プロフェッショナル・ゼミ

大掃除をしたら切ない風が通り過ぎた《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:Shinji(ライティング・ゼミ プロフェッショナルコース)

一つのことを長く続けることがどうにも苦手のようだ。
何かやり始めるとすぐに飽きてしまう、と言うより別のことが気になりだすという表現の方が正しい。
しなければならないことを後回しにしてしまう。
要は現実逃避癖があるということである。
明日までに提出しなければならない資料がある時に限って、
普段しない掃除を始めてみたり、急にギターを弾き出したりしてしまう。
決して掃除好きというわけではない。その証拠に掃除の途中では、アルバムを開いて隅から隅まで見ながら思い出にふけってしまう。

昨年末の大掃除でもそうだった。どうせ時間がかかるからと、大晦日の早朝から取り掛かった。
「さて、どこから片付けようか」
と部屋を見回し、まず本棚の整理から始めることにした。
まずは「スラムダンク」を「ダメだ。絶対に開いちゃダメだ!」と自分に言い聞かせながら1巻から順番に並び替えることからスタートした。
今回は意志が強かった。いつも21巻で訪れる、一番好きな「陵南戦」の誘惑に打ち勝ち、見事にクリアした。
難関を突破して気が緩んだのだろうか? 25巻に差し掛かった時、魔が差した。
「山王戦をちょっとだけ」
これが大きな間違いだった。結果的に最終の31巻まで、しかもじっくり読み込むことになった。感動のラストシーンを読み終えた時、時間はすでに正午をすぎていた。
いかん、いかん! 掃除! 掃除!
ただ、時間は昼時。腹が減っては戦はできぬ、と料理に取り掛かった。
普段は時間がなくてお昼を抜くことなんてしょっちゅうあるのに、こんな時に限って規則正しい生活を心がけてしまう。しかも軽いもので済ませれば良いのに、どうしてもカツ丼が食べたくなった。こうなるともう止まらない。豚ロースを叩いて塩胡椒し、小麦粉をつけて、卵をつけて、パン粉をつけて温めた油の中に投入する。そして揚げたてのトンカツを、割り下にくぐらせ、卵でとじる。我ながら出来の良いカツ丼に満足し、満腹になったところで時計をみると午後1時30分だった。
朝が早かったためか、満腹感から眠気が襲って来た。しかし、ここは大人である。
「今日は大掃除をしなければならないんだ」
という強い意志で、15分だけの居眠りで睡魔と手を打つことにした。

スッキリ目覚めて時計を見ると、午後4時。心なしか陽は傾き出していた。やってしまったという後悔と、このままでは年を越せないという焦燥感から、ようやく掃除スイッチが本格的に入った。午前中に「スラムダンク」によって遮られた本棚の整理を終わらせた後、「明るいうちに終わらせよう」と先に窓拭きを始めた。この辺り、優先順位の付け方が鋭いと自分を褒めた。
気分が乗って来たところで、さらに雰囲気を出すためBGMに葉加瀬太郎をかけると、まるでテレビに密着取材をされているような気になり掃除がはかどり出した。ここが勝負ところとばかりに続いてスガシカオをかけてみると、今度は自分が掃除のプロフェッショナルになった気分になって来た。窓を拭きながら「自分にとって掃除とは?」の答えを考えていた。
無事窓拭きを終えて、次はクローゼットの整理に取り掛かった。
ハンガーに掛かっている衣服を整理し、もう着ないと思われるものを躊躇なく捨てた。ハンガーの部が終わり、次は下着や靴下などのタンスの部。ここも潔く断捨離した。
このまま一気に終わらせようと思った矢先、この日最大の敵が姿を現わした。アルバムなどが収納されている「思い出BOX」である。もう何年もこの箱を開けた記憶がなかった。
そんなものを見つけて中身を確認せずに通り過ぎることができるはずがない。
先々月読んだばかりの「スラムダンク」にさえ破られるガードの甘さではこの攻撃はかわせなかった。仕方なく、あくまで仕方なく、その蓋を開けた。幼少からのアルバムがまず出て来た。隅から隅まで見てしまった……。
続いて小中高の卒業アルバム。自分だけでなく知り合い全ての思い出まで写真とともに丁寧に振り返ってあげた。
「思い出BOX」は、他にも学生時代のノートなど思い出が多数詰まった、いわば僕の博物館だった。

箱を漁っていると、手紙の分厚い束を発見した。
数えてみると全部で100通あった。
宛名を見ると、二十年以上も前に付き合っていた恋人からのものだった。
日付は1994年。手紙というのが時代を感じさせる。なんせ電話代も高く、まだメールも携帯も普及していなかった頃の話だ。
当然の如く日付順に読み出した。
手紙には当時の思い出が綴られていた。読み続けて行くうちに忘れかけていた思い出が蘇って来た。
彼女と知り合ったのはアメリカの大学だった。僕たち二人はすぐに恋に落ちて付き合っていたが3年ほどたった頃、彼女が日本に帰ることとなった。僕はそのままアメリカに残ったので、日本とアメリカの遠距離恋愛が始まった。連絡方法は週に1回の手紙でのやり取りだった。
読んでいると、あの頃の僕も結構マメで、ちゃんと週に1回手紙を送っていたようだ。遠く離れた交際はその後2年ほど続いて僕たちは結局別れることになった。理由は思い出せないが、距離があってたまにしか会えなかったからか、お互いの気持ちのすれ違いが原因だったように思う。

