ミッションインポッシブル《プロフェッショナル・ゼミ》
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記事:山田あゆみ(プロフェッショナル・ゼミ)
まさか、こんなことになるなんて。
額には汗が伝っていた。
これを冷や汗と呼ぶのかもしれない。
私が、閉じ込められるなんて!
よく漫画やドラマで出てくる光景を前に私の胸はばくばくと音を立てていた。
私は、学校のトイレの個室に閉じ込められていた。
その日は夏休み中で、私は部活をするために高校に来ていた。
そして、トイレに行った。
それまでは、何の変哲もないただの夏休みだった。
それなのに、トイレから出ようと鍵を開けた後に、異変に気が付いた。
鍵を開けたのに、扉がびくともしないのだ。
おかしい。
いつもなら鍵さえ開ければ、扉はすぐに開く。
トイレの扉は、ごく普通の一般的なものだった。
何故だ、何で開かないんだ。
ドアを押してみたが、全く開く気配がない。
もしかしたら、ドアの調子が悪いのかもしれない。
立てつけが良くないんだろう。
もう少し、力を込めて押したら開くだろう。
何度か、そうやって励ましながらドアを押してみたが、うんともすんとも言わない。
こりゃだめだ、と一旦止まる。
こんなに開かないなんて。
もしかしたら、私がトイレに入った隙に誰かがいやがらせで外から何か思いものでも置いたんじゃないだろうか。
そういえば良く、ドラマや漫画でのいじめの場面で、トイレに閉じ込められるとか体育館の倉庫から出られなくされるとか、よくある光景じゃないか。
でも、まさか、そんなはずはないだろう。
自分の中に湧き上がってきた疑念を打ち消す。
誰がそんなことをするんだ。
でも、こんなに開かないなんておかしい。
もしかしたら、私は実は部活の仲間に嫌われているのかもしれない。
あいつ面倒とか思われているのかもしれない。
全然、気が付かなかったけど、もしかしたらみんなで結束して私を気づかれないようにいじめようと思ったのかもしれない。
考え出すと、なんだかものすごくみじめになってきた。
いや、でも、私が扉を閉めてから、開かないことに気付くまで、特に物音はしなかった。
それに扉を閉めてから開けるまでの時間は、とても短かったと思う。
その間に、何か細工をする隙なんてあるだろうか。
何度か、扉を力づくで押しながら考え続けた。
でも、もし単に立てつけが悪いだけだったら、こんなにもトイレに行って帰ってこない私のことを、誰かが心配してくれてもいいんじゃないだろうか。
残念ながら、私は携帯電話を持っていなかった。
だから、外と連絡も出来ない。
そして時計もしていなかった。
だから、どれだけ時間が経ったかわからない。
もう30分は経ったような気もするし、まだ10分も経っていないような感じもする。
でも、みんな私がトイレに行ったことが分かっている。
トイレ行ってくるね、と宣言してから出てきたのだ。
そんな30分も1時間もトイレにいるなんて、異常事態なんだから呼びに来てくれてもいいはずだ。
トイレの中は、静かすぎるくらい静かだった。
夏休みだから、隣の教室にも誰もいない。
廊下を歩く人もいない。
新たにトイレに来る者もいない。
助けを求めても、声が届く範囲に人がいない。
どうしたらいいんだ。
段々と、不安が増してきた。
このままずっとトイレに閉じ込められ続けたらどうなるんだろう。
下校の時刻になっても、誰も来てくれなかったら、ここにずっといないといけないの?
それとも警備員さんが回って来てくれるだろうか?
もしそれで、警備員さんに助けてもらうことになったら、なんて説明しよう。
あー、もう。
どうしよう。
せめて何かが、扉の前に置かれていないかだけでも確認しよう。
もしかしたら、いじめとかじゃなくて、単なるいたずらでこんなことをやっているのかもしれない。
もしかしたら、部活の仲間じゃなくて、夏休みに登校している何者かが、ストレスが溜まっていて、誰でもいいからといたずらを仕掛けてきたのかもしれない。
何にせよ、仕掛けがあるかを見たい。
意味もなく何度もジャンプをしたが、私の身長では扉の先を目で見ることは出来ない。
扉は、中が見えないようにしてあるのだから、当然中からだって外は簡単に見えるわけがない。
あー、もう。
苛立ちながら、私は考える。
こうやってあがいている間にだって時間は経っている。
何で、誰も迎えに来てくれないの。
もうどう考えても10分以上は経っているだろう。
おなかが痛そうな素振りもしていないのだから、トイレにそこまでの時間がかかるのはおかしいと、心配してくれたっていい頃じゃないか。
トイレに行って、まさか閉じ込められているとは思わなくても、中で急に具合が悪くなることだってあり得るんだから、誰か来てくれてもいいじゃないの。
どうして、誰も来てくれないんだ。
やっぱり、真犯人は部活仲間なのか。
あんなに、さっきまでは仲良くしていたのに?
何か、よっぽど口にしてはいけないことを言って、彼女たちを怒らせてしまったのだろうか?
