メディアグランプリ

わたしは今夜、愛するものにさよならをいう


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:西部直樹(ライティング・ゼミ特講)

 
 
そろそろ、潮時だ。
別れはいずれやってくるのだ。
どんなに愛していても、体に馴染んだ間柄だとしても。
 
出会いは偶然だった。
たまたま、ある店で見かけて、それ以来の付き合いだ。
付き合ってみると、いい感じだった。
何事にも相性というものがある。
肉親の間でも相性というのがある、親子でも馴染めない関係というのもある。兄弟姉妹でも仲の良い人も、仲良くない人もいるのだ。
ましてや、偶然見かけた間柄なら、相性がよくなければ、長い付き合いはできない。
結婚以降は、妻しか知らないところ、子どもが小さいときは一緒にお風呂に入っていたので、子どもたちも知っているけれど、というところでの付き合いだから、肌の相性は重要だ。
そう、肌に合うのだ。
馴染む、というか、ぴったりとくる。
お互い、体に馴染んだ間柄になると、離れられなくなる。
ただ、いくら相性がいい、肌合いがいいからといって、毎日というわけにはいかない。
毎日だと、妻に露見してしまう。
露見してしまったら、烈火のごとく怒るだろう。
妻からはこんこんと言い聞かされるだろう。
「あなたは、仮にも人前で話す仕事をしている、人に教える仕事をしているのに、それなのに毎日というのはないでしょう。生徒さんや受講者に知られたら、どうするんですか! 人間性を疑われてしまいます」とかなんとか。
確かにわたしは、人前に立って話をし、何事かを教える仕事をしている。
人前に立つと言うことは、それなりのことが求められるのだ。
気をつけなくてはいけない。
毎日だと、そこはかとなく匂い立つものがあるだろうし。
さらに、もし、妻が気づいて子どもたちにいってしまったら、娘からは蔑まされるだろうし、息子からは侮蔑の言葉が投げつけられるかもしれない。
人格が疑われるような、家族から蔑まされるようなことは避けなくてはいけない。
毎日でもいいのだが、ここは理性的にいこう。
いろいろ組み合わせて、週に1~2回がいいところだ。
そのような淡いような関係を続けてきた。
週に1~2回の邂逅は、心地いいものだった。
他にないのだ。
他に得がたいのだから、なぜ、出会ったときにもっと……、と後悔する。
でもしかたのないことだ。
見ただけではわからないのだから。
肌合いを確かめてみて、はじめて分かるのだから。
 
この関係もそろそろ終わりだ。
はじめてから数年たつ。
息子が小学生の頃、娘はまだ保育園の頃からだから、ずいぶん長い付き合いになる。
息子は大学生になり、娘は中学生だ。
いい加減にしようと思う。
いつまでもダラダラと続けてはいられない。
理性では分かっていても、私の下半身がいうことをきかない。
肌合いがいいから、つい求めてしまう。
 
しかし、ついに妻から言われてしまった。
「いい加減にしたら、いつまでよ。終わりにしてね。もしも、もしものことがあったとき、恥ずかしいじゃないの」と。
確かに、もしもの時、他人に分かってしまうと、かなり恥ずかしいことだ。
娘からも「もう、汚らしい」と嫌われるだろう。
息子からは「ふん」と鼻で笑われるだろう。
決断の時だ。
 
今週は福岡に出張があった。
出張はいい機会だ。
場所を変えれば、気分も変わる。別れにはいい機会だ。
身軽になれる。
別れなければ、少し重い荷物を持つことになる。
 
妻には
「出張を機会に、終わりにするよ」と告げた。
「そうしなさい」と、妻は韓流ドラマを見ながら、興味なさそうに返してくる。
子どもたちには教えなかった。
そんなこと聞きたくもないだろうから。
子どもたちにとって大人の別れ話など、退屈なことだ。
 
暖かい雨の東京から、寒風の福岡に降り立った。
昨日の夜から一緒なのだ。でも、今日で終わりだ。
福岡の寒い風が身に染みる。しかし、私の下半身はちょっと温かい。
肌合いがいいのだ。
 
夕刻ホテルに着き、軽く夕食をとり、ホテルの部屋で仕事をする。
別れの時は刻々と迫っている。
仕事に区切りをつけ、バスタブに湯を張る。
別れの時は、身を清めよう。
わたしは湯船につかり、髪を洗い、体を洗い、バスタブを出た。
 
ベッドの上には、先ほどまで身につけていた肌着がある。
赤い縞のトランクス方のパンツは、ウェストのゴムも緩み、かなりよれている。
そうだろう、何年もはき続けたのだから。
肌にフィットする、肌合いのいい生地でできたトランクスだった。
しかし、もうボロボロだ。
そろそろ捨て時だ。
出張の時、古い下着を身につけ、着替えの時に古いのは捨ててしまう。
荷物が軽くなる。
慣れ親しんだ赤い縞のトランクスだが、今日で終わりだ。
トランクスと小さく畳み、ごみ箱に入れた。
さようなら。
 
さて、新しいトランクスをはくとしよう。
おお、新鮮な肌触りが気持ちいい。
長い付き合いができるといいなあ。
 
 
***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

http://tenro-in.com/zemi/47691

天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】
天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。



2018-03-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事