ストレスはダンスの卵
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:ユウキビート(ライティング・ゼミ平日コース)
僕はダンスが苦手だ。
リズム感がないことやダンスについてまったく知らないこともあるが、なにより踊ることが恥ずかしくてたまらない。
昔、付き合いや流れでクラブに遊びにいくことがよくあった。音楽自体は大好きだったが、踊れない僕にとってクラブは魔界だった。
フロアは「今を楽しんだもん勝ちでしょ!」が集まる約束の場所。ダンスとは「今を楽しんでます!」の具現化。それができないやつは哀れなカタツムリ。踊らないやつは楽しくないやつという烙印がおされる気がして、いつもビクビクしていた。
たとえヘタクソでも、自分なりに音に乗り楽しさを表現すればよかったのかもしれない。しかしできないからカタツムリなのだ。
後ろにいるEXILE風長身プレイボーイから「こいつ踊れてないな」と思われたらどうしよう。となりで踊り狂うタトゥー美女に「クスクス、なにそのダンス」とバカにされるんじゃないか。自意識過剰が邪魔して殻の内へ内へと閉じこもってゆく。今を楽しんでいないのだから、楽しさを表現できるわけがない。
書いていて己の気持ち悪さに鳥肌が立つが、とにかくそういうわけで僕は踊れない男なのだ。
ところが最近、僕は踊りに踊っている。踊り狂っているといってもいい。
きっかけはとある疲弊した日だった。その日僕はストレスに押しつぶされそうになっていた。仕事、家事、育児、夫婦関係、友人関係。さまざまなジャンルの整理整頓が滞り、脳内はパニック状態。胸は内側から爆ぜるんじゃないかというくらい息苦しい。
ああ! もう嫌だ! 逃げたい! 遊びたい! 叫びたい! 爆発したい! 狂いたい! 消えたい! くそくそくそ! やってられるかーい!
実際の胸のうちではもっと放送禁止用語が飛び交っていたのだが、とにかく気持ちが荒れていた。とはいっても愚痴ることはできない。大変なのは僕だけじゃない。もっと苦しい人はたくさんいる。分かってはいるがメンタル崩壊は止まらない。
こんなことくらいで音をあげてるようじゃだめだな。ビッグになる人はこんなの屁でもないんだろうな。精神力からして足りないのかな。加速するマイナス思考。ああ…。
ああ! もう嫌だ! 逃げたい! 遊びたい! 叫びたい! 爆発したい! 狂いたい! 消えたい! くそくそくそ! やってられるかーい!
「パパ、ミッキーいるよ」
2歳半になる息子の声で我にかえる。ケダモノの形相と化している父親を見かねたのかもしれない。
「あ、ほんとだミッキーいるね」
ほとんど棒読みで答える。
そうだった。今ぼくは息子にミッキーの動画をテレビ画面に写して見せながら、スマホで仕事のやりとりをしているところだった。
ママがお風呂に入っているあいだ面倒をみて、あがってきたら寝かしつけを任せてもうひと仕事しなくてはならない。そうだったそうだった。
「パパ、ミッキー」
息子が指差した先、ディスプレイのなかではミッキーやその仲間たちがエンディングテーマに合わせて楽しそうに踊っていた。
いいなあこいつらは。疲れず楽しそうで。年末調整とか確定申告とか関係ないんだろうな。保育園に忘れ物届けにいくとかしなくていいんだろうな。友達と仲違いすることもないんだろうな。はぁ。ディズニーのキャラになりたい。脇役でいいから。
「パパ、おどって」
え?
どうやら息子はミッキーたちのように踊ってほしいようだった。
しかし今そんな気力はない。だいいち君のパパは踊れないパパなのだ。
「んー、今はむりよー」
力なく答える踊れないパパ。
「や! おどってよ!」
音量が上がり鳴き声が混じる。
こうなると2歳児というのはおそろしい。一切空気を読まない。こちらの都合などおかまいなく豪腕ストレートを投げ込めるのは幼児の特権かもしない。
「分かったよー」
仕方ない。だるいけど可愛い息子のためだ。ゆっくり立ち上がり、ミッキーの動きを真似てみる。両手を左右に振ったり、膝を交互に上げたりする簡単かつオーソドックスなダンスのようだった。ミッキーが乗り移ったかのような父親の姿に息子が笑顔を取り戻す。というかゲラゲラと笑う。
息子の喜ぶ顔は麻薬のようなものだ。僕は笑い声を聞くために、よりオーバーアクションなダンスを披露してウケをとる。そして息子も参加するように促す。
「いっしょにおどろ!」
踊りながらの行進という高度なテクニックを使いとなりの部屋を目指す父親。あとを追いながらダンスを真似る子ども。もはやミッキーは関係ない。
「テッテッテッテッテテッテー」
気づけば自分たちでメロディを口ずさみながら走り回っていた。踊りは原型をとどめていない。無茶苦茶に踊ることが楽しい。激しく踊ると息子が笑う。
踊りながら僕は気づいた。これまで味わったことのない快感が脳内を駆け回っていることに。恥ずかしい動きに全力を出すことの悦びに。
これが、これがダンスの楽しさ……!
より速く! よりアホっぽい動きで! より恥ずかしく!
できるだけ変顔で! 四肢を振り回して! 腰をくねらせて!
ママはまだ風呂だ。どうせ誰にも見られていない。踊りまくれ!
息子を楽しませることから自分が楽しむことへと踊る目的は変わっていた。
ダンスイズ、ワンダフル!
アイアム、バタフライ!
そう、あの日のカタツムリは蝶になったのだ。
大事なキャリアやプライドをあざ笑うかのように腰を振れ。世間体をぶん投げるイメージで跳ねるんだ。精一杯演じてる社会適合者の服を脱ぎ捨てろ。
ダンサーズ・ハイなのだろうか、頭の中にロックバンドの歌詞みたいなセリフが浮かんでは消えていく。
和室に敷かれた布団をダンスフロアーに見立て、僕と息子は汗だくになっても踊り続けた。最後は2人でお尻を丸出しにしてフリフリしながら踊り狂った。なぜか2人とも爆笑だった。
驚くことにあれほど溜まっていたストレスがどこかへ消えていた。消えたというより、ストレスがダンスに進化したという感覚を覚えた。叫び出したいくらいのストレスがダンスを産み落として僕を突き動かしたのである。
ストレスはダンスの卵だったのだ。
それ以来、僕は定期的に息子を誘って踊ることにしている。
ストレスという卵からダンスが生まれる瞬間は病みつきの快感だ。ストレスは放っておくとすぐに溜まっていくけれど、溜まりたいなら溜まればいいさ。すべて踊りへ昇華させるだけだ。そのように考えることでストレスが歓迎すべきものにさえ思える。
今宵も小さなダンスフロアで奇妙な親子が踊る。ストレスから生まれた奇妙なダンスを。
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