氷河を溶かしたサイフォンコーヒー《プロフェッショナル・ゼミ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:久保 明日香(プロフェッショナル・ゼミ)
当社へご応募下さいましたことに、心からお礼を申し上げますと共に、久保様の今後のご活躍をお祈り申し上げます。
あぁ、また祈られた。
このテンプレート化された文字面を私は数十回、いや、百回は見たような気がする。
“就職氷河期”と呼ばれた数年前、私はその氷河の真っ只中にいた。
来る日も来る日もエントリーシートを書き続けた。残念なことに私はエントリーシートを書くのが、書面上で自分についてアピールをするのがとても下手だった。書いては落とされ書いては落とされ……気付けばその数は百を越えていた。やっとエントリーシートが通り、面接へと進んだ企業も一次面接で落とされてしまう、そんな状況が続いていた。
大学に行けば「二次面接、突破した! 次は最終面接だ!」と自信に満ち溢れた顔つきになっているライバル達を見かける。その一方で面接を通過できない私は太陽の光を浴びることができず、今にも枯れてしまいそうな植物のようになっていた。
ものづくりに携わりたいという思いを持った私はいわゆる“メーカー”と呼ばれる企業に焦点を当て、就職活動を行っていた。しかし、応募した企業からはことごとく「お祈り申し上げます」と言われ、そもそも私、メーカーに向いていないのかもしれない、そんなことを思うようになった。他の業種を専門とする企業にも目を向けようと考えたのだが、動くのが遅かった。どの企業も同じタイミングで人材の募集をかけているため、締切も同じころに設定されている。だから募集が終わっている企業がほとんどだった。もはや八方塞がりだった。
「荒木さん、また祈られました……。今日だけで既に2社ですよ。もう私、就職できないかもしれない」
アルバイト先である喫茶店のカウンター席に座り、私は嘆いていた。
就職活動中はアルバイトを休ませてもらっているのだが、私が働くこの喫茶店、“コンフォート”は名前の通り居心地がよく、外出の際には必ずここへ寄って帰るのが日課になっていた。その日も面接を終えた私はコンフォートへ向かい、仲良くしてもらっているお姉さん的存在の副店長、荒木さんに話を聞いてもらっていた。
「あら、なかなか弱気な発言」
「だって、毎日夜通しエントリーシートを書いてるのに通らないし、通ったら面接で落とされるし、さすがにもう自信、なくなってきました」
「まぁまぁ、諦めなかったらきっと、どこか決まるよ。とりあえずコーヒー淹れるから一旦落ち着こっか」
荒木さんはそう言って目の前でコポコポとコーヒーを淹れてくれた。コーヒーからいい香りがふわっと広がり、一口飲めば心がホッとする。
「っていうか久保ちゃんさ、アルバイト始めた頃も似たようなこと言ってなかったっけ? 面接に落ちまくって、私なんてどこも雇ってくれないのかと思ってましたって」
言われてみれば確かにそうだった。
大学1年生の秋、私は常に携帯の着信を待っていた。
だがしかし、私の携帯電話はうんともすんとも言わなかった。
「今回もだめだったか……」
アルバイトを探し始めたものの私は面接に落ち続けていたのだ。
大学に入り、友人の紹介で塾の試験監督のアルバイトを始めた。だが試験はそんなに頻繁にある訳ではない。多くても月に2回。アルバイト代は日給1万円前後だったため月々の収入は2万円程度だった。もちろん、大学生のお小遣いが2万円で足りるはずもなく、私は新たな収入源を求めてアルバイトを探し始めたのだった。服屋のショップ店員、オムライス屋、イベントスタッフ……。秋からアルバイトを探し始めたのに気付けば冬になっていた。季節が1つ過ぎ去ってしまう程、私は面接に落ち続けていた。
最初は採用されなくても「まぁ次はいけるだろう」と思っていたのだが、不採用が続くと次第に落ち込むようになった。働き手が足りないから応募がかかっているはずなのに、どうして受からないんだろう。条件は当てはまっているから問題があるのはやっぱり私自身? そう思うとより一層落ち込んだ。
