メディアグランプリ

祖父に渡された一枚の紙 その意味がわかったのは1年後だった


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記事:浜田有希(ライティング・ゼミ特講)

 
 
この春、祖父が91歳になった。私は、結婚を機に祖父と過ごした四国を離れて東京で暮らしている。祖父の誕生日に電話をかけると、「ありがとう、100までいきますけん」と嬉しそうに笑っていた。
 
祖父は、小さくて、優しくて、笑顔がかわいいおじいちゃんだ。私が子どもの頃は三世代で同居しており、共働きの両親に代わってよく面倒を見てくれた。兄が「保育園に三輪車で行く」と言い出したときは竹の棒で三輪車を押しながら気長に付き添い、私が嫌いだったピアノレッスンの日はカブの荷台に乗せて教室まで送ってくれた。
 
2年前に帰省した時、久しぶりに会う祖父が唐突に1枚の紙を手渡してきた。A4用紙に文字がびっちり並んでいた。タイトルは「私の歩み」。祖父の人生を振り返る手記だった。
 
そこには今まで知らなかった祖父がいた。祖父もかつては子どもであり、家族からたっぷりと愛情を注がれる存在だったのだ。文章の中でも特に筆が走っていたのは、母親との思い出だ。
 
高野山の石童丸の絵本を買ってもらい、1日に何度も開き眺めたこと。池で泳いだ後、目が回るほどの高熱を出して大変な心配をかけたこと。
 
戦争中、海軍飛行予科練習生に入団する際に見送りに来た母の姿が、今でも脳裏に刻まれていること。母が絹のマフラーを送ってくれたのに、特攻隊の先輩が巻いて出撃してしまい、沖縄の海に消えたこと。
 
手記によると、祖父の母親は家庭の事情で小学校に通う機会を逃し、読み書きが満足にできなかったそうだ。無学で、畑仕事にくたびれた人生だった。母の思い出を振り返り、祖父はこのように文章を結んでいた。
 
「しかしそんな母が私はだいすきでいまでも忘れないで一緒に歩んでゆきたい」
 
母親への愛情が、まるで小学生の作文のようにストレートに綴られていた。知らなかった祖父の顔を知ることは少し照れくさくもあったが、熱心に孫の世話をしてくれた祖父の愛情のルーツを知り、祖父をより愛おしく思うようになった。
 
手記をもらってから1年経ったころ、携帯を使いこなし絵文字も得意だった祖父からしばらくメールが届いていないことに気づいた。ゆるやかに認知症が始まっていたのだ。夫と一緒に会いに行くと、私の名前をなかなか思い出せず、結婚したこともピンとこないようだった。
 
その時、わかった。なぜ祖父は、唐突に手記を渡してきたのか。思い出を語れなくなるまでの時間を逆算して、その前に伝えておきたかったのだ。両親によると、実は私に渡された手記はほんの一部で、もっと長編の文章を書き残しているらしい。
 
しっかり者の祖父だからいつまでも変わらず元気でいるはずだと、都合よく思い込んでいた。しかし、老いと別れは誰も避けることができない。
 
市井の人の思い出。文字になっていない物語。家族の歴史は、本人か家族しか拾えない。祖父が自ら記録したことは我が家の幸運だった。世の中には、聞かれないまま、語られないまま消えていく物語がどれくらいあるのだろう。
 
いろんな事情で仲が良くなかったり、離れ離れで暮らしていたりして、コミュニケーションが希薄な家庭も少なくない。それに、家族に思い出を聞いたからといって、必ずしも絆が深まるわけではないだろうし、「やっぱり嫌いだ」という結論に至ることもあるだろう。
 
ただ言えるのは、どんな家族も、家族の歴史を直接聞ける時間は限られているということだけだ。
 
四国の片隅で100歳を目指す祖父と、あと何回会えるのか。今度帰ったら、実家の押入れからアルバムを引っ張り出して、祖父と一緒にページをめくろう。
 
 
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2018-04-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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