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プロフェッショナル・ゼミ

何度も罵倒され続けたあの時の自分を肯定することができたのは《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:上田光俊(プロフェッショナル・ゼミ)

「お前がそのバスから飛び降りて死んだとしても、俺には関係ねえんだよ!」
僕はバスの中で、右手でスマホを持ち、通話口から声が漏れてしまわないように左手で口元を覆いながら電話をしていた。
とはいっても、僕から電話をかけたわけではない。
ここはバスの中だ。
バスの中では、携帯電話で通話しないことは勿論、着信音が鳴らないように、マナーモードにしておくということも乗車中のエチケットのひとつである。
しかし、今僕は先方からかかってきた電話に出ていた。
いや、出ざるを得なかったと言った方が正しいかもしれない。
僕が東京農大前のバス停から東急用賀駅行きのバスに乗車している間中、僕のスマホは常に振動し続けていた。
僕はためらっていた。
この電話にはすぐにでも出た方がいい。
出ないと、さらに状況は悪くなるに違いない。
それは明らかだった。
でも、今僕はバスの中にいる。
しかも、満員だ。
この状況で電話に出てしまうというのは、僕にはかなりためらわれた。
わざわざ電話に出なくとも、このまま乗車していれば、もうすぐ用賀駅のバス停に着くのだから、それまで待とう。
電話に出るのは、それからでも遅くはない。
通常だったら、僕だけではなく、誰もがそう判断したことだろう。

「お前! なんで電話に出ねえんだよ! ふざけんな!」
僕はその時、電話に出てしまっていた。
出ざるを得なかった。
僕がバスに乗車している間中、先方からは何度も何度も着信があって途切れるということがなかった。
おそらく、時間にして5分程度だったとは思うのだが、着信は軽く100回を超えていただろう。
着信があっては切れ、あっては切れ、それでもまだ僕のスマホは振動し続けていたのだ。
あまりに着信が止まないので、僕はやむを得ずに電話に出てしまった。
何度も何度も着信があり続けるというこの状態に、僕はとてもじゃないが耐えられそうにはなかった。

「あ、はい、もしもし……」
「おい! ふざけんな! お前! なんで電話に出ねんだよ!」
出た途端に、いきなり罵声が飛んできた。
「す、すいません! 今、ちょっとバスの中でして……」
僕は馬鹿正直に、今の状況を説明してしまった。
「はあ? 知らねえよ! お前がバスに乗ってるかどうかは知らねえよ!」
「あ、はい……」
僕は電話口の相手が、僕の心臓を射抜くような勢いでまくし立ててくるのを聞いて、何も言えなくなってしまっていた。
「いいか! お前がどういう状況だろうがな、俺の電話には出ろ! 絶対に出ろ! バスから飛び降りてでも絶対に出ろよ! バスから飛び降りて、お前が死んだとしても、それは知らねえよ! 俺には関係ねえよ!」

相手は得意先の統括バイヤーだった。
僕は統括バイヤーを激怒させてしまっていたのだ。
きっかけは、ちょっとしたクレーム対応のミスから始まった。
僕が勤めていたのは、京都にある婦人服卸の会社で、そこで営業マンをしていた。
僕が担当していたのは東京地区だったのだが、その得意先のひとつで縫製不良の商品が見つかってしまったということだった。
それ自体は別に珍しいことではない。
一日数千点もの商品が全国の得意先に出荷されていく。
その中で、いくら検品作業を徹底していたとしても、現実としてそのチェックを潜り抜けてしまった商品が出荷されてしまうということはまれにあった。
しかし、そのほとんどが店頭にレイアウトされる前の検品作業で引っかかり、実際にお客様の手に渡ってしまうということは全くないと言ってもいいくらいだった。
それなのに……。
今回はその全くないと言ってもいいくらいの状況が、あろうことか現実になってしまったのだ。

「上田さん、お客様がご購入された商品に縫製不良が見つかって、もし同じ商品があれば交換していただきたいのですが?」
僕が担当していた得意先のひとつの店舗から、そう問い合わせがあったのだ。
縫製不良の商品がお客様の手に渡る前ならまだ良かったのだが、もうすでにご購入されてしまった後で、自宅に帰ってその商品を確認したところ、縫製不良が見つかったということだった。
幸い社内在庫に同じ商品があったので、商品が交換できるということをすぐに先方に連絡したのだが、運送業者の集荷の時間の関係で、出荷自体は明日になってしまった。
「申し訳ありません。在庫はあったのですが、出荷自体は明日以降になってしまいます……。そちらに着くのは明後日になってしまいますが、それでも大丈夫でしょうか?」
僕は、こちらの発送日と店舗に商品が到着する着荷日を伝えた。
お客様自身も、それほど急いでいるわけでもなさそうだということで、それで了解をもらったのだが……。