段々私は自暴自棄になりどこでもいいから受かってやる! という気持ちでアルバイトを受け始めるようになっていた。
「次に受けるのは……喫茶店か」
スケジュール帳をぱらぱらとめくり、確認する。面接は3日後だった。その日、大学の講義が早く終わり時間に余裕ができたため面接の下見を兼ねて喫茶店に行ってみることにした。
「いらっしゃいませ。おひとり様ですか? カウンターのお席へどうぞ」
夕方であったため、テーブル席はほぼ満席。私はカウンターへ通された。カウンターの目の前はガラス張りになっており、そこに理科の実験で使用するフラスコのような器具が沢山並んでいるのが見えた。フラスコの中には水が入っているものやコーヒーが入っているものがあった。
これでどうやってコーヒーを淹れるのだろう? そんなことを思っていると
「お願いします。ブレンド、ワンです」
とコーヒーの注文が通った。
すると、店員さんがガラスの向こう側にやってきて器具に火を付けた。フラスコ内の水は温められ次第にうっすらと湯気がみえてくる。その後、フラスコにコーヒーの粉が入ったロートがさし込まれた。何が起きるのだろうとワクワクしながらその様子をじぃっと見ていると、沸騰したお湯がコポコポとロートへと上昇していった。最後に店員さんがヘラのようなものでロートの中のお湯と粉を混ぜることで液体は私が見知ったコーヒーへと変化した。
「何これ、すごい!」と初めて見るコーヒーの淹れ方に感動しているとコーヒーとなった液体が急にロートからフラスコへと戻っていく。その時店員さんは器具には手を触れていなかった。
「これは……面白い。一体どういう原理なんだろう?」
その一連の流れをもう一度見るべく、私はブレンドコーヒーを注文した。その後も何度かコーヒーの注文が入ったため、その度にガラスの向こう側のパフォーマンスを楽しむことができた。
家に帰ってからもあのコーヒーを淹れる様子が頭から離れなかったため、“理科の実験 コーヒー 器具”とインターネットで検索をかけてみた。すると、今日見たあの器具の使い方が載ったページが何件もヒットした。その器具はサイフォンと言うもので、蒸気圧を利用してコーヒーを入れるものだった。
サイフォンの魅力を知った私は「ここで働くことができたら、いずれはサイフォンを触らせてもらえるかもしれない」と思った。サイフォンでコーヒーが淹れられるなんてちょっとかっこいいかも? そんなことを思いながらサイフォンについて調べ続けていた。すると後ろを通りがかった母がパソコンを覗き込んだ。
「あ、サイフォンじゃない。これ使って入れたコーヒーのお店、昔よくおばあちゃんと一緒に行ったの、覚えてる? ほら、あのワッフルがおいしいお店なんだけど……小さかったから覚えてないかな。どこかの百貨店の4階に入ってたところなんだけど」
「それってもしかして……ここ?」
私は別のタブで開いていた、まさに先ほどまでいた喫茶店の画像が載ったページを見せた。
「そうそう、ここ!」
これはきっと何かの縁だ。
今度の面接は上手くいきそうな気がした。
そして迎えた土曜日。面接は午前11時からだ。午後からは試験監督のアルバイトに行くことになっていたためスーツを着て家を出た。
10分ほど前に店の前へ到着した。その日もカウンターにはサイフォンが並び、店員さんがコポコポとコーヒーを淹れていた。数日ぶりの生のパフォーマンスに見とれていると
「いらっしゃませ! ……アルバイトの面接の方ですか?」と男性が入り口までやってきた。
「はい、11時から面接の予定の久保と申します」
「ありがとうございます。では、こちらのお席でお待ちいただけますか? スーツ、着てきてくれたんですね。気合いばっちりですね、ありがとうございます」
試験監督用に着てきたスーツが運よく好印象につながったようだ。出だしはまずまずかもしれない。