いや、そんな訳ないだろう。
そんなことをするような子たちじゃない。たぶん。
あー、もう。
もう、誰かに期待するのは辞めよう。
とりあえず、ここから出よう。
私は、身体ごと扉にぶつけることにした。
押して無理なんだから、もうぶち破るしかない。
トイレは狭いから、助走をつけられないのが大きな問題だ。
でも、とにかく出来ることをするしかない。
ええい、と身体をぶつけた。
びくともしない。
おかしい。
こんなにしても開かないなんて。
誰かが、扉を押さえつけているんじゃないだろうか。
他にどうすればいい。
何としても、自力でここから出なくては。
思いつくのはもう、上から出ることだけだった。
トイレのドアと天井の間には、少しだけ隙間がある。
この隙間を乗り越える以外に、現状自分に出来る脱出方法は思いつかなかった。
しかし、壁は高い。
どうやってここを乗り越えろというのだ。
まずは、この扉の上に乗ることを考えなくてはいけない。
そしてそこから、地面に飛び降りることになる。
こんなに高くから上手く飛び降りることなんて出来るんだろうか。
足を骨折しないだろうか。
でも、待っていても始まらない。
どうにか、よじ登ろう。
私は、覚悟を決めてよじ登る方法を考えた。
便器は和式だった。
だから、足をかける場所として機能しない。
上へ上る為に使えるものといえば、トイレットペーバーカバーくらいだった。ここに足をかけて、壁に手をかけて腕のちからで扉の上に登るしかない。
全ての力を結集して、私はトイレットペーバーカバーに足をかけた。
そして、トイレの扉の一番上の部分を掴んだ。
そこから外側が覗ける。何の仕掛けもないようだ。
やはり立てつけが悪かったんだ。
良かった。安堵した。
誰かが私を閉じ込めたんじゃなかった。
そう思ったが、そこから先が難しい。
これから、隣の個室との境目の壁に自分の身体を載せて、そこから飛び降りるのが、一番の方法だろう。
私は、持ちうる全ての力を結集して、全力で腕の力を使ってその壁の上に足を載せた。
疲れた。
疲労困憊した。
汗は全身を滴っている。
ついに登れた。
ただそこで下を見ると、思わぬ高さに震えた。
高い。
こんな高さから人って飛び降りても大丈夫なのか。
別の種類の怖さが、襲ってきた。
これで、ここから飛び降りて頭を打って死んだらどうしよう。
このトイレは、もう二度と使われなくなるんだろうな。
トイレの立てつけが悪くてトイレに閉じ込められた挙句、飛び降りると言う無茶な行動を取ったせいで、死んでしまった哀れな生徒がいるらしいと、何年も語り継がれるんだろうな。
お父さんや、お母さんに申し訳なさすぎる。
ここで待っておこうか。
そう思った。
いい加減、部活の誰かが来てくれてもいい頃だろう。
もうどう考えても15分は経っただろう。
もしかしたらもう40分くらい過ぎたかもしれない。
全然わからないけれど、いい加減異変に気付いてくれ。
頼むから。
でも、全然誰も来ない。
私は部活の仲間を呪った。
心配するという能力に欠けすぎじゃないか。
ただ、そこまで散々心の中で部活仲間を罵った後に気が付いた。
もし来てくれたとして、彼女たちは、私をどんな方法で救出するんだろう。
反対側からなら、トイレの扉は、簡単に開くのだろうか。
そうだったらいいけれど、そうじゃない場合は?
結局、私はここから飛び降りるしかないんじゃないか。
段々と、壁の上に佇んでいるこの状態にも疲れてきた。
普段絶対に使わない筋肉を使っているせいで、痛い。
もう散々だな。
私は、結局は自分でこの局面を乗り越えるしかないんだ。
ええい、飛ぼう。
死ぬわけあるか。
大した高さじゃない。
小学生の頃、よく高いところから飛び降りる競争をしたじゃないか。
思い出せ。
あれと比べたら、この高さは……どう考えても高い。
比べてはいけなかった。
でも、あの頃より身長は高いんだし。
そうだ、私は猫だ。
猫になったと思え。
猫なら飛ぶだろうこの高さくらい。
余裕だ。
しなやかに行こう。
クッションを使ってさっと降りよう。
大丈夫だ、行け。
散々自分を鼓舞して、ばっと飛び降りた。
ばん。
右足と左足をほぼ同時に地面に付けた。
足が折れるかと心配したが、大丈夫だった。
全然無事だ。
やった。私は無事だ。生きている。
思ったより、身体能力を持っているじゃないか!
よっしゃ!!!
後は?
後は、この扉を閉めたままにしておくわけにはいかないから、開けることだ。
おそるおそる、ドアを引っ張ってみた。
開かない。
もっと勢いをつけて、引っ張った。
ガタッと音がして、扉は開いた。
やっぱり立て付けが悪かったんだと思ったと同時に、この程度の問題なら、やっぱり誰か部活仲間が駆けつけてくれていさえすれば、解決したんじゃないか。
怒りがこみ上げた。
もう。
怒りを胸に、部活仲間のいるパソコン室へ向かった。
部屋には、パソコンのキーボードを打つ音が響いていた。
私が帰って来たことに気が付いた、仲間の一人が私を見る。
「あ、お帰り」
私がトイレから帰ってくるまでに要した時間は20分くらいだったようだ。
私たちは、文芸部だった。
それぞれが黙々と自分の作品を書くのに夢中で、20分もの時間が経ったことに全く気が付かなかったと、みんなは笑った。
「大変だったね」
私の制服は壁に登った時に、埃だらけになってしまっていた。
「もう」
彼女たちに文句を言いながら、私はほっとしていた。
良かった。いじめじゃなくて。
ちょっとでも彼女たちが犯人でないかと疑ったことを心で詫びながら、私は執筆に戻った。
暑い夏の日の、危険に満ちた体験だった。
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