fbpx
メディアグランプリ

フラれ女よ、チャンスを掴め!


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 
 
記事:久保田菜穂子(ライティング・ゼミライトコース)
 
 「好きじゃなくなった。理由はわからない」
 それは大学4回生の冬、卒業試験の一週間前のことだった。
 音楽大学の学生にとって卒業試験は4年間の集大成を披露する大切な舞台で、それは当時ピアノを専門に学んでいたわたしにとっても例外ではなかった。朝から晩までひたすらピアノに集中していた最中、突然の出来事だった。そう、わたしはフラれたのだ。彼と付き合い始めて1年と6ヶ月がたっていた。
 彼は初めてできた恋人で、なんの根拠もなくこのまま結婚すると思い込んでいた。だから別れる日が来るなんて、想像もしていなかった。フラれた理由なんて、判るはずもない。なんと呑気な女だ。
 卒業試験が終わり、大学を卒業したあとは、音楽教室に事務員として働き始めた。あれから2ヶ月がたっていたが、毎日を泣きながら過ごしていた。大げさでなく、本当に毎日。ただただ悲しかった。仕事も上手くいかず、楽しいことも何もなかった。思い返せば本当に恥ずかしいけれど、たった一度の失恋で、全てがどうでもよくなってしまったのだ。
 
 転機は、話を聞いてくれた出会ったばかりの知人タナベさんの、ある一言で訪れた。コテコテの関西人で、わたしの倍ほどの歳月を生きてきたタナベさんは、悪びれることなくあっけらかんと言い放ったのだ。
 
「お前がしょうもない恋愛しかできないのは、お前自身がしょうもない人間やからや」
 
 なんと失礼な言葉だ、と普通なら思うのかもしれない。自分の人間性を否定されたようなものなのだから。ところがわたしは、こう思った。
−そうか、そうだったのか!
怒るというより、ひどく納得してしまったのだ。認めたくなかったけれど、あの時のわたしは、まさしく「しょうもない女」だった。毎日暗い顔をして、やりたくもない仕事をして。
 しょうもないんだ、私は。しょうもない、しょーもない……。
何度も何度も、心の中で呟いた。傷ついたし、恥ずかしかった。けれど、くりかえし呟いているうちに、新しい感情が芽生え始めた。悔しい、という気持ちだ。
 そこまで言われて、このままの駄目な自分でいるわけにはいかなかった。わたしは元来、負けず嫌いなのである。
 変わろう、変わらなければならない。言うなればこれは、チャンスだ。素晴らしく魅力的な女になるための。だって今が一番駄目な時だから。これからはもう昇っていくしかない。これ以上しょうもなくなりようがないじゃないか。
 いつの間にか、タナベさんの「しょうもない」発言は、わたしの人生の原動力になっていた。少しずつでもいい。このまま何もせず引き下がるわけにはいかない。
 
 それから、思い当たることはなんでもやってみることにした。休日はできるだけ外に出て、いろんな人と会い、いろんな話を聞いた。「すみません」よりも「ありがとう」を多く言うようにした。自分自身を否定するような言葉は絶対に口に出さないように、気を付けた。
 しばらくすると、肩の下まで伸びていた髪をバッサリと切ってみた。自分にはショートヘアなんて似合わないと思っていたけれど、実際やってみるとすっきりとして、我ながらなかなか似合っているではないか。似合わないと思っていたのは、ただの思い込みだったのだ。わたしはようやく気が付いた。わたしを「しょうもなく」させていたのは、他の誰でもなく、このわたしだということに。自分を好きになること。それこそがわたしに足りないものだった。
 
 その後、事務の仕事を辞め、失恋とともに遠ざかっていたピアノともう一度向き合うことにした。ピアノ講師をしながら、細々とだがコンサートに出演させていただく機会を得、時には自主公演を開催した。このチャンスをものにしたかったし、変わることは、本当に楽しかった。いつの間にか、わたしは失恋のことをあまり思い出さなくなった。過去ではなく、次に何をするか、これからやってくる未来のことで頭がいっぱいだった。フラれたことなんて、もうわたしにはどうでもよかった。わたしが「わたし」であることが、とても嬉しかった。
 
もしあのまま彼とお付き合いを続けられていたら。それはそれできっと楽しい日々を送っていただろう。けれど、あの別れがなければ出会えなかっただろう人たちがたくさんいた。経験できなかった出来事がたくさんあった。今のわたしは、それら全てで出来ていて、全ての思い出が愛おしい。それはきっと彼にとっても同じだろう。わたしにチャンスを与えてくれて、今ではほんの少しだけ、感謝している。
 風の噂で、彼が去年結婚したと聞いた。きっとこれからも私たちは違う道を歩き続けるはずだ。もしいつか道の途中で再び出会ったら、明るく笑顔で世間話なんか出来るだろうか。冗談や、ささやかな皮肉なんかも笑顔で言えるといいな。いつか、そんなチャンスが訪れれば、の話だけれど。
 
 
***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】
天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。



2018-02-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事