席に座るとふわっとコーヒーのいい香りがした。おかげで少し、緊張がほぐれた。
今日の面接は上手くいきますように……と待っていると中から出てきたのは先ほどの男性だった。
「店長の天野です。今日はよろしくお願いします」
アルバイトの面接で聞かれることは大概、どこへ行っても同じだ。数ある求人の中からどうしてここにたどり着いたのか。週に何回くらい入れるか。今、他にアルバイトはしているかなどなど。私はたまたま見かけた求人であるが、以前に来店した際にサイフォンを初めて見てその面白さや魅力に取りつかれたことを語った。一通りの会話が終了したとき私はやりきった感で溢れていた。今までこんなことは無かった。
「今日はありがとうございました。今回、募集をかけて面接に来る人の数はだいたい30人くらいいます。まだ半分程しか面接が済んでいませんので採否の連絡は数日後になるのですが……久保さんは採用にします」
「……え?」
思わず声に出してしまった。
「びっくりしましたよね、すみません。でも、過去に何回か面接をしているけれど、こんなに楽しそうにうちの店との縁やサイフォンについて語ってくれる人はあまりいなくて。何より、その時の笑顔がよかった。うちはお客様相手の商売なので、接客が悪かったらすぐにクレームになってしまうんです。そのクレームを回避するには感じがいいことと笑顔があること、これが大切になってきます。久保さんからはこの店が好きだというのが伝わってきましたので……きっと笑顔を絶やさずに仕事をしてくれると判断しました。だから今、ここで採用とします」
初対面でわずか15分程度しか話をしていない人がこのような評価をしてくれたのが嬉しかった。これは単なるご縁だけではない。きちんと下調べを行った結果、自分のエピソードと結び付けて上手く想いを伝えることができたからこその評価だ。就職活動の面接だって同じだ。どうしてこんな大切なことを忘れていたのだろう。
「お~い、久保ちゃん? 聞こえてる?」
「……荒木さん!ありがとうございます。私、大きな過ちを……というか今まで企業の人にめちゃくちゃ失礼なことをしていたかもしれない。ここにアルバイトが決まったときの下調べ具合とか、熱の入れようとかは他のバイト先と違ったんです。だから店長が採用してくれたんです。その大事なこと、すっかりおろそかにしていました。数撃ちゃ当たるってもんでもないですよね。ましてや自分の将来がかかってるのに! 気付かせてくれてありがとうございました」
「なんか気付いたんかな? それはよかった。上手くいくことを祈ってるわね」
「祈ってるなんて言わないでください! それ、今の私にとって不吉な言葉なので」
「あ、ごめん。じゃあ……上手くいったら今まで飲んだこと無いくらい飛び切り美味しいコーヒー淹れてあげるから、しっかりやんなさいよ!」
そう荒木さんに見送られ私は喫茶店を出た。
帰りの電車の中でスケジュール帳を開いた。次の面接の予定は……2日後、洋菓子メーカーだ。このメーカー、何で受けようと思ったんだっけ? 思い出すんだ。私とこの会社の繋がりを。私にしかないような、この人にうちの会社に来てほしいと思わせられるようなエピソードを見つけるんだ。頭をフル回転させた。次第頭の中から何かがにフツフツと湧き上がってくる。そのエピソードを整理し、考えをまとめることに集中した。
そして迎えた面接当日。
会社の前に立つ私は落ち着いていた。サイフォンでコーヒーを淹れるように、自分の頭の中で作り上げた志望動機。頭の中で1度沸騰させたこの会社への想いが私自身と混ざり、ストンと心の中に落ちて、溜まっていた。心のフラスコからはこの会社で働きたいという想いが良い香りに包まれている。
今日の面接は絶対、上手くいく。深呼吸をして受付へと一歩踏み出した。
「こんにちは。面接に参りました、久保明日香と申します。よろしくお願いします」
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