商品は、僕が伝えた着荷日には着かなかった……。

「上田さん! まだ商品が着かないんですけど! どうなってるんですか!?」
できるだけ早くお客様に商品をお渡ししたいということで、僕が到着すると伝えたその日に、お客様にわざわざ店舗まで取りに来ていただく段取りになっていたようだった。
それで商品がなかったのでは話しにならない。
「すぐに確認します!」
僕はとりあえずそう言って、一旦電話を切った。
何故だろう?
出荷日を間違えたのか?
僕はあらゆる可能性を考えたが、考えている暇があったら、運動業者に確認した方がよっぽど早いということに気が付いて、急いで運送業者に連絡した。
「その荷物が着くのは明日ですね」
問い合わせの電話に出た運送業者の担当者は、それは前々から決まっていたことですといった風な口調でそう答えた。
「なんとかならないんでしょうか?」
僕は、なんとしてでも今日中にその荷物を店舗まで配達してもらう方法がないものか、しつこく聞いてみたのだが、対応のしようがないという回答しか返ってこなかった。

「申し訳ありません! 先ほど運送業者に問い合わせたところ、どうしても荷物を今日中に届けるのはできないということで、そちらに着くのは明日になってしまうようです……」
僕は、得意先の担当者に現状をありのままに伝えて謝罪した。
これは完全に僕の確認ミスだった。
今までなら、出荷したその翌日に荷物が着いていたはずなのだが、運送業者の配送システムが変更になっていて、京都から発送した場合だとその翌々日に荷物が到着するようになっていたのだ。
僕はその確認を怠ってしまった。
発送したその翌日に荷物が到着するはずだと、僕は何の疑いもなくそう思い込んでしまっていたのだ。
これでは僕には何の言い訳もできない。
下手に言い訳でもしようものなら、火に油をそそぐ事態になってしまうことだろう。
こうなってしまった以上、僕には謝罪するより他になかった。
僕にとって、今できることは謝ることだけだったのだ。
荷物自体は、その運送業者の東京にある中継地点としての機能を果たしている配送センターに、今日の夜に到着するということらしかった。
それで僕は、荷物をその配送センターまで直接取りに行き、明日の朝一番でその店舗に持って行こうと考えていた。
ちょうど僕は、その日から出張で東京に来ていたからそれが可能だった。
とはいえ、それでは何の問題解決にもならないということに変わりはない。
僕は、明日の朝一番で商品を持って行くことを伝え、そのまま謝り続けることしかできなかった。
「これはうちの店の信用問題にもなりますので、我々では対応致しかねます。この件については上に報告させていただきます」
そう言ってその担当者は電話を一方的に切った。
それからだった。
僕のスマホが鳴りやまなくなったのは……。

「おい! 一体どういうことなんだよ!」
「なんでこんなことになってんだよ!」
「お前バカなのか!」
「早く商品持って行けよ!」
「まだ持って行ってないのかよ! 仕事遅せえんだよ!」
「ほんと頭悪りぃな! なんでそんなに仕事できねえんだよ!」

その日はそれ以降、全く仕事にならなかった。
統括バイヤーからの電話が、マシンガンのように僕のスマホを狙ってきたのだ。
僕は、その日一日、統括バイヤーからの電話応対に追われた。
数分おきに電話がかかってくる。
たった数分で状況が変わるわけがないのを知った上で、何度も何度も同じ質問を投げかけてきては僕に罵声を浴びせてきた。
僕は正直辟易していた。
精神的にまいってしまいそうだった。
僕はその場から逃げ出してしまいたい衝動に駆られた。
もういい加減にしてくれ!
何度聞かれても、明日にしか着かないんだ!
何度も同じことを聞かないでくれ!
しかし、僕はここで自分の責任を放棄してしまうわけにはいかなかった。
これは僕の確認ミスが招いてしまった事態なのだ。
統括バイヤーからの電話には、僕が対応しなければならない。
「申し訳ありません!」
「今、確認しておりますので!」
「必ず、明日の朝一番で持って行きますので!」
僕は、かかり続ける統括バイヤーからの電話にひたすら謝り続けた。
結局その日は、配送センターまで荷物を受け取りに行くことと、電話応対のみで一日を終えた。

「無事、お客様にお渡しできましたので」
翌日、僕は予定通りに朝一番で店舗に荷物を送り届けた。
僕は改めて、そのお客様に対応していただいた販売担当者に謝罪し、大きなトラブルにならずに治めていただいたことを御礼した。
もう二度とこのようなことがないようにお願いしますよと、その販売担当者からは釘を刺されたが、無事にお客様に商品をお渡しできて安堵したからか、口調も態度も幾分和らいでいた。

