が生まれた時の天空の星の位置をみるのよ。その天空の星の位置その人の人生の地図のようなものなの」
 
「今までもいろいろな地図を持った人がいたわ。羨ましいような幸運の地図を手にしている人、私みたいに逃げ出したくなるような地図を持っている人」
そういって女主人は肩をすくめてみせた。
 
「でも、人に羨まれるような幸運に恵まれているひろびろと豊かな地図を持っていても、自分の家の裏庭を一回りするだけの人生の人もいる。過酷な地図を持っても、自分の意志で旅することでその地図の向こう側まで人生を切り開いていく人もいる」
そこで言葉を区切って女主人は窓の外を見た。誰かのことを思い出しているような横顔だった。皺があっても美しい輪郭だった。こんな風に年が取れたら、と希子は思った。
 
「地図は決まっているとしても、旅する意思はその人に任されているのよ」

結局、希子はカフェオレを一杯飲んで、そのまま店を出た。
 
うらないはまた次にしようと思った。それよりも、最後の女主人の言葉が心のなかでリフレインしていた。
「地図は決まっているとしても、か」希子は声に出して呟いてみた。路地の冬の大気はピンと張り詰めて冷たかった。口元から小さく白い湯気があがった。
私はどんな旅をしようとしているのだろう。地図は決まっているとしても、「旅する意思」は私に任されているとしたら。
 
冬空を見上げると、星が瞬いていた。冬の大三角形は、すこし西に傾いていた。

 
 
***

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2018-01-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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