ジレンマを抱える、働くお母さんへ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:テラダサオリ(ライティング・ゼミ日曜コース)
「孫育てに専念しますので」
そう、上司や同僚に冗談めかしながら、昨年の春、私の母は33年間勤めた会社を定年退職した。
私が子どもを―つまり母にとって初孫となる男の子を出産した1週間後のことだった。
30年ぶりにできた家で過ごす時間。
「お父さんの給料だけじゃやっていけなくってね。働く以外に選択肢がなかったのよ」
ゆっくりとコーヒーを飲みながらそう話す母の言葉とともに、幼少のころの記憶を掘り起こす。
結婚後、地元の小さな会計事務所で働いていた母は、産後1ヶ月で仕事に復帰した。もちろん、私はまだ物心もついておらず、その当時の記憶はないので聞いた話ではあるが、会計事務所が立ち上がったばかりの時期だった。
それに加えて、当時はバブル景気の波も来ていて、事務所へ仕事の依頼が殺到していたのだという。そんな状況下で、従業員もそれほど多くない地元の中小企業であったため、母は、もう少し産後休暇を取ろうと思っていた矢先、勤め先の事務所から自宅まで同僚がやってきて「どうしても出勤してほしい」と頼み込まれた。
そのため、産褥期もそこそこに、生後1ヶ月の私を祖母に預け、フルタイムで仕事復帰した。
私自身はというと、産後も高血圧症候群を引きずっていたこともあり、降圧剤を服用しつつ、退院後もしばらく、育児以外は横になっているような状態。正直、家事すら手が回っていないにも関わらずフラフラだった。それに仕事が加わると考えると……想像を絶する。私自身、母になってみてようやく「産後1ヶ月で復帰する」という意味が分かった。
その後、私が3歳になって保育園に入園するまで、平日昼間の育児は同居していた祖母が全面的に担っていた。そのため、私にとって、縫製業を営む祖母の仕事場が保育園代わりとなっていた。おかげで、私はすっかりおばあちゃん子になった。
保育園に入ってからも、帰宅時のお迎えは、いつも“居残り組”。
3歳下の弟が入園してからは弟とともに、同じようにお迎えの時間が遅い子たちと園内の一箇所の部屋に集められ、両親が迎えに来るときを待っていた。特に迎えが遅い日なんかは、残ったのは私たち姉弟だけで、職員会議をしている部屋のど真ん中で遊んでいたこともあるらしい。
最初こそ、早く帰りたくて迎えを待ちわびていたが、ほかにも、同じように居残り常連組の兄弟たちが何組かいたので、むしろ、毎日一緒のメンバーといることで、特別に仲良くなったりもしていた。
一方、母はというと、毎日、朝も夜もとにかく時間に追われている。
平日の朝、保育園に行くまでの時間なんかはまさに戦争だ。
ある日、私は、結ってもらった髪型が気に入らなくて「こんな髪型じゃ保育園に行きたたくない」だの、「この服は着ていきたくない」だの、駄々をこねて両親を困らせた。今思うと、長女で、マイペースで、本当に手がかかる娘だったと思う……。
そんな共働き家庭で育ち、寂しくなかったのかと聞かれれば、嘘になるだろう。田舎のせいか、家に帰ればずっとお母さんと一緒に居られる子も多く、それが心底うらやましかった。学校から帰ってきたら手作りのおやつが用意してあるなんて記憶は一度もないし(おやつの定番は、祖母の作った干し芋だった)、お盆や年末年始など、年に数回、ふだんはいない両親がそろって家にいられる数日間は、とても嬉しかったのを覚えている。
しかし、こうして振り返ると、私も弟も、不思議と「寂しい」という記憶よりも、働いていた母に対して「かっこいい」という記憶の方が勝っていることに気がついた。
印象に残っているのは、いつも決まった時間に化粧をしはじめ、制服をピシッと身につけて身なりを整え、仕事へと向かう母の姿。特に口に出すことはなかったが、小学生ながら、そんな母の姿を誇らしく思っていた。
それは、きっと、一緒にいられる時間が少ない分、それ以外のところで、母なりに精いっぱい愛情を示してくれていた時間があったからだろう。優しい愛情も、時には厳しい愛情も、だ。
もう間もなく、入学・入園シーズンを迎える。
そして、同時に、多くの仕事を持つお母さんがジレンマに遭遇するのではないだろうか。
「わが子はかわいいし、いつまでも一緒にいたい気持ちはあるけど、保育園に預けて働きたい(もしくは働かざるを得ない)」というジレンマに。
核家族が多くなった現代の家庭においては、祖母が育児に参戦してくれていたわが家のような例は、必ずしも当てはまるわけではないのかもしれない。
しかし、子どもにとって「母は、父は、安全基地である」ということを分かってさえすれば、親が思っている以上に、子どもは強い。
入園当初こそ、泣き叫び、両親から離れるのを拒むかもしれないが、いつの間にかケロッとしている。子どものほうが環境に適応する力を持っていて、親のほうが拍子抜けするほどである。
だから、もし、この4月から子どもを保育園に預け、仕事復帰をしようとしているお母さんがいたら、元共働き夫婦の子ども代表として、声を大にして伝えたい。
「子どもといる時間は、その長さよりも濃さ。案外、私たちは大丈夫だよ。だから安心してお仕事ガンバッテ!」
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