手紙の内容は他愛もないことばかりだった。昨日こんなことがあった、とか昨日映画を見て会いたくなったよ、とか今読むと恥ずかしくなる内容ばかりだった。自分の送った分が手元になくてホッとした。メールやSNSと違って自分が送ったものの履歴が残らないのもまた手紙の良いところだ。
懐かしい気持ちで読み続けて行くと、100通目の手紙の封が開いてないことに気づいた。日付を見ると1996年5月。それまで毎週きっちり7日ごとに送られて来ていたのに、99通目が届いてから2ヶ月経っていた。99通目ではまだ仲の良いバカップルだったのに、この2ヶ月は何があったっけ? と思いながら僕は封を開けた。
中から出て来たのはこれまで以上に長い長い手紙だった。

「しんちゃん元気? 私はちょっと元気になりました。昨日しんちゃんからの手紙を数えると、全部で99通ありました。ということは、この手紙は100通目ということになるね。記念すべき100通目が最後の手紙になるのはちょっと寂しい気がします」

という始まりだった。
手紙にはこれまで知らなかった彼女の一面が記されていた。

「まず、たまにしか会えなかったのに、いつも会った時、よそよそしくてごめんね」
そうだった。国をまたいでの遠距離恋愛だったため、会えるのは年に数回だった。僕はいつも久しぶりに会えることにワクワクして、心ときめかせて会いに行ったのに、彼女はいつも会った時よそよそしかった。あんまり嬉しくないのか? と毎回疑ったものだ。

「あれね、実はね、いつも久しぶりに会うから緊張していたの。緊張している事バレると恥ずかしいから、隠そうと思ってただけなの。それでよそよそしくなっちゃってたの。でも何時間か経つと慣れて、いつも通りの私に戻ったでしょ? ごめんね、許してね」
ちょっと待ってくれ、雰囲気を取り戻すためにこっちはどれだけ気を使ったと思ってるんだ。僕は少し腹を立てて読み続けた。

「あっそれから、急に会いに来てくれた時も機嫌が悪くてごめんね」
これもそうだ。いつだったか僕が急に会いに行ったことがあった。あの時、確かに彼女は機嫌が悪かった。こっちは喜んでくれると思ってサプライズで会いに行ったのに。

「本当はすごくすごく嬉しかったのよ。でもね、女の子には準備ってものがあるの。しんちゃんにはたまにしか会えないから、会うときはちゃんとしたかったの」
ちょっと何言ってるかわからなかった。

「私がしんちゃんに会う時ネイルの色にどれだけ迷っていたかわからないだろうな。前の日には美容院行って、脱毛もして、化粧が嫌いなしんちゃんのために時間をかけてナチュラルメイクをして、服を選んでってしてたこと知らないでしょ? なのに、急に来ちゃダメ。ちゃんと準備させて欲しかった。ここは今でも怒ってます」
まさかの許されていない事実が発覚した。これに関しては申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「あーっ! もっと怒ってることがあった!」
まだ怒られるのか、とドキドキした。

「しんちゃんの浮気のことです」
そういえば、あった。昔付き合っていた彼女が卒業旅行で日本からアメリカに遊びにきたときのことだ。その時は友達が遊びに来ているとごまかしていたが、後日写真が見つかった。あの時は本当に殺されるかも知れないと思ったくらい鬼気迫る形相で叱られた。

「あの時、もちろん浮気自体も嫌だったけど、本当に嫌だったのは写真です」
いや、そりゃぁ向こうは旅行で来てるんだから写真は撮っちゃうでしょ。

「二人で写ってることだけじゃないよ。一番嫌だったのは撮った場所です。あそこは二人で初めて行ったデートの場所だよ。私にはとても大切な場所です。その思い出をしんちゃんは台無しにしたのよ。わかる? 他にいくらでも写真とるとこなんてあったでしょ? というわけで玲子は今でも怒っています」
ぐうの音も出なかった。思慮が浅いというか、女心がわかってないというか、つくづく申し訳なかった。いつまでこの調子で非難されるのかと思ってたら、少し風向きが変わって来た。

「ここからは、これから先に付き合う女の子としんちゃんがうまく行くようにアドバイスを送ります」
もっと早くこの手紙を読んでいれば恋愛に活かすことができたかも知れない、と思いながら続きを読んだ。

「まずは、お買い物の時です。自分の物を買った時は少しだけで良いので女の子に気を使ってあげてね。別に何か買って欲しいわけじゃないけど、少し寂しくなります」
そういえば、自分の買い物に付き合ってもらった時に気を使った記憶はない。了解。以後気をつけます。

「それから、バイバイした後、少し歩いてから振り向いてあげてください。きっと素敵な笑顔で見送ってるはずだから。すぐはダメよ。バイバイって言った後、髪を整えて目一杯の笑顔を作る時間をあげてください。そしたらその子は今振り向いてって思って待ってるから」
言われてみれば振り向いたことなかった。そんな努力を別れ際までしているとは知らなかった。これも是非次回気をつけるとしよう。

「最後に」
なんだアドバイス少なくないか? と思って続きに目を走らせると
「せっかく結婚しようって言ってくれたのにできなくてごめんね。とっても嬉しかったけど、やっぱり今アメリカに行くことはできません。お別れするのは辛いけど、これが私の出した結論です」
そうだった。アメリカで就職した僕は99通目の手紙の後で電話で「結婚しないか」と聞いた。ところが日本に帰って間もなかった彼女は仕事も始めたばかりで「今すぐには無理」と結論を出した。そして僕は別れを切り出したのだった。
こうやって過去に唯一結婚を意識した僕の恋愛は幕を閉じた。あれから20年経って初めて読んだ最後の手紙は僕の心に甘酸っぱい切なさを思い出させてくれた。
今あの時の自分に会ったら、少し待てとアドバイスするだろうかと、遠くに響く除夜の鐘を聞きながら思った。
そして、2018年2月現在、49歳独身。部屋の大掃除は未だ終わっていない。

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