「それで、どうなったんだよ!?」
「なんですぐに俺に報告してこないんだよ!」
それでも統括バイヤーからの電話が止むことはなかった。
お客様対応中も、終わってからも、昨日と同じように数分置きに電話がかかってきていた。
「本当にすいませんでした! これからそちらに向かいますので!」
何度も説明したことなのだが、今回の件についての事情説明と謝罪のために、直接統括バイヤーに会って話しをしようとしていた。
そうでもしなければ埒が明かない。
僕はアポを取り付けて、これから統括バイヤーの元に向かおうとした。
そのために、僕は用賀駅行きのバスに乗り込んだのだ。
あの電話がかかってきたのは、その時だった。

「いいか! お前がどういう状況だろうがな、俺の電話には出ろ! 絶対に出ろ! バスから飛び降りてでも絶対に出ろよ! バスから飛び降りて、お前が死んだとしても、それは知らねえよ! 俺には関係ねえよ!」

その後のことはあまりよく覚えていない。
おそらく、僕は電話の時でもそうしていたように、統括バイヤーの元を訪れてからもひたすら頭を下げていたことだろう。
その時、僕が実際に何を言われていたのかはほとんど記憶していない。
これ以上統括バイヤーからの罵声を浴び続けたら危険だと判断して、僕の脳機能が自動的に防衛反応として、わざと記憶に残らないように作用したのかもしれない。
それくらいに僕は追い込まれてしまっていたのだ。
でも、不思議なことに、僕はその時に何を見ていたのかだけははっきりと覚えている。
それは、僕を怒鳴りつけている統括バイヤーの姿ではない。
僕が見ていたもの、それは……

統括バイヤーの子どもの時の姿だった。

当たり前の話しだが、統括バイヤーがどんな子どもだったのかを僕は知らない。
僕が見ていたものは、僕の脳が勝手に作り出した想像上の姿だったことは間違いない。
しかし、これはとても妙な話しなのだが、その子ども時代の統括バイヤーの姿がとてもリアリティーのある感覚として僕には見えていたのだ。
その子ども時代の統括バイヤーはしくしくと泣いていた。
一人で寂しそうに泣いている姿が僕には見えていたのだ。
僕はその時、不思議と統括バイヤーに対する凝り固まった嫌な感情が和らいでいくのが感じられた。
こんなに僕を怒鳴りつけている統括バイヤーであっても、一人寂しく泣いてしまっていた子ども時代がきっとあったはずなのだ。
その姿を見ているうちに、
「きっと、この人もたいへんな時があったんだろうな」
「つらい時やしんどくて逃げ出したくなった時も、きっとあったんだろうな」
と容易に想像することができた。
僕を怒鳴りつけている今現在の統括バイヤーと、想像上の子ども時代の統括バイヤーの姿が重なった時、僕ははじめてこの人を許せるような気がした。
この人だって、僕と変わらない。
僕と同じ人間なんだと。

それ以来、僕は普段の生活の中で、苦手な人や不機嫌そうな人、とても感じの悪い人と出会った時には、必ずその人の子ども時代の姿を想像しながら接するようにしている。
きっとこの人だって、怒りたくて怒っているわけではない。
不機嫌でいたくて不機嫌になっているわけではない。
今、怒っている姿や不機嫌でいる姿がこの人の全てではないのだ。
僕は彼らの子ども時代の姿を想像することによって、自然とそう思えるようになっていた。
不思議と彼らに対する悪い感情を持つことが少なくなってきたのだ。

そして、つい先日、この僕の人との接し方が、あながち間違いではなかったと思わせてくれる本に出合うことができた。

『これはしない、あれはする』(小林照子著)

この本には、「しないほうがいいこと」と「したほうがいいこと」がそれぞれ25項目ずつ挙げられている。
「しないほうがいいこと」の中に「悪口を言わない」という項目があるのだが、その中には、人の悪口を言わないために、「その方の幼い頃の顔を想像する」という方法が書かれてあった。
そうすることによって、その方が不思議と憎む対象ではなくなっていったのだという。
それを読んだ時、僕はこれで良かったんだと確信した。
今までの自分を信じることができた。
何度も何度も罵倒され続けたあの時の自分を、はじめて肯定することができたのだ。
僕は何も間違ってはいなかった。
僕は、これからも何度でもこの本を読み返していこうと思う。
自分の生き方に迷った時には、この本を読み返して、僕は自分の人生の生き方の答え合わせをしようと思う。